第18話 脱出

立川たちは急いで建物に駆け込んだ。


耳障りな射撃音が聞こえ始める。

コンクリートの壁はいとも簡単に貫通されて、内壁を覆う木の破片を飛び散らせた。

悲鳴を上げる事もなく仲間の半数が倒れた。


「くそっ、どこでもいい! 一旦隠れられる場所を探せ!」


立川は焦った声で部下に指示を出した。

禁止事項で縛られた仮想現実より、何でもありな危険な世界であることは熟知していた。


「あそこに地下室へ続く階段があります!」


立川は走った。

ドローンが射撃を再び開始する。

建物内部の全てを破壊する音がすぐ後ろで響いた。

後ろを振り返らずに走った。

同志たちの最後を見るべきだが、振り返ると立ち止まらない自信がなかった。


地下への階段をかけ降りる。


ドアを蹴り破ってある部屋に入った。


「これはコンピュータールームか」


後ろを向くと、ついて来れた部下は腹心の石坂を含めた二人しかいなかった。

立川は唇を噛みしめながら、ドアを閉めた。




ーーー




僕は歩く男を見ながら悩んでいた。


浅間のコピーは永遠に歩き続けている。

道を増やして描画数を増やせば負荷がかかるかと期待したが、残念なことにループしていた。


この世界は意外と狭く作られており、何枚もの鏡で出来た箱のように作られている。

歩く男の努力は報われず、真っ直ぐ進んでも反対側から出てしまう。

不幸中の幸い、ここは公的な場所ではない私的な空間だと分かった。

どうして書き換えが行えたのか疑問だったが、根本的には博士と同じである僕をコンピューターが博士だと判断したとすれば、あり得る話だ。

経済的に優しい作りなので博士が私的に持っているコンピューターで描写していると推測できた。いくら博士といえど、自前の量子コンピュータを用意するのは一苦労なのだろう。


