第13話 分裂


僕は薄暗い場所で目を覚ました。

頭が痛い。


自らに何が起きたか思い出せない。

青い画面を開いて、ログを確認する。

ログには野木隼人の名前があった。


「おそらく…には…暗号をとく数式が仕掛け…れている」


話し声が聞こえた。ステルスを使って曲がり角に隠れた。


「だが、コピー…を消してしまっ…。そんな話は……ていない」


「…はとんでも…ことを仕掛けたな」


話が気になったので近づくことにした。

40デシベル以下になるようにゆっくりと近づく。


「先に侵入していた男は…博士だ。本体を見つけ次第捕縛するべきだ」


博士の名前が聞こえなかったのでさらに近づいた。


「正確にはそのコピーだ。あいつもパダーロクを追っていた」


「まさか自分自身にヒントが仕掛けられていたとは博士も最初は驚いただろう」


パダーロクとは何なのだろうか。聴き慣れない言葉だ。

仕掛けられているとはどういうことなのだろうか。

話し声が近づいて来たので移動しようとすると足元で音がした。

何か踏んでしまった。


「誰だっ」


若い男がこちらに気づいた。

40デシベル以上の音を出してしまったらしい。

下を見るとクロスボウがあった。なんでこんなところに落ちているんだ。


「待ってくれ、敵じゃない」


クロスボウを念のために懐に入れて、ステルスを解く。

突然現れた僕の姿に男たちは驚いていた。


「お前は深見か?」


何やら険しい面持ちでこちらに質問して来たので、僕は自分の名前を話さないことにした。何だかめんどくさいことになる予感がした。


「僕は深見じゃない」


「何だ、深見じゃねぇのか」


一番若い男が言った。


「なわけねぇだろうが、俺ら以外にログインしているやつは深見しかいねぇ」


中年の男が怒鳴った。片手に青い画面を開いており、証拠を見せつけてくる。

瞬間、頭に何か格子状の何かが頭に浮かんだ。


「本当のことを言え!」


頭に浮かんだ格子暗号を解いていく。


「本当だ。僕は野木隼人だ」


とっさに飛び出た医師の名前を使った。

なぜかわからないがログに名前が書き込まれた気がした。


「嘘をつくな…ん?」


こちらを疑っていた男が画面を二度見した。


「本当だ」


男たちは顔を見合わせる。どうやらログの書き換えに成功したらしい。

理由は不明だが、僕は無意識にクラッキングができるようになった。



「どっから入ってきたんだ? 今は閉ざされているはずだぞ」


「いや、ログイン自体はもっと前に行っている。描画こそされていないが、何十年も前からいたことになっている」


「なるほど…」


リーダー格らしき男がこちらを睨みつけた。

思ってもいなかった結果に僕は少しのけ反りそうになった。

失敗してしまった。書き換えを少し間違えたらしい。


「何らかのバグか、いや、状況的に見て意図的に仕込まれていたということだろうが、敵ではないだろうな」


自分でもよく分からないうちに納得されてしまった。このままテロリストたちに捕まらずに済むだろうか。


「つまり、こいつはパダーロクに辿り着くためのヒントというわけだ」


「は?」


「よし、ついて来い」


リーダー格の男はそう言って僕の腕を捕まえた。


「え、立川さん。こいつ何も知らないって顔をしてますけど」


一番若い男が僕の戸惑いに気づいた。もっと言ってくれ。


「知らなくて当然だろう。記憶が何十年も前で止まっているのだから。だが、ここに現れた時点で確実にパダーロク関連だ」


訳のわからない理由で押し通されてしまった。

そもそもパダーロクって何だ。


「間に合いますでしょうか」


「わからん。急ぐしかない」


「パダーロクは絶対に奪われるわけにはいかない」



テロリストたちは、この言い回しは今はやめよう。立川たちはどうやらパダーロクというものを追っているらしい。

問題は僕をそのヒント的な何かであると勘違いしているところだ。

せっかく地獄から脱出できたと思ったのに何でこうなるんだ。

僕は自分の運勢を呪って唇を噛み締めた。

現実逃避も兼ねて前を歩く男たちに疑問をぶつける。


「なぁ、パダーロクって何なんだ?」


僕がそう聞くと険しい目つきでそう言った。


「絶対に手に入れるべきものだ」


若い男が言った。参考にならない。

僕の困り顔が目に入ったのか立川と呼ばれた男が言った。


「贈り物だ」


「贈り物?」


誰かが与えるためにそれを用意したと言うのだろうか。

まさか僕自身も巻き込まれたことにも関係あるのか?


