第14話 封印解除

「どういうことだこれは…」


女は驚きを顔に浮かべて言った。


そいつを放って僕はサクラに駆け寄った。


「無事だったのか」


「深見さんこそどうしてっ、あれ? ここに倒れているのに」


彼女がそう言うので倒れている人を見ると僕の顔をしていた。

最初は驚いたが、ループする夢の中を潜った後なのでそういうものなのかと受け入れた。

驚かない僕を見てサクラがただならぬ顔をする。


「いや、おかしいです。自分の分身に出会ったら、普通は精神的なダメージを受けるはずなのに…」


そう言われてハッと気づく。僕の精神は確かにここまで強靭じゃないはずだ。

パダーロクを手に入れたことで、この世界のシステムが僕の精神に干渉したのだろうか。

今までそれを制御したつもりになっていたが、もしかしたら、僕自身が操られていただけなのかもしれない。

そもそも何のためにこんなものを開発者は仕組んだのだろうか。

まとまって来た思考を怒号が切り裂いた。


「深見ぃぃいぃぃ!」


見ると立川さんがこちらに走って来る。

まずい、僕が本当は深見悠人だとバレてしまった。

博士と同様にこいつらはおっかない存在だ。

身構える僕を素通りした。

驚いて振り返るとあの女に飛び蹴りを喰らわしていた。

普通なら止めるべきだがなぜか見ているとスッキリする。


「なぜ、攻撃が許可されているのでしょう」


「無意識下でこの世界のルールを書き換えたのかも」


「あなたが?」


僕はうなづいた。

記憶がないが、それができるのは僕だけだ。


「何があった」


立川さんに続いて中年の人がやって来た。


「ちょっと待ってくれ」


方法は自然と分かった。

僕はもう一人の僕の頭に触る。記憶が頭に流れ込んできた。

二人の僕が統合されていく。

どうやらあの女の中身は博士でパダーロクを奪うつもりらしい。

記憶を探っていくとある真実を知った。


「コピーだったのか」


おそらく、この世界にログインしたと思っていた時に僕は生み出されたのだろう。


「悲しいですか」


サクラが心配そうに見つめてくる。僕は自分の心境に戸惑っていることを話した。


「もちろん、悲しくはないけど正直に言うと、実感がわかない。例え、連続性がないって言われても僕にはあるように感じるし。ここにいるのは僕なんだからコピーであること自体に意味なんかないよ」


「だといいのですが」


彼女は不安そうな顔を戻さない。そういえば、彼女もこの世界で描かれた存在なのだろうか。


「サクラ」


「何ですか」


「サクラも本当にAIなの?」


僕が聞くと彼女は考え、数秒後に口を開いた。


「言い切れないと思います。あの男の言うことが本当なら私もそのような記憶と人格が付与されて作られたコピーの可能性があります」


「いや、それはない。勝手に他人のコピーを作って記憶や人格を作り上げることは禁止事項だ」


「でも、パダーロクの存在があるのです。それを仕組んだ技術者ならできるのではないですか」


「最初から隠されていたという事か、なら、あり得るな」


「あの、名前何でしたっけ」


「石坂だ」


「石坂さん、このベータ版LIMBOはどうやって立ち上がったのですか」


「今は正式版LIMBOが出ている。パダーロクを追う連中はその中に分散されていたデータがあることに気づいた。一つ一つはバラバラで意味を成さないのだが、調べるとそれらはつなぎ合わせることが可能でそこにベータ版LIMBOが隠されていたんだ。絶対に何かあると考えたんだろう。博士たちはベータ版LIMBOを起動させた。俺たちはそれを横取りするために元から計画していたクラッキングを前倒しして、この世界に侵入した」


起動した時に僕の描写が始まったのだろう。

それにしても何故高校生の時の僕のデータが差し込まれていたのだろうか。

ふと、疑問を呟いた。


「僕の本体はどこにいるんだ」


石坂さんは難しい顔をして腕を組んだ。

言いたくないような素振りだ。


電子音がした。

振り返ると青い柱から巨大な画面が飛び出てきていた。

ゆっくりと、立川さんに向かって近づいていく。

それに気づいた立川さんは何か感じ取ったのか蹴るのを辞めて立ち退いた。


資金提供者の皮を被った博士に覆い被さると、それは徐々に消えていく。


再び画面が上を向いた時、あの男が映っていた。


『まさか予想外だったよ。僕の邪魔をするために禁止事項が簡単に破れるとは。分裂した感覚はどういうものだったかな、若い頃の僕』


「深見!」


僕は目の前で起きていることに混乱していた。

若い己だと僕に語り、立川さんが画面に向かって僕の苗字を叫んでいる。

つまり僕は、僕の本体は


「悠人くん、残念なことに君の本体は深見博士だ」


『今更、気づいたか。もう少し察しがいいと自惚れていたのだが』


僕は足元が奈落へと崩れていくような錯覚を抱いた。

画面に映る男は確かに顔は僕に似ているが、自分だとは信じられない。

今の僕と全く中身が違う。

僕は簡単に人を傷つけない人間のはずだ。

何故、あんなにも目に狂気を浮かばせているのだ。

僕に何があったんだ。


『この世界で君たちを、自分のコピーを見つけた時はさすがに僕も驚いたよ。そのような仕掛けがあるなんてと。外から見た時は複雑な計算を必要とするコピーはいなかったからな。何の意図かは知らんが、若かりし頃の僕のスキャンデータが手に入れてくれたおかげで簡単に外部へと輸送できそうだ』


