第5話 森の寺院の干渉地点

森を歩いているうちに頭上の枝から漏れる陽が徐々に斜めになり始めた。


「ポイントはまだなのか」


「急いでくれたおかげで予定より早く着きそうですよ」


あそこです。そう言って彼女が指を差すと、今までの森とは打って変わって、巨木と石レンガでできた東南アジアチックな建造物がそこにあった。


「ここが森の遺跡です、ポイントはあの中になります」


「カンボジア?」


石造の構造物を巨大なガジュマルと思わしき木々が浸食している。

でも写真で見たそれとは少し違う。


「あくまでアンコールワットを参考にしただけです。そのままコピーしたわけではありませんよ」


「なるほど」


僕は目を閉じて開発陣たちが一生懸命アンコールワットを撮影する姿を思い浮かべた。

勿論、撮影なんて簡単な部類で、問題はその後だ。

参考にした上で本物と別にするには複雑な数式パターンを組む必要がある。

さぞ苦労したことだろう。


「もしかしてこの先もこんなに凝ったデザインなの?」


「いえ、デザイン自体はあまり時間を割いてません、強いていうなら資金提供者の意向にはそうようにはしています」


「でも実際にある建造物からコピーしたものではないよね」


「はい、この仮想現実のデザインは全て、参考にはしましたが現実には存在しないものです」


僕は考えた。一体どうやって一定のパターンをランダムに秩序立てて並べるのか。

ふと、中学生の時にやったゲームを思い出した。


「もしかしてセルオートマトン?」


セルオートマトンとは格子状の升目と単純な規則による離散的数学モデルだ。

その用途は多岐に渡るが、デザインにおいては自然界に存在するような複雑な結果の作成が可能となる。


「正解です。設計をする前に、とある二次元セルオートマトンを作りました。基本的にテクスチャも構造物の配置もその二次元セルオートマトンで描いています」


「じゃあ、将来的にはランダムな配置も考えているわけだ。」


「その予定ですが…よく知ってますね?」


AIが僕の知識量に疑いを持ち出した。

僕は一瞬、腹をたててゲームで知ったんだ、常識だと言おうと思ったが、よく考えたら、同級生にそのゲームを遊んでいる子はいなかった。


「中学生の時、ライフゲームにハマってね」


「随分とレトロですが、確かにあれは素晴らしいです」


「チューリング完全で論理回路を持ち得るんだから、こんなゲームを作ったジョン・ホートン・コーエンはすごいよ。偶然だったけど、生命のような振る舞いを見せるパターンができた時は感動して涙が出たよ。」