「誰が何のために用意したんだ?」


「もちろん、俺たちのためにだ」


「僕が聞いているのはそういう意味じゃない。用途だ」


僕がそう聞くと、立川は立ち止まった。部下二人と近づく。

男たちは何かを話し合い、うなづいた。一瞬、躊躇したが僕に説明することに決めたようだ。


「お前は一度、使っただろ」


「使った?」


「さっき、書き換えを行うときに使ったじゃないか。あんなもんだ」


どうやら全てを話すつもりはないらしい。


「わかった。一応聞くが。パダーロクはシステムのハッキングがしやすくなるものなのか」


立川は黙ったままだった。これ以上は教えるつもりはないようだ。

でも、僕はこれくらいじゃ引き下がらない性格の持ち主だ。


「あんたらは何でそれを追ってるんだ」


僕が余りにしつこかったのか、立川は振り返って言った。

ため息を吐いて言う。


「革命だ」


「革命?」


「俺たちが目指しているのは大きな政府による世界の統治だ」


黙って先を促す。

支配を言い換えているとはもちろん言わない。



「そもそも現代の社会構造は捻れすぎている。もはや人々の生活基盤は一つの大きな仮想空間に置かれているのに、細々とした存在になった各国政府が何とか体制を保とうと、足掻いている状態だ。人々をこれ以上、巻き込むわけにはいかないんだよ」


「待ってくれ、今はそんなことになっているのか」


僕の言葉に男たちは目を合わせた。

まさか共感してくれるとでも考えていたのか。

それくらい自己中心的な考えじゃないとテロはしないだろうが。


「お前って何年前にスキャンされたんだ?」


「それがわかっていたらこんなところにはいない」


立川はだろうな…と返したきり、僕たちは会話もなく地下の中を進んだ。


「現在、世界人口の9割が仮想現実で暮らしている。量子コンピューターの登場によって、スキャンデータを走らせること可能になって以来、人々は寿命がなくなった。肉体が尽きると仮想現実に意識を移せるようになったからだ。事実上の不死が可能になったが、政治的な問題は人々の魂ごと仮想現実に持ち込まれてしまった」


脳のスキャン技術とはどのようなものなのだろうか

頭の中に情報が流れ込んでくる


コネクトミクスと呼ばれる技術が発展したようだ。

神経繊維を覆う脂肪の層に弾かれ、繊維の中に入れずに沿って移動する水分子が体内を拡散していく様子が目の奥に映る。


水分子の拡散運動を神経回路に沿って追うことで脳内ネットワークの情報の流れを可視化できる。

神経が密集している部分では多くの情報が集中して行き交い、調整していることから意識の形成に非常に重要な役割を果たしていると考えられる。


意識の形成については未だ解明されていないようだ。


「支配されたり、服従されないことが本当の幸福であるはずだ。技術的には全員が幸福な未来が実現可能なのに、古い時代の権力者共は未だに過去の幻影を見続けている」


「じゃあ、あんたらはその政治問題を解決させたいがためにパダーロクを追っているというわけか」


「そうだ」


立川は思想を理解してもらったことに嬉しそうに頷いた。


「おそらく、昔の技術者はこの事態を予測していたのだと思う。今こそシステムに干渉する必要がある時だ。そのための隠しておいたキーがパダーロクだ」


立川はそこまで言うと、態度を一変させて叫びだす。


「なのにあいつらときたら、自分たちの都合がいいようにシステムを変えようとしている! 故に計画を前倒しにしてでもパダーロクを手に入れる必要がある!」


「博士は政府側の人間なのか」


「ああ、あいつはシステムを開発した阿藤教授の弟子だ。なぜかは知らんが政府側に立って活動している。多分、システムに干渉して自由に実験がしたいだけだろう。深い思想なんか持っちゃいないさ」


対立構造の説明を受けながら、ピラミッド内部を進んだ。

僕は道を覚えていたおかげで簡単に目的地にたどり着いた。


「あった、ワープ部屋。ここに本当に隠し通路があるのか?」


「ある」


立川はそう言うとそそくさと前に進んでいく。

どこかで見たような青い画面を出して何か打ち込んだ。

すると部屋の奥の壁がちょうど真ん中で割れる。

そこには丸い青色の輪があった。


「行こう」



立川の声に僕たちはその中へと潜った。


視界が一瞬揺らいで、景色が変わる。

ゴツゴツした場所に出た。

二人の女性がいた。

一人は配線を青い柱に接続して何か操作している。その配線を追うと地面に横たわる人物につながっていた。

もう一人の横たわる誰かの側にいる女性には見覚えがあった。


「深見さん!?」


サクラはこちらを振り向いて言った。


「どういうことだ…これは」


見知らぬ女性がこちらを振り向いて戸惑っていた。



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