第11話 贈り物



グシャリと鉄のフレームが曲がって僕を包んだ。


意識が途切れると僕は再び事故が起きる以前に戻っていた。



いつの間にか脆くなったシートベルトの接続部分を破壊して車内を移動する。

後部座席に置いていたカバンを手に取った。


ドアには安全装置が働いて走行中は開けられない。

何度も努力はしたが駄目だった。

ハンドルを握ったが、指紋認証がついているようでロックが掛けられていた。

免許を持ってないので許可が下りず、手動運転は諦めるしかない。



数十回試してわかったことは自動運転車に介入できる方法は少ないということだ。

機械を故障させて止めようにも、どこも継ぎ目はなくつるりとしていて壊しようがない。

ただ一点、可能性がありそうな場所があった。



カバンに手を突っ込んでグローブ代わりにしてカーナビが表示される画面に立った。

息を吐いてカーナビの画面をひたすら殴る。

最近の車は正面ガラスに映すタイプのものが多い。

幸いなことにこの車は前時代的なデザインだったので画面は埋め込み式のものだった。


ヒビが入り、飛び散った破片がカバンを突き刺さる。

頭を上げると遠くに踏み切りが見えた。

僕は振り下ろす速度を早める。

飛び散る破片は大きくなり、布地を切り裂き、内部に入ってきた。

画面がついに割れる。

手の神経が痛みを訴えているが、時間がないので無視した。


絡まったパスタの山みたいな配線のかたまりを取り出す。

どれも引きねじ切ったが、効果はなかった。

空っぽになった場所に頭を突っ込むと、一本の配線があった。

もう少しで衝突する。

僕は祈りながら線をもぎ取った。


体に衝撃が駆け巡った。


成功したのだろうか。

僕はそう思って目を開けた。



再び元の車内にいた。


僕は叫んだ。




ーーー




「なぜ、彼を巻き込んでいるのですか? 私に用があるなら帰らせてあげれば良いではないですか」


「彼とはそこで寝ている奴のことか、馬鹿か君は。むしろ私はそっちの方を消したいと思っている。時間が来ればね。もう一度聞こう。なぜこの世界にいる?」


彼女は思った。彼は私と違って実体がある存在だ。勘違いではなく、本気で言っているのだとしたら正気ではない。いや、そうでなくてもこの男は正気ではないだろう。禁忌事項を破ることができる道具を作ってしまったのだから。


