第19話 追跡者

仮想現実内にある警察著にてその部屋はあった。

巨大なモニターが置かれた部屋にて対仮想現実に特化した捜査官が集っている。


「吉田さん、捜査依頼が来ました。例のテロリストの件です」


「全員、仮想現実内の刑務所に意識を収容したはずでは」


「三人、現実世界の方で生き残っています」


「マモルを起動させましょう」


モニターに画面が映った。


「いました。LIMBOです」


「了解です。さらに詳しく調べさせます」


吉田刑事はタッチパネルを操作するとすぐに結果が出た。


「見つけました。あれ? こんなエリアありましたか」


同僚の言葉に吉田はモニターを向く。

そこには奇妙な構造をしたエリアがあった。


「隠れるにはもってこいだが、閉じ込めやすそうだ」


捕縛まで簡単に終わりそうな気がして、部屋には緩やかな空気が漂った。



ーーー



浅間のコピーはずっと歩き続けていた。

誰も止めなければ、きっと停電でも起きない限り、永遠にそうしていただろう。

もっと悲惨な目に遭っているコピーは何体もいるので、幸か不幸かは計れない。

だが、このコピーは抜群に幸運だった。

姿の見えない知人のおかげで違和感に気づいたのだ。


「あれ? この道ってこんなに長かったか」


後ろを振り返る。

これが自分の帰宅路だったはずだ。

が、何かおかしい。


「まさか…同じところ、か?」


ゾッとして夢中で走った。

けれどもやはり元の位置に戻っていた。


ようやくわかった瞬間、足を踏み出す気力は失せて立ちすくんだ。


<気づいたか>


「お前かぁっ! 俺をループさせているのは」


浅間は空に向かって怒りを露わにした。


<違う、味方だ。証拠にここからお前を出してあげよう>


「何だ味方かぁ」


こいつ馬鹿だ。ベータ版でのやり取りはボケていなかったのである。

立川さんたちも苦労しただろう。

戦慄しながらも、LIMBOへの出口を作り出す。

檻の機能は完全に失われていた。


<やっぱりこうなったらLIMBOの法則が勝つんだな>


「LIMBO?」


<ここは閉じた世界だったがゆえに脱出は厳しかったが、LIMBOの中に移動させたんだ。この世界は圧倒的にLIMBOより小さいから、LIMBOの法則に飲み込めれて檻ではなくなる>


「なるほど。わからん」


<ループから抜け出せるってことだ>


そう言うと浅間は驚き感謝してきた。

頭をこちらに下げた状態でテレポートさせようとした。

が、なぜかできない。


「お、空が開いた。やっぱ仮想現実だったんだなここは」


「いや、そんなことは」


上を見ると、この箱とも言うべき空間の天井部分に穴が開いていた。

その穴から球体がいくつか降ってくる。

メガホンを通したような大声が響いた。


『この世界に隠れているのは知っている! おとなしく投降しろ! 浅川!』


「まずい! サツだ!」


球体は未来のパトカーのようなものなのだろう。

おそらく警察は現実の浅間がここに逃げ込んだと勘違いしたのだ。

彼は犯罪行為を行った方とは連続性がないので別人のはずなのにだ。

おそらく博士が何か関与したのだろう。

浅間は慌てて反対方向へと駆け出す。

僕は彼に続いて、球体から逃げた。

その先には追い詰めた無人のトレーラーが止まっていた。



ーーー




『浅間は忠告を無視して、逃走。どうしますか』


「一部の禁止事項を破れるとの情報もあります。十分に警戒してください。状況によっては容疑者に精神苦痛を与えることも許可します」


仮想現実でコピーを消すことは禁止事項となっているためできない。ただし、痛みを与えることはできる。これも現実に存在するような銃や刃物を用いるという制限があるが、大抵のコピーは痛みに耐えられないため捕まえやすくなる。


