第12話 火山島


「資金提供者?」


「正確にはLIMBOに出資したのは私の父だが。帰還できる地点を用意してある。テレポートしよう」


彼女はそう言うと、景色が変わった。周りを岩に囲まれていた。水の気配が少なく厳しい環境だからか、わずかに雑草が岩と岩の間から顔を出している。

熱い空気が肺の中を焦がしていくように感じる。近くに浮かぶ雲の腹が赤く照らされている。


「帰還できる場所を火山エリアに作ったのですか」


「ああ、緊急プロトコルとはいえ閉ざされていたから大変だった。比較的に破りやすいポイントに作った」


彼女を追って岩と岩の間を進んでいく。

この先に帰還できる場所があるのだろうか。僕が彼女を追おうと足を踏み出した時、サクラが口を開いた。


「質問があります」


「何だ」


サクラが背中に問いかけると彼女はそう言って振り向く。


「私は確かに緊急プロトコルを解除しました。しかし、深見さんは眠っただけで帰還することができませんでした」


「博士が君たちを罠にかけたのだろう」


彼女はそう言って歩くので釣られて僕らも歩き出した。


「博士?」


「君たちを襲ったあの男だ」


「何のために?」


「パダーロクを手に入れるために行動している。」


「パダーロクって何だ」


僕がそう言うと彼女は一瞬躊躇するそぶりを見せた。


「あの男が必死になって追い求めているんだ。おそらくとてつもない価値のあるものなのだろう」


彼女はしばらく考え込み、考えをまとめたのかようやく口を開いた。


「わからない」


思わずこけそうになったが、彼女は言葉を続けたので僕の足は硬い岩石の上を滑らずにすんだ。


「正確なことは誰も知らない。あの男もおそらく完全には理解できていないのではないか。私はシステムをクラッキングがしやすくなるものと思っている」


「システムをクラッキング? 何のために」


「今の仮想現実は禁止事項で縛られている。それはもちろん、秩序を乱さないためでほとんどの人々にとっては良いことなんだが、望んでいないものもいる。あの男みたいなのはパダーロクという噂に辿り着く。手に入れれば、仮想現実の禁止事項を破ることができるとか何とか。あの男はベータ版LIMBOに隠されていると踏んだのだろう」