「ですから私たちはクラッキング事件に巻き込まれただけだと」


「何度も笑わせるな。そんなはずがないだろう、ここには例え特別な病人だろうとアクセスできない」


「いえ、私たちは野木医師から許可をいただいて」


「野木? 野木助教のことか? アクセス許可など出せるはずがない。彼はもう死んだ」


突然の宣告に一瞬、放心した。彼にはこれといった持病もなかったはずだ。


「死んだ? あなたが殺したのですか!」


抑えきれない怒りが湧き上がって、つい狂人に叫んでしまった。


「はぁ、もういい飽きた。僕が殺した。君も死ね」


男はため息を吐いて銃を撃った。


サクラは思わず目を瞑った。消滅がこれほどまでに恐ろしいことだとは想像もしていなかった。

記憶には何万人もの死のデータが入っていた。理解していたつもりだったが結局は他人事だったのだ。

自分の浅ましさに呆れた。

同時に最後に死の恐怖を理解することができて少し嬉しくもあった。

恐れと諦観が混ざり合った中でふと、気付く。

銃弾が未だ自らの存在を撃ち抜いていない。



目の前を開けると空中で銃弾が止まっていた。




ーーー




僕は叫んだ。頭をガラスに打ち付けた。客の安全を考慮して設置された強化ガラスは衝撃を跳ね返して僕の頭を割った。

流れ出る血を無視してシートベルトを引きちぎった。

カーナビを力任せに引き抜いて、後部座席の窓ガラスにぶつけた。

窓ガラスは凹んだが、カーナビは飛び散った。


誰の思惑かはわからないが、僕を巻き込んだことに腹が立ってしょうがなかった。

なぜ、自分がこれほどまでに死を追体験させられているのかわからなかった。

僕は八つ当たりした。

暴れに暴れて座席を破壊して中の綿とスプリングを散乱させた。

僕はその上に座り込んで笑った。


列車が迫ってくる。

不思議なことにとても気分が良かった。

腕はすでに使い物にならないほどに折れていた。

流れ出る血もその臭いも現実ではないのならどうでも良い。

破壊した車内を見渡して理解できた。


僕をこの状況に陥れた者がいるとするなら、そいつの思惑をようやく理解した。

何かを破壊して欲しいのだ。

その技法を伝えるために僕をここに引き留めているのだ。


僕は怒りに任せるがまま、視線をすぐ横の列車に向けた。


列車を止まった。


車のドアを吹き飛ばして外に出る。

今まで僕を苦しめてきた棺桶を持ち上げて列車にぶつけた。

列車の四角の顔面はダンボールのように潰れて金属の破片を飛び散らせた。

手で薙ぎ払うと列車は紙の重さしかないように振る舞う。

ふわりと横に吹き飛んで派手に脱線して地に横たわった。


手に違和感を感じた

僕は鍵を握りしめていた。

頭にイメージが流れ込んできた。

格子暗号に関する知識だ。

この鍵はLIMBOの格子暗号を解いてしまう隠されたアルゴリズムを具現化させたものらしい。


頭に三次元状の格子が展開されていく。この列車の根源にアクセスできる暗号だ。

僕はすぐに計算を解いた。

もちろん消去するためだ。


忌々しい列車の残骸が消えた。


この世界そのものを消してしまおうと考えた。

脱出するためだ。


先ほどとは比べられないほど、複雑な高次元の格子が展開された。

僕は計算を開始した。




ーーー



銃弾が止まっている。


サクラは男の方を見た。

男も目の前の光景に驚いていた。

破裂音が響くと、痛みにうずくまる男の腹から血が流れ出ていた。

銃弾が反対に向かって飛んだのだ。


柱が赤色に光って警告を発した。

サクラは寝ている深見に駆け寄った。


「深見さん」


ガラスの奥で深見は眠っていた。

異常な心拍数を知らせるランプが鳴った。

今の深見に体はないはずだ。心拍数も機械が正確に制御している。

ではなぜ、心拍数がおかしいのか。

この装置がバグっているのだ。正確には装置の描写が。


爆発音がした。

振り返ると男の銃が暴発していた。

持っていた手は手首から先が消えていた。


何かがおかしい。


事態を察したサクラは急いで深見を出そうと画面を操作した。

なぜかエラーが出てしまう。


深見に駆け寄って、割れないと思いながらもガラスを叩いた。


「クソっ、先に殺しておくべきだったか」


片手を抑えた男がそう言って二人に近づいてきた。どこに仕舞い込んでいたのか、無事な方の手に剣を持っている。


「深見さん、起きてください! 」


彼女は必死に叫んだ。

深見は答えるように目を見開いた。


「どけっ! 地獄に落としてやるっ」


男が剣を振り上げた。

その切っ先は正確に深見を庇うサクラの頭に下ろされていく。


僕はそこで目覚めた。



ガラスが割れた。

その破片の全てが男に向かって飛んでいく。


男は叫び声を上げて倒れた。


サクラは呆然とその様子を見ていたが、はたと思い出して深見に振り返った。


「深見さん!? 大丈夫ですか!?」


深見はサクラの方へとゆっくりと向き直って呟いた。


「僕、何をしていたんだっけ?」


気の抜けた発言にサクラは思わず笑ってしまった。

わけがわからないものを見るようにサクラを見ている。


「良かった」


彼女は深見に抱きついた。


「え」


突然抱きしめられた深見は喜びよりも戸惑いの方が浮かんだ。

何かしてはいけないことをしている気分になり、目を泳がせる。


動かなくなった男が目に入った。

死んだように動かない。


「あれ」


深見が指を差すとサクラも振り向いた。

二人の視線の先で、男の死体から光の粒が漏れ出していた。

少しずつ半透明になって消えていく。


「消滅した」


「あいつも肉体がなかった?」


「その通り」


サクラが呟くと後ろから声がした。

何者かが階段を降りてくる。


「あなたは何者ですか。あの男の仲間ですか。テロリストですか」


「一緒にしないでくれ。本当の開発関係者だ。患者の救出を頼まれて来た。」


サクラが質問をすると声の主人は姿を表して答えた。

髪の短い女だった。


「救出?」


「その男のやったこともなかなかだが、外はもっとひどいことになっているぞ。そんな中、アクセス権に制限がかかっているとは言え、人道的な配慮から来てやったんだ。もっと感謝してくれ」


女は尊大な態度で近づいた。


「私は堀川成美、LIMBOへの資金提供者だ」

















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