『浅間がトレーラーに逃げ込みました! 動き出しています』


「LIMBO内において乗り物に分類されるものは特定のオブジェクトを除き、道路しか走る許可は与えられていません。焦らず…」


『トレーラーが浮遊しはじめました。』


「そんな馬鹿な!」


吉田はモニターを注視した。

確かにトレーラは見えない道路でもあるかのように空中を走っていた。

しばらく蛇行して球体を振り切ると大きく曲がって近寄ってくる。


『こっちに突っ込んできます!』


小さかったトレーラーは加速したのか急激に大きくなりモニターを埋め尽くした。

地上へと落ちていき、無線が繋がらなくなった。

本来ならそのようなダメージやその影響は計算されないはずだが…



「容疑者がテレポートを使いました」


「…多視点を使いましょう。行方を追います」


モニターが幾つもの小さいサイズに分かれた。

その一つ一つがLIMBO利用者の視界だ。

数千万人の視界に追われれば、流石に逃げられないだろう。

吉田はこの時までは追う思っていた。




ーーー




「うわぁああぁぁ!!」


浅間がハンドルを握りながら叫んでいる。

景色が右や左によってはまた元に戻る。


<もっとちゃんと運転できないのか!>


「できるか! 無理に決まってんだろ!」


あまりにも運転が下手くそなので操作を修正して、空に開いた出口へと向かわせた。


「ぶつかる!ぶつかる!」


前方に待機していたパト球を視界に収めたときはすでに遅かった。

システムに干渉して、ぶつかった時のこちらの計算を停止させる。


パト球だけが事故の計算が行われて、墜落して行った。


丸い穴を抜けると、海が広がっていた。

後ろを見ると、残っているパト球がこちらに向かって来ていた。

急いで、テレポートを使った。

見覚えのある火山が目に入る。

車内を見ると浅間は放心してハンドルを握っていた。


<車の運転の経験は?>


「ねぇよ」


<知識をダウンロードすればいいだろ>


「やったけど、そんなもんで上達できるか! 知っていることより、知らないことの方がよっぽど役に立つだろうが。あっ! もう追って来やがったっ」


深いことを言ってくれる。だが運の悪いことに、待機していたのかパト球が現れて追跡して来た。


<もう一度移動する>


今度は砂漠にテレポートした。

が、こちらでもすぐにパト球が現れる。

明らかに待機していたのではない。こちらのテレポート先を知って追いかけて来ている。


「うわっ、めっちゃ指差されてる」


浅間が地上を覗き込むと、ピラミッド付近を歩いている人々がこちらを驚き見上げていた。

警察は仮想現実内の視点を傍受して、追跡に利用しているのだ。

ようやく、理由がわかったので僕はシステムへと意識を集中させた。


「またあいつら現れた」


<追跡を振り切るから、しばらく逃げてくれ>


「無理だ!」


<ふむ、知識はあっても経験がなくては上手く運転できないんだな>


僕は森の上空にテレポートさせた。

下を緑の絨毯が仕置き詰められている中、よく見れば、地上には人がいる。

案の定、またパト球が現れた。

浅間は慌てて、アクセルを踏んで逃げる。

やはり蛇行して、危うい運転を行った。


「何とかしてくれ」


<実は僕も経験がない>


「ふざけんな」


<冗談だ。補助をする>


僕はアクセルを強く踏んだ。雲や下に広がる緑の模様が後ろへと流れていく。


「おい、さっきより速くなってねぇか?」


彼の感覚は正解だ。だが時速制限なんかこの際は気にしない。

ぶつかっても、死ぬことはない。


「いや、禁止事項に触れて、刑務所に行かされんだけど」


<そんなことしなくてもお前は捕まるぞ。>


「俺が何したってんだ。くそサツが! 冤罪だっ!」


まさかもう一人のあなたですと言うわけにもいかない。

彼は自信がコピーであることを受け入れられない気がする。

僕でも心の設定をいじらなければ、精神的に追い込まれていただろう。


そう思っていると、ようやくシステムに侵入できた。

ログインしている者やコピーたちが見ている景色のデータが本人の視界とは別の場所に送られていた。

その線を切っていく。

ついでに二度と見れないように暗号も組み立てる。


<終わった>


「何がだ」


<あの球体がもう二度と現れないようにした。テレポートさせる>


理解できていない浅川を置いて、別の場所に飛ばした。




ーーー





異常事態に気づいた時には遅かった。

次々とモニターが暗転していく。


「何だ!?」


「視点が見れなくなっています」


手立てを打つ暇もなく、全ての視点が見れなくなった。

部屋に沈黙が流れる。


「これ以上の捜査は厳しいです」


モニタールームのドアが開かれて書類を抱えた上司が入って来た。


「吉田くん、一旦切り上げていいから、別の捜査にマモルを使ってくれ」


「別の事件ですか。政治家の汚職じゃないですよね」


吉田はふざけて言った。今の時代、政治家の力は無くなって来ている。汚職も典型的な昔の犯罪として扱われている。が、実際のところは金銭の受け渡しが見え難くなっただけで、今も似たようなことは行われていた。

捜査を切り上げられる苛立ちをぶつけてしまった吉田だが、意外な反応を返された。


「あくまで被疑だが、かなり確実だ。堀川社長からリークがあった」


「え、相手は誰ですか」


「この国の政治家たちだ。総理や国家公安委員長もいる。現実世界の方で色々とやっていたらしい。頼んだぞ」



ーーー




「羽柴大臣を総理にするには現職の政治家連中には退いていただかなくては」


「ありがとうございます、堀川さん。これで計画がまた一歩近づきます」


二人は前と別の場所で密かに会っていた。


「ところで深見博士は? 最近、見かけないので」


疑問に思っていたことを堀川は羽柴に聞いた。


「あの人なら、LIMBOにいますよ。なぜか実験まで停止させて。自分には精神的に安静が必要と言っていました」


それを聞いた彼女は違和感を覚えた。

あの男が自宅を破壊されたくらいで落ち込むことがあるだろうか。

そういえば、自身の現実の体を罠にしたとも聞いた。


「博士はいつから現実至上主義じゃなくなったのだろうか」


「ここ最近、急に変わりましたね。僕としたら嬉しいことなんですが」


堀川は嫌な予感がした。

彼女の頭の中ではすでに予備の対策や計画が練られていた。

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