さて、今の僕は浅間に真実を教えることができる。

それが彼の幸福につながるかわからない。

教えたところで彼を連れて出る行き先がない。

彼は立川さんとはつながりはないし、僕の状態を改善してはくれない。

本人も現時点では苦痛を感じていない。


浅間を見つめる。

飽きる事なく、歩き続けていた。

遠くに行ったかと思えば、反対側から現れる。

歩いている本人は何もわからないまま、無限の帰宅路を進み続ける。


僕はため息を吐いた。

やはり助けてあげよう。

彼が数百人目だろうと、会話をしてしまった以上、僕の貴重な知人だ。


だが、これからの行動案が全く思い浮かばなかった。

ここは檻だ。

こちらへわずかに転送されるデータはあっても内部からは出ることができない。

博士はなぜこのような構造の世界を作ったのだろうか


と、外部への窓が開いた。

現実の方で誰かがこのコンピューターを開きに訪れたのだ。

まずい、博士であれば僕を消去しにかかるだろう。


『何だこれは? 狭い世界だな。何の役にも立たなそうだ』


「立川さん!?」


意外な相手に僕は声をあげてしまった。


『お前、コピーの方の深見か! 上手く脱出できたのか!』


なぜ、立川さんたちに聞こえているのかわからないが、僕は幸運を噛みしめた。


『こっちは最後の博打が大外れしたところだ。警官どころかどこかの企業が攻撃してきやがった』


「囲まれたのですか? 武器になりそうなのは?」


『ない。クラッキングした警備AIも停止させることが精一杯で登録した本人でない限り動かすことはできない』


「僕はパダーロクを持っています。合流できませんか?」


『ありがたい申し出だが、不可能だ。俺たちは袋の鼠になっている』


「良い案があります。この世界をLINBOにつなげてください。石坂さん、できますか」


『難しいが…この仮想現実は異様に小さいな。できなくもない』


「ここでコピーを使った禁止事項を破った実験をいくつも行っていたようです。早くあの男を止めないと」


『…それは本当か。やはりここは俺たちの死に場所ではなさそうだ』


世界が分析され始めた。

石坂さんが奮闘しているのだろう。

その間に僕は分身を作り出す。

手段を選んでいる状況じゃない。

そしてもう一人の自分を通話で送れるサイズの断片に分解させた。


『繋げられそうだ。LIMBOに転送するぞ』


「待ってください!」


僕は立川さんたちのところへ分身を送り込む。


瞬間僕は檻の外に出ていた。

僕が分身だったか。

警備ロボットを動かす。


「うわっ! 動いた!」


誰かが、悲鳴をあげた。

カメラを乗っ取り、視界を確認する。

立川さんたちがいた。彼の後ろに本物の浅川もいる。


「なるほど、博士と同一人物だと判断されるのか」


石坂さんだけが一人頷いていた。


僕が先頭に立って階段を駆け上る。

廊下にはコンクリートの破片が散乱していた。舞い上がっている埃の中で動く影がいくつもある。僕はその影の一つに近づいた。

散らばる赤い液体などを掃除ロボットたちが懸命に拭き取っていた。

立川さんたちは彼らを危険がないとして停止させなかったのだろう。

そのおかげで、死体は見ずに済んだ。頭に設置された武器で感謝のお辞儀をして、僕は建物の中を進んだ。

壁の無くなった廊下を進むと、エンジン音が聞こえ始めた。

立川さんたちが伏せる。

ドローンが撃ち始めた。

その弾は普通に壁を貫通して、反対側の壁を抜けて、外へと飛んでいく。

博士は随分と野性的なリフォームをするらしい。

僕が立川さんたちを庇う形で警備ロボットも銃撃を受けてしまったが、何とか装甲で耐えることができた。

頭に設置されたグレネードランチャーで反撃する。

ドローンは一発で墜落できた。

螺旋を描きながら燃える破片を散らばせて落ちていく。


銃撃の心配のない廊下を進んでいく。

玄関と呼ぶには広すぎる場所を前にして、僕は立ち止まった。

何か嫌な予感がする。


「あ、待て!」


呼び止められたが、無視した。命の価値が違うからだ。

僕は一人で外へと飛び出した。


瞬間、爆散した。


対装甲弾だ。


急いで別の警備ロボットを起動させる。

幸いなことに立川さんたちはとんでもない量の埃を被っただけで無事だった。


二階から掃除ロボットを使って伺うと、歩く戦車みたいなものが裏手と玄関前にいた。確認した瞬間、高速で打ち出される金属の棒が飛び込んできて視界が暗転する。

別の掃除ロボットの視点では覗き込んだロボットを貫いて、後ろの壁を抜けていた。部屋は完全に破壊されていた。


博士はなんて家のリフォームに熱心なんだ。


あの兵器に関する知識をダウンロードしようとしたが、全てはできなかった。

金属のプレートを高速で撃ち出すことで棒状にし、装甲でも防げない威力とさせる。電磁波の技術が発展したことで登場した兵器である。

企業が所有しており、これ以上は機密にされているようだ。


…なぜ歩かせようという発想に至ったのか、社長に質問したい。


謎の兵器は建物の裏手にも配置されていた。

玄関以外から出ようとしても、見つけて追いかけてくるだろう。


やはり逃げる前に倒すしかない。

もちろん、一対一では戦いに挑まない。

全ての警備ロボを突入させた。地下室以外にもたくさんいたのだ。博士は自宅を要塞にでも改築するつもりだったのか。

謎の兵器、歩く戦車が右往左往している間に、立川さんたちを反対側から出させる。

裏側にいた歩く戦車も逃げる警備ロボットを追って、玄関側に回った。

掃除ロボットたちを建物の重要な役割を果たしていると思われる柱の前に待機させる。


警備ロボットは立川さんにつけた三体を残して、全滅した。向こうのほうが装甲は硬いらしく、撃っても効かなかった。

歩く戦車が移動を開始する前に掃除ロボットたちに建物から顔を出させた。

反射的に彼らは攻撃を行なってしまう。

金属の棒が掃除ロボットを貫通して後ろの柱に撃ち込まれていく。

過去に結ばれた兵器条約のおかげかろくなAIが搭載されていなくてよかった。ほぼそれに助けられたと言って良いだろう。政治家さんたちありがとう。

博士の自宅は急速に傾き始めた。

歩く戦車はその重たい図体では歩くことしかできず、残念ながら下敷きになってしまう。

流石にこれだけでは停止しないのか瓦礫の下でもがいている。

僕は二体の警備ロボットを向かわせた。

歩く戦車は瓦礫を押し除けて、瓦礫の隙間から砲が顔を覗かせる。

僕は頭の武器の銃身をそこに突っ込ませて撃った。

爆発音。

もう一体も同じように始末させる。

二度目の爆発音が響いたきり、あたりは静寂に包まれた。


立川さんたちは後ろの瓦礫の山を見て、呆然としていた。




ーーー




「何で、こっちの兵器が破壊されているの!」


堀川社長は瓦礫の山の映像を見て部下を叱咤していた。励ます方ではない。


「それが予想よりも激しい抵抗に遭いまして」


「あらゆる事態に備えて準備をしておくものでしょうが! 普通の戦車で良いって言ったのに!」


叫びながら、タブレットを投げ飛ばした。


カップに入ったコーヒーを飲んで、深呼吸をする。

冷静に戻った堀川は部下に指示を出した。


「深見博士は怒らないし興味すら持たないけど、あいつらを捕まえることは非常に政治的な意味がある。再構築の実現には羽柴大臣が力を持った方が都合がいい。何としても次は成功させろ。わかったか」


失敗した部下を下がらせた時、部屋に書類を手に持った部下が現れた。


「調査の結果が出ました」


差し出されたそれを見た堀川はようやく機嫌を取り戻して言った。


「警察に連絡を」

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