第21話 手遅れ


ひび割れたアスファルトの上を枯れ葉が舞う。

昔は自動運転車が走っていた道路も、人々の生活の主軸が仮想現実になってからはすっかり無用となってしまった。

そんなもの寂しいインフラの遺跡の上を一台のトラックが走っていた。


「お前、運転上手いな。どこで習った」


「昔、趣味で始めたんすよ。俺、結構レトロなものが好きなんで」


珍しいことにこのトラックは人によって運転されている。

少しだけ残っている自動運転車だとネットに繋がっているためリスクを避けたのだ。

手動の時代の車は鍵がなくても、技術があれば、配線をいじる程度で、動かすことができた。

が、今はそのような人物は少ない。そもそも、仮想現実内で自由に移動できる時代に車という乗り物すら知らないものが多い。

立川の中で、浅間の株が少し上昇した。


トラックが大学と呼ばれた施設の廃墟の前に泊まる。


「それで若い深見、何でここで待機するんだ」



『ある議員と連絡を取った。彼女はあることを提案している』


1分ほどかけて僕は返した。

高性能なコンピューターで計算されていないので、どうしても僕の時間の流れが遅くなってしまう。

博士の自宅のコンピューターを掘り返すことと立川たちが持っていたコンピューターに身を移すことを天秤にかけ、多少計算処理が遅くてもすぐに移動できる方を選んだ。


「橘議員か」


「知っているのか。石坂」


「最近、有名になってきた若手議員だ」


「僕も知ってるっすよ。なんか羽柴大臣と仲がいい議員さんすよね。あ、噂をすれば何とやら」


大学の建物から彼女の影が伸びてきた。


「噂をすれば影が差すだな」


ドアの前に立ったので、浅川はロックを解除した。


「皆様、こんにちは。国会議員をしております橘百子です」


彼女はトラックに乗り込むと、深いお辞儀をして自己紹介を行った。


「俺、浅「立川だ。用件を早く言ってくれ」


浅間の言葉を遮って立川は彼女に先を促した。


「はい、私はある提案をしたくこちらに伺わさせていただきました。と言いますのも…」


彼女が話した内容に車内は騒然となった。


「羽柴大臣が二人いたと」


「はい、ちょっと忘れ物を取りに戻ったときに、堀川社長とお話しされているところを見たのです。その時は気づきませんでしたが、国会前に戻ったときにも、彼は歩いていました。違和感を感じた私は彼の位置情報のデータを調べました。至って異常はありませんでしたが」


「だろうな。許可なく自身のコピーを増やすことは禁止されているしな」


彼女は首を振って言葉を続けた。


「いえ、対仮想現実の刑事の吉田さんにお願いして、国会前にいた複数人の視界の記憶情報を照らし合わせたんです。その結果、同時刻に彼は二つの場所に存在していたことがわかったのです」


