第20話 浮遊大陸


僕に引かれて女性が手術室に運ばれていく。


教授の死を看取ると、僕は現実世界の自宅の部屋で資料を読んでいた。

ふと見上げると、先ほどの女性が立っていた。


「許してくれ」


僕は謝った。


「感覚を奪って苦しめた」


「違う。延命方法はそれしかなかった。予想された精神的苦痛も後一歩のところで、仮想現実につなげれたんだ。ほんの数時間で君は楽になるはずだった」


「何で私を地獄の苦しみの中で殺したの?」


「殺すつもりはなかった。疑似血管ケーブルが詰まってしまうなんて想定外だったんだ! 僕のせいじゃない!」


「何で眠らせてくれなかったの?」


「それは君が睡眠薬が効きにくい体質だったからだ。あの状態で、覚醒してしまうなんて想定外だった」


「違う」


「あぁ、もうやめてくれ」


「あなたは実験がしたかっただけ、上手くいけば功績も好きな女性も手に入った」


「一体何度この夢を見させたら気が済むんだ! いい加減にしろっ!」



深見博士は飛び起きた。

背中にはじっとりとした嫌な汗をかいている。




計画は順調だ。

自宅にのこのこ現れたテロリストどもはほとんど殺したし、羽柴を大臣に引き上げることもできそうだ。

そうだ、全てが順調だ。

順調のはずなのに焦りや不安が湧き上がってくる。


そういえば今の自分には肉体がない。テロリストをおびき寄せる餌に使ったからだ。

世の中、コピーだらけなのだから、今の状態も不自然ではないし、何の違和感も持っていない。

だが、前の自分なら違っていたはずだ。僕はコピーに意識はなく、肉体を持ってこそ意識は正しくあると考えていたはずだ。

肉体を失うことの恐ろしさを感じていないことにゾッとした。

一体、何が起きている。

原因は…


急いで地下にテレポートした。

ここは仮想現実内に設けられた警察署跡の一部だ。


新しく拡張する際、古い機構の一部はそのまま放置されることになった。

そのドメインを買い取り、何かあった際に利用していた。

実験を行う自宅のコンピュータのように、隔離された場所にあるので、自分以外は入れない。


施設の中に出ると、無人の廊下を進んでいく。


ある牢屋の前に来て、扉を開けた。


中には女性が座っていた。


その女性の前に移動して銃を突き付ける。

パダーロクを使って開発したコピーを消せる銃だ。


「お前だな。思考を誘導したのは」


「何の話をされているのですか」


「なぜ僕はお前をさらったんだ!」


「言っている意味がわかりません」


彼女は困惑した表情で言った。

こいつではない。残るは…

博士は頭を掻き毟った。


「全く、お前は何でそんな見た目何だ! あぁ、手に入れたパダーロクは偽物だ。罠だったんだっ!」


サクラは目の前の男を刺激しないように黙っていた。

危険なものを散々開発しておいてそれはないだろうとはもちろん言わない。


「本物のパダーロクのありかを言えっ」


この男は狂い始めている。黙っていても撃つに違いない。

同時に脱出できるチャンスでもあることに気づく。


「わかりました」


博士は口角をあげた。




ーーー




月明かりが雲間からわずかに顔を覗かせていた。テレポートした先には空中に浮かぶ巨大な岩石があった。調べると浮遊大陸と名付けられていた。

ベータ版で見なかったが、追加されたエリアなのだろうか。

行き先を浮遊大陸にして、空中に見えない道路を作り、トレーラーを走らせる。


「どこだここ」


<さぁ、だが人がいないから隠れられそうだ>


「いや、トレーラーが空を飛んでるから目立つんだろ。降りれば良かったじゃん」


<どうやって、人がいない場所まで行くんだ。結局通報されたら、お前は捕まるぞ>


「だから俺が何をしたってんだっ! ただの高校生だぞっ!」


浅間は怒りを露わにすると、アクセルを踏み込んだ。少し運転が上手くなっている気がする。

もちろん真実なんて言え頭に目的地に到着した。

一面が岩石で覆われている場所だった。土がないせいで、草の一本も生えていない。

トレーラーを止めて外に出る。

小さな水滴が足元に落ちる。

雨が降り始めた。

これも追加されたのだろう。

洞窟があったので、そちらに駆け込んだ。


発砲音が響いた。

洞窟の奥からだ。


急いでその方向をかけると突然、開けた場所に出た。

中央には石の塔があり、その下にも岩を削った遺跡のようなものがあった。


「お、あそこに誰かいるぞ」


浅間が指を差したのでそこを注視した。

よく知った女性がいた。


<サクラ!?>


「お前の知り合いか。お前の彼女か?」


<知り合いだ>


遺跡の影から人が出てきた。


「あの男は誰だ。お前寝取られているぞ」


<あいつは誘拐犯だ>


僕は感情を殺して話した。


「なんだ誘拐犯か…何っ!?」


<お前をそんな状態にしているのもあの男のせいだ>


「わかった。殴ろう」


そう言って遺跡の死角に入るように彼女に近づく。

博士はゆっくりと彼女に近づいていく。

手には以前のように銃を持っている。


「嘘をついたな」


「どうしてっ!?」


「当然だ。逃げ出すのはわかっていたから、テレポートは使えないようにしてある」


その発言を聞いて、テレポートができるか試した。

やはりできない。おそらく浅川もできないだろう。


「おい、大丈夫なのかよ」


<大丈夫じゃない。本当にテレポートできない>


「どうやって逃げるんだ」


<わからない>


博士は手に持っていた銃をゆっくりと彼女に向けた。


「早く処分するべきだった。お前は危険だ」