彼女の説明を聞きながら進むうちに辺りの様相はすっかり変わり始めた。

さっきまでわずかながらも生えていた雑草が今は一本も生えていない。

火山エリアという名称からしてこの先には噴火口があるのだろう。

前方からは水蒸気が昇っていた。


「この先に帰還地点がある」


彼女はそう言って足を踏み出した時、地面が揺れた。


驚いて周りを見渡すと、噴火口があると思われる場所から黒い煙に混じって赤い液体が吹き上がっていた。


「え、そういうエリアなのここ?」


「知らない! 噴火しないように設定したはずなのにおかしい!」


堀川は叫んだ。理解ができない様子だ。

黒い点が向こうの空で打ち上がっているのが見えた。

そのうちのいくつかはこちらに向かって落ちてくる。


「よけろ!」


堀川はそう言って僕を突き飛ばした。

僕がいた場所に抱えきれないであろう大きさの石が落ちて来た。

当たると、そんなはずがないのに死にそうな気がした。


「あ、ありがとう」


彼女は僕の感謝を無視して歩き出す。


「こうなったら、一刻も早く帰還するしかない。明らかにバグり始めている」


堀川はそう言って駆け出した。

後を二人の影が続いた。


小石が満遍なく降り始めた。頭や肩にあたっては僕らの進行を邪魔してくる。


横を見ると、サクラの頭上に火山弾が降り注ごうとしていることに気づいた。

彼女は知らずに前に向かって走り続けている。


「サクラ!」


落ちてくる岩石を止めようと手をかざした。

まるでそれが止められるみたいに。


岩石は一瞬止まったように見えた。

幸運にも岩石は彼女のすぐ後ろに落ちた。

彼女は何事かと振り返る。後ろに岩が落ちていることに気づくと悲鳴をあげた。

ちらりと僕を見たが、そんなはずがないとまた目に向かって走り出した。

なぜ、火山弾の描画計算に介入できると思ってしまったのか自分でも不思議に思った。

が、考えている時間は今はなさそうなので頭から追い出して走った。


火山の麓に洞窟が見えて来る。

ゴール地点が見えて来たことで足に力が湧き上がってくる。

と、先頭を走る彼女は足を止めた。


見ると前方に裂け目が入り出していた。

追いつくと、裂け目は幅広く飛び越えれそうもなかった。

裂け目を覗くと深い底で赤い溶岩が流れているのが見えた。


まるでこの世界が帰還をさせないように邪魔をしているみたいだ。


「帰らせないつもりか」


「深いですね」


「この溶岩や落石ってどれくらいのダメージがあるんだ?」


「本来なら、苦痛なんて感じさせないはずだが、パダーロクが隠されていたくらいだ。多分、禁則事項くらい簡単に破られるだろう。システムが敵になっている可能性がある」


「システムが敵になっている?」


「パダーロクに近づいたお前らを帰還させないようにしているんだろう」


彼女はそう言うと迂回できないか辺りを見渡し始めた。

僕はシステムに何とか介入できないか頭をひねる。

なぜかできるような気がした。


すると頭に格子状の何かが広がった。

数学の問題のようだ。

僕は頭の中でそれを解くと、いとも簡単にシステムを操作できることに気づいた


手をかざす。

岩石の地面に開いていた割れ目はその瞼を閉じた。

別の地面で上書きしたのだ。


横を見ると、サクラも堀川さんも驚いていた。

が、すぐに冷静さを取り戻すと洞窟に向かって足を進み出した。


「あの洞窟にあるのか」


「ある。行こう」


轟音が轟いた、

火山がもう一度噴火したのだ。

二度も邪魔されないために僕たちは洞窟へと駆け込んだ。


洞窟の中は外と違ってひんやりとしていた。

現実であれば溶岩が流れ込みやすい場所にあるが、

洞窟の奥へと進んでいくと先ほど見たものを小さくした青い柱があった。

画面を取り出して操作をする。


「どうしてあんなことが…」


サクラの疑問が洞窟に響く。


「やはり、パダーロクを手に入れたからだろう」


堀川は振り返って言った。


「手に入れた?」


「ああ、お前は博士のコピーを倒しただろう。あの時すでに、パダーロクを手に入れてたんだろう。そして推測だが、この世界のシステムの防衛装置が働いてシステムに異常が出だした」


「待て」


「コンピューターに脳内スキャンデータを移したものだ。本来なら消滅はできないが、パダーロクがあれば消滅させることができる」


「ちょっと待ってくれ。コピーとかそんなことが可能なのか」


「ああ、お前はわからないだろうがな」


彼女の言い方に別のニュアンスを感じた。

さっきと雰囲気が変わり後退りをしてしまう。

悪い予感がした。


「コピーて何だ」


「脳内データをコンピューター上に移した分身とも言える存在だ」


「そうじゃなくて」


僕は不安になり、話を変えるために別の話題を出した。


「博士には本体がいるのか」


「ああ、いる。パダーロクを回収するために現実世界で待っている」


僕はサクラを見た。

目が合うと、同じ考えを持っていると気づいた。

決してバレないように逃走の機会を伺う。


「どうした?」


「そいつの目的は?」


「コピー技術の登場によって人々から死が失われた。そのために精神的な豊かさを失った状態だ。システム書き換えによる死の復活。それが私の目的だ」


僕たちは元の方向に向かって走り出した。


背中に衝撃が走った。

よろけて転んでしまう。

全身が痺れて動けない。

背中に何か刺さっている。目を動かすと背中から配線が伸びていた。

視線でそれを追うと堀川の手に持っている何かへとつながっていた。


「深見さん!?」


サクラが僕に駆け寄った。


「別にパダーロクは暗号を解くのを早めるもので、努力すれば、ある程度の禁止事項を破るのも不可能ではない」


堀川が、いや堀川の姿をしたものが近づいてきた。いつの間に入り込んだのだろう。


「だが、手に入れることができれば、それだけ早く計画を進められる。手がかりを必死に追って可能性があったのがベータ版LIMBOの中だった」


「お前、博士か」


僕が呟くと奴は笑った。


「なぜかはわからないが、君たちはこのLIMBOで、パダーロクを手に入れるのに重要な役目をしているらしい。どのような意図があるのかは私も知らないよ」


「サクラ逃げて」


僕は必死に彼女に促すが、彼女は僕のそばを離れない。


「逃げるどこへ? 現実世界に帰れるとでも」


博士がとうとう目の前に立ってしまった。


「君は仮想現実上のコピーだ」


とうとう知りたくないことを宣告されてしまった。

が、僕はそんな現実感のないことよりサクラの無事の方を祈った。


「サクラ、お願いだ。逃げて」


「大丈夫だ。彼女に手出しはしない。欲しいのはパダーロクを手に入れた君のデータだ」


博士は青い柱に手に持った装置を接続する。視界が暗くなり始めた。


「深見さん! 深見さん!」


消えていく視界の中で彼女は逃げずに僕を必死に揺さぶっているのが見えた。

AIならまともな判断してくれよ。

そう思いながら僕の意識は沈んでいった。


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