「本当に二人に分身していたわけか。まぁ、若い深見も普通に分身しているしなぁ」


「?」


彼女は誰のことを言っているのかわからなかったようだ。一瞬、車内は沈黙した。


「で、提案って何を考えているんだ」


立川は前のめりになって静寂の空気を打ち破り本題を急がせる。


「私を拉致していただけませんか」


再び、車内が静まりかえった。


「正確には拉致したと宣言するだけで結構です。彼を止めたいのです。お願いします」


彼女が頭を下げると、三人は目を合わせて頷いた。




ーーー




「拉致したってどういうことだ!」


『そのまんまだ。前述の通りに自身の罪を告白しろ』


通信が一方的に切られると、羽柴は通信デバイスを壁に投げ飛ばした。

どちらも傷がつくことなく、デバイスは床に転がる。


「くそっ」


羽柴は腹立たしくなったのか何度もそれを蹴り飛ばした。

それから部屋の壁に沿って回り始め、髪を掴んで悩みを露わにした。

腕を下ろすと、タブレットを取り出して、操作をし始めた。


「何をやっている!」


異常を感知したある男が慌てて転移してきた。

もう一人の羽柴だ。


「橘君が拐われた。現実の方でだ。報復に何をされるかわからない」


「何を言っているのだ。計画の方が優先されるべきだ。そうだろう?」


冷静な方の羽柴が取り乱した方を宥めていると別の方向を向いていることに気づいた。

視線を追うと、自室のドアが開いていた。


「あ」


秘書が扉の隙間からこちらを見ていた。

異常を聞きつけたのだろう。

羽柴と目が合うと秘書は走って離れていった。


「大丈夫だ。彼は俺に忠義を誓っている。何とでもなる」


冷静な方はそう言いながら、俯いているもう一人の自分を観察する。

明らかに判断能力が鈍っている。

自分はこのような判断はしないはずだ。

何かがおかしい。


「いざとなれば、彼女のコピーを作ればいいだけじゃないか。計画が上手くいけば性格や記憶だって選びたい放題だ」


「お前は俺じゃない」


「何だって」


もう一人の自分が顔を上げる。

目を見てようやく彼は他人なのだと気づいた。




ーーー




LIMBO内部のゲームで人気エリアの砂漠。

そこに荘厳に聳え立つ四角錐の巨大な建造物は現在、立ち入りが禁止されていた。

点検という名目だが、実際は堀川の部下たちが、ある調査をするためだった。

男たちの足音が四方を砂岩に囲まれた通路に響き渡る。


「ここだ。確かにこんなところに扉はなかった」


「開けるぞ」


扉を開けると砂埃を含んだ空気が移動した。

彼らは扉の中に入っていく。


「新たに確認された通路に潜入した」


『了解』


通路はシンプルにまっすぐ続いていた。

あまりに簡素な作りに敏感なものは危険を感じ取り警戒して進んでいく。


『探索部隊が消滅した地点へもうすぐ到達する。罠などが仕掛けられている可能性があるので…して…く…』


「通信の調子がおかしいな」


「中央からこちらへと何かが近づいています」


一人が叫んだ。

明かりに照らされて、闇にそれは浮かび上がった。

それは黒い泥のようなものだった。

先頭を歩く男はそれを見て、言葉を失う。


「通信が完全に沈黙しました」


「退避…」


「え、何ですか」


「退避だっ!」


叫んだ男が怒声を上げて、振り返ると、先に会話した者がその黒い泥に飲み込まれていた。

上を見上げたものが悲鳴をあげた。

そいつは天井を伝って、とうに逃げ場を塞ぎにかかっていたのだ。


「逃げろっ!」


指示を出した者も、自身も黒い泥に囚われて飲み込まれた。

皆、一目散に走り出したが、黒い泥はいとも簡単に男たちを飲み込んでいく。

悲惨の一言に尽きた。


「一人でも戻ってこの報告を!」


「もうすぐ出入口だ」


それでも何人かは逃げ出すことに成功する。


「何でドアを開けないんだ!」


「ドアが…閉じられているっ!」


後ろから少しずつ近づいてくる音がする。


暗闇の中、悲鳴が通路に反響した。




ーーー




「それで本当なんだな。手に入れたパダーロクが偽物だと」


「確証はありませんが、ベータ版LIMBOでピラミッドのワープ部屋があった場所を探索をさせたところ、未確認の通路へ続く扉ができていました」


「そこはもう確認した。何かの間違いじゃないのか」


「いや、ベータ版から戻った後に干渉地点やワープ部屋があった場所をもう一度訪れさせました。内部へ進んだ部隊は一切の連絡が取れなくなくなりました。おそらく消滅したのかと」


「なるほど、それで」


「今の状態じゃ、一部の禁止事項を破っているだけです。博士が作った武器は結局は直接、死を与えているわけではないのでしょう?」


「ならやはり偽物か。わかった。調べてみよう」


「いえ、それはこちらで調べておきますので、博士は羽柴大臣に伝えといてください」


不機嫌な表情を見せていたが、了承して姿を消した。


「疲れた。コーヒーを入れてくれ」


部下が返事をしない。

近寄ろうすると床に倒れてしまった。


「おいおいおいっどうしたっ!?」


堀川社長は倒れた部下に駆け寄った。

体が消失していく。コピーを作らせて探索に向かわせた部下だ。

目の前で起きていることが信じられなかった。

コピーが消滅することは基本的にありえない。

こんなことができるとすれば、パダーロク関連しか想像できない。


「どうしたんですか!」


別の部下が駆け込んできた。

無事な人物もいることを知ってホッとした。


「今すぐ、どこか安全な場所に避難しろ」


念の為に指示を出すと、部下が申し訳なさそうに口を開いた。


「羽柴大臣から連絡がありました。こちらに来ると」


「もう伝えてくれたのか。さすがに仕事が早いな。わかった、準備を・・・」


瞬間、羽柴が目の前に現れる。


「あ、大臣、博士から説明は聞きましたか。今、部下を向かわせたところ、連絡がつかなくなりましまた。やはり、本物のパダーロクがあるのかと。今、その調査の準備をしているところです」


羽柴は何も言わない。

おかしいと思って、気づいた。

腹に赤色の液体が漏れているナイフが刺さっている。


羽柴がもう一人、目の前に現れた。

彼に無言で近づくと何度もナイフを刺しては抜いてまた刺した。

床に赤色の液体が広がっていく。


「何を・・・されているので?」


「分身したもう一人の自分が狂ってしまったんだ! おそらくパダーロクの影響なのかもしれない。博士や堀川さんも異常はありませんか?」


堀川はついにパダーロクが牙を剥き始めたのだと気づいた。

あれは私たちの考えているようなものではない。

今日、目にした光景から察するにもっと、悪意のある何かだ。

博士の声が頭の中で響いた。


『堀川社長か。羽柴大臣がまずいことになっている。心理のパラメータが何者かに弄られていた。今、元の状態に戻そうとしているところだが、非常に厳しい。社長が羽柴大臣を手遅れになる前に止めてくれ』


自分の分身に一心不乱にナイフを指している羽柴を見た。

商売で磨かれていた直感が警鐘を鳴らし続けている。


「すいません、深見博士、私は一抜けさせていただきます」


『今日一日だけでも…何を言っているんだ』


「資料はお渡ししますのでご安心を…」


堀川は自室に羽柴を置いてテレポートした。




ーーー




落ち葉だらけの門の前に止まっているトラックの車内で立川たちはニュースを見ていた。


「まさか、これだけで上手くいくとは…本当に逮捕されている」


三人が立川に詰め寄った。

だが、その内容は想像と違っていた。


「待て、何で堀川の方が逮捕されているんだ?」


「様子がおかしい」


「羽柴先生…」


不安が心の中で渦巻いているのだろう。

橘は胸の前に手を置いて声を漏らした。


「堀川の会社からメールがきた」


「何だ?」


俯いて思考していた立川は石坂のタブレットを取り上げた。

無言で読む立川の横で石坂は説明し始める。


「資料だ。奴ら手に入れたパダーロクは偽物じゃないかと疑っていたらしい。それで本物を探していたそうだが、探索に向かわせたコピーが消滅しているそうだ。羽柴大臣も意識を乗っ取られているそうだが」


「本当ですか!? それは!?」


「だとしても、これを送りつける堀川の狙いは何だ?」


騒然とする車内で一つの声が響いて再び静かになった。


『立川、パダーロクが何なのか知りたくないか』


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