ライフゲームは1970年、イギリスの数学者が考案した生命現象を簡易的なモデルで再現したシミュレーションゲームだ。


このゲームを想像する際は方眼紙を想像したらいい。

最初の設定が重要で後の方眼紙を埋める升のパターンが決まる。


パターンによっては生命が生まれて生存し、死滅せずに次の世代につなげることができる。

あるパターンでは他のパターンの相互作用を得られるので、カウンタも作ることができ、さらには計算機の作成も可能だ。



興味が湧いたのはこのゲームがいかなるチューリングマシンでもそれを模倣することが可能であると証明されていたからだ。


「深見さんは中々に技術に理解があられるのですね。仮想現実の制作過程まで考察される方はあまりおられません」


「楽しくてやっただけだから自覚はないけど人と比べたらあるんだろうね」


「そう考えると、深見さんがこの仮想現実へ来たのは偶然じゃないかもしれません」


「AIが運命を語ってもいいの?」


「精神ケアです」


そう言って彼女は両端がガジュマルの根っこ覆われた入り口に入った。

明かりがないので躊躇する。


「ちょっと暗いですが見えなくはないので」


当たり前だが、ここは仮想現実だ。


「わかった。進もう」


中に入ると意外にも内部の様子は外と同じくらい鮮明に見えた。

視力が上げられているのかもしれない。


僕たちは十分ほど、床も壁も天井も石レンガでできた遺跡を進んだ。

木の根が石の壁を突き破っている箇所があった。

ガジュマルの根だ。わざわざ不便な設計にしたおかげで、場合によっては別の道に迂回させられる羽目になった。


当たり前だが、石と石の隙間につまった砂埃までは再現されていなかった。

とは言え、ここの開発者なら後に追加するかもしれない。


そんなことを考えていると、開けた場所に出た。

先ほどまで歩いていた場所が廊下ならここは石でできた部屋だった。

その部屋のちょうど中央のあたり。


石でできた丸い球がそこにあった。


「コスタリカにありそう」


「見た目はコスタリカの石球そのものですよ」


石球をヒョイと軽そうに持ち上げた。


「見た目だけ中身は発泡スチロールの重さしか設定していません。あ、見た目と言っても流石に誤差0.2%以上には設計していません。真球ですが、これは正式版なら置かれませんので、あまり拘ってデザインされていません」


地面に接していた面を見える位置に転がすと鍵穴が現れた。

サクラは石球に森で手に入れた鍵をそこに挿す。


青い液晶画面が出てきた。


手をかざすとプログラム言語と思わしき文字の羅列が下から現れ、上部へと流れていく。

ある程度、プログラム言語が流れると彼女はこちらを振り向いた。


「やはり、ここから緊急プロトコルに干渉するのは難しそうです」


「ということは…ゴールに行くしかないのか」


僕が残念そうに言うと、彼女は明るい声で追加の情報を出した。


「ですが、いいものがセットされてました」


「いいもの?」


「装備品に関するプログラムです。近々アップデートする予定だったのでしょう」


彼女は僕にプログラム言語を指し示すが、何を意味しているのか全くわからなかった。

有名どころのプログラム言語で書かれていないようだ。

もしかしたら独自の言語も作っているかもしれない。


「何を意味しているの?」


「探検家の服を遺跡に来れば入手できるようになります。実行前で止まってますから、今すぐ実行の許可を出せばいいだけです」


彼女はそう言うと、プログラム言語の最後の文字が別のものに書き換わった。


「実行しました。探検家の服を入手できます」


僕が感謝を伝える暇もなく、黄色の服が目の前に現れた。

ポケットがやたら多いが、今後必要となるのだろうか。


「実際に着て、不具合を確認するつもりだったのでしょう」


「ありがとう。これを着るとどうなるの?」


「この服を着れば、機能の拡張をすることができます。疲れにくくなったり、身体機能を上げることで今後の」


「乳酸の量が減るとか?」


「いえ、乳酸は疲労物質ではないので、そのまま計算します。例えば、活性酸素の量を意図的に計算しないようにしていたり、筋肉を追加して計算するのです」


僕は納得して、探検家の服を手に取った。

すると僕の着ていた服が一瞬でそれに切り替わった。

着心地は意外といい。


「どうですか?」


サクラを見ると彼女も探検家の服を着ていた。


「かわいいよ」


「ありがとうございます。生地の方は?」


「意外だ。資金提供者は麻の服を望んでいるとばかり…」


「まだ装備は試験段階なので。生地はシルクです。着心地は本物そっくりですが、現実と違って破れませんし、汚れません」


改めて仮想現実の便利さを思い知らされた。もし、無事に体が出来上がってもこれからは仮想現実で暮らすべきかもしれない。元から興味もあったことであるし。


僕がそう考えていると彼女が来た道を振り返って言った。


「これから行く場所は乾いた場所なので、装備品が手に入ってよかったです」


「次のポイントは乾いた場所?」


「ええ、砂漠エリアです」




ーーー



草原には三人の男たちがいた。


「プログラムの書き換えは上手くいかない。つまらない記録などは閲覧できそうだが」


「それは仕方がない。開発者が準備万端なのは予測済みだ。問題はここが本当に罠なのかどうかだ」


タブレットのような、画面そのものを手にしている男が悲鳴をあげた。


「どうした?」


「まずいぞ、まずい。もうすでに、何者かがアクセスしている」


「え、どういうことですか?」


「ここには我々以外の人物がいる」


「やはり、ここは罠ではない。絶対にパダーロクはここにある」


「そいつが手にする前に我々がパダーロクを絶対に手に入れなくては」


「行くぞ」


「行くってどこへ」


「彼らの行動は記録されている。もちろん、保護されているが、時間があれば、何とかなる」


「待ってられない。二人とも長時間走る準備をしろ」


先頭を歩く男は指示を出すと、足の筋肉を伸ばし始めた。

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