指に力を入れる。

僕は前に飛び出した。

それでも間に合わず、格子暗号を頭の中で解いていく。

直線に飛んでいく弾道の計算を停止させた。


<遺跡へ走って、何も言わずに>


彼女は驚きに声を漏らしそうになったが、平静を装った。


博士はそれを見て、何が起きたのか一瞬にして理解した。


「消滅していなかったか」


サクラは走って遺跡の中に入った。

僕も彼女を追って中に入る。

遺跡内部の階段を降りると洞窟につながっていた。

中には浅川が待機していた。


「あなたは?」


「俺、浅間」


<そういうことじゃない>


「深見さん! 脱出できていたのですね」


<ああ、見えなくなってしまったけど脱出できた>


「そんな事情があったんだな」


<外に博士の所有しているコンピューターの中で生まれたトレーラーがある。もしかしたら、テレポートできるかもしれない>


「わかりました」


「なんか洞窟が揺れていないか」


確かに全体が揺れていた。

小石が浮遊し出す。

洞窟の天井に亀裂が入り始めた。


<まずい>


瞬間、天井が消えて外が見えた。


「ここにいたか」


博士が上に立ってこちらを見つめていた。

有無を言わせずに銃を撃った。

僕はそれを空中で停止させる。


<食い止める。先に行って>


二人を先に行かせる。


「そこにいるな」


今度は僕の方に撃ってきた。

当たらないかもしれないが、念のため停止させた。


「油断したな」


何のことかわからず、見回してぎょっとした。

僕の手首から先が実体化し出したのだ。


「外部から見えなくなっているだけなら簡単だ。書き換えて通常にすれば、銃弾も通じるようになる」


どのようにしているのか体が動かない。

博士の方が圧倒的にパダーロクを使い慣れている。


塔に亀裂を入れて、博士の方に倒した。


思わず、避けた隙に逃げ出した。

洞窟の中を走ると、発砲音が響いた。

すぐ横の岩が光って弾ける。


洞窟を出た。

急いで上部の岩を崩壊させて、入り口を塞ぐ。

体は半分程が実体化していた。


正面を見ると二人は既にトレーラーの側にいた。


僕は雨を散らして側に駆け寄った。


「来たかって、何で見えるようになってんの!?」


「シャイな性格を治したんだ」


くだらない冗談を言って、トレーラーに乗り込む。


「博士はもうそこまで使いこなせるようになっているのですね」


「ああ、だから早く逃げないと」


「お前、そんな顔だったんだな。死ねよ」


僕は車体ごとテレポートさせようとした。

だが、できない。


「テレポートできない! このまま逃げるしかない」


僕はそう言ってアクセルを踏む。

空中に見えない道路を作って猛スピードで走った。


「お前、一人で運転できるんじゃねぇか」


浅川がそう言った時、僕の横に博士が現れた。

僕の体の通常化への書き換えが終了したのだろう。

テレポートを使って現れたのだ。

結局こちらも使えなければ、いくら逃げても無駄だったのだろう。

博士は笑うとこちらに銃口を向けた。


「やめろ!」


発砲音。


僕の体に衝撃は走らなかった。

浅川が自身を盾にしたからだ。

想像と違っていきなり消えることはないが、撃たれた場所が悪そうだ。


「ふむ、運のいいやつだ」


僕は叫んだ。


「何で庇ったんだ!」


「あっつ…、そりゃカッコつけたかったからに決まってんだろ。熱い…、現実じゃねーし」


博士はこちらの様子を黙って見ていたが、僕に銃口を再び向けた。


「まあいい、もう一度撃てばいいだけだ」


とその時、博士の動きが止まった。


「堀川か。今いいところなんだ邪魔をするな」


一人で喋っている。外と通信をしているのか。


「ダメだ。…何!?」


一度は否定したが、内容が内容なのだろう。銃を下ろした。


「逃げられたなんて思うなよ」


博士はそう言い残すと消えた。

僕とサクラは浅川のそばに駆け寄る。


「大丈夫ですか!? 浅間さん」


「お、やっぱあの自己紹介で正解だったわ。名前って重要だな。熱い…、あと、あれだ、痛っ、俺を変な世界に起きやがって、あの犯人もあいつだろ。くそっ、痛ぇよ。あの男、まじで犯罪者じゃねぇか。警察はあいつを逮捕しろよ」


胴体に空いた穴から流れる赤色の液体が止まらない。

顔が真っ白になっている。

唇も青く変色していた。体が震え始めていた。

博士の作った銃はコピーを現実と同様に計算させるものなのだろう。


「何かできることは…今すぐ病院…」


そこまで言って気づいた。この仮想現実に病院なんてあるのか。

禁止事項で守られているのだから、もう既に廃れているのかもしれない。

僕が考えていると、浅間が僕の手に触れた。こちらを見ている。


「なぁ…これって現実、じゃないよな…、ちゃんと、目が覚めるよな…」


呼吸が少しずつ止まっていく。


「ああ」


「だよな。良かった…、なぁ…いまさら…だけ…ど」


「何だ?」


「お前、なん…て…名前なんだ…」


「深見悠人だ」


反応がない。呼吸が止まっていた。


車体が傾いた。

道を作り忘れていた。

トレーラーは海へと落ちていく。

あっという間に海面に叩きつけられて、水しぶきが上がった。

車内に水が入り込んでいく。


「テレポートできますっ」


サクラが僕を連れてテレポートさせる。

僕は彼女と一緒に自身を別の場所に飛ばした。


失った後に気づいた。

彼は初めてできた友人だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る