「何を?」


『外のシステムが禁止事項に触れているとなれば、コピーとはいえ他人のデータを自分に移すことは出来ない。だが、君は記憶が操作されているようだが僕の最初に登録されたデータであり、システムは僕自身と理解してくれる』


僕は急いで心を調節させた。

頭の中の冷静な部分が広がるにつれ博士が何かするつもりだと分かる。


『今の僕はこんなことも出来る』


そう言うと博士は画面の中で手を振り下ろした。


地面に亀裂が入り、立川さんたちと分断されてしまった。


『まだLIMBO限定だが、消滅させることだってな』


博士がこちらに向けて指を降るとサクラが悲鳴を上げた。

僕は腕を抑える彼女に駆け寄る


「サクラ!? 大丈夫か!?」


「手が、こんな事が…」


サクラの左手が消えかかっていた。


『もうすぐこの世界は消滅する。私がパダーロクを手に入れたから存在意義が無くなったからだ。テロリスト三人はどこかに弾き出されるだろうが、君たち2人は消えるだろう』


「何をするつもりだ」


『もう一人の僕への慈悲だ』


博士はそう言ってこちらに手を伸ばした。

画面から手が伸びてくる。

サクラを掴もうとしている。

僕は助けようとしたが、簡単に追い払われて飛ばされてしまった。

壁にぶつかり、呻き声を上げている間にその手はサクラを掴み、画面の向こう側へと引きずり込んだ。

彼女は抵抗したが、博士が何をしたのか眠って動かなくなった。


僕は向こう側にいる彼女を見て駆け出す。

画面に目掛けて突っ込んだ。

僕は分厚い壁に当たってしまったように弾き返される。


『おっと来るなよ。パダーロクを持っているのは1人でいいだろう?』


博士はそう言って画面を切った。


「若い深見! どうする!?」


立川さんが亀裂の向こうで叫んだ。


「博士は言っていました。LIMBOでしか使えないと。つまりこのような事ができるのはまだ、LIMBO内部にいるからです」


「クラッキングするってか。助けたいが、無理そうだ。もし、脱出できたら俺たちの所へ来てくれ。保護しよう」


立川さん達の身体が透け始めた。崩壊する世界が強制的に追い出そうとしているのだ。


「すまない」


そう言い残して三人は消えた。


僕は急いで、システムへと意識を繋いでいく。二人はまだいるはずだ。

いつ解いたのか複雑な計算式に既に答えを出していた。

僕は急いでその場所にテレポートした。


目の前に現れた僕を見て博士は驚いていたが、興味をなくしたように画面を開いた。

博士は気絶したサクラを抱えて何か文字を打ち込んでいる。

僕は攻撃しようとしたが、やはり弾かれてしまった。


「潔く消えればいいものを」


博士はこちらを振り向く。


「悲しくならないのか?」


僕は一番疑問に思っていたことを聞いた。


「悲しくなる? 冗談を言うのはやめたまえ。消えるのはコピーだ。私はここにいる。苦痛も責任も私にはない。そもそも、コピーに意識が宿っていると本気で思っているのか?」


「宿っている。僕が消したお前のコピーもサクラも僕も人形なんかじゃない」


「お前はコピーだからな。現実の肉体を持つことを理解することは永遠にできないだろう。いいかよく聞け。意識とは脳のニューロンネットワークを行き交う情報の交換により発生するものだ。よってコピーは人間の脳内活動を仮想現実に移しているが故にチューリングテストも合格するし感情もあるかのように振る舞う。一見、意識が発生するように見えるが、それらは全て表面的なものだ」


博士は言いながら、データの転送をしていた。僕は気づかれないように自らのデータを混ぜていく。


「違う、感情も全部僕の奥底から湧き上がって来ている」


「そのように見えるだけだよ。外部からの刺激が感覚、内部の活動が意識だとすれば、内外の情報のやり取りによって個が成り立つのだ。肉体がないコピーに与えられる感覚は偽物だ。そこから湧き上がるものも偽物であり、その奥に本物はない。よくできたハリボテと同じで、裏を見ればそこに至るまでの過程は空虚だ。お前には記憶はあるかもしれないが、LIMBOで目覚める以前、現実世界に実際にいたことはない。そしてその記憶は誰でも手に入れることができる。移せばいいだけだからな」


何を言っても未来の僕はコピーの意識を認めないらしい。


「それでも、心は僕だけのものだ。お前に理解できるはずがない」


「議論をすり替えるか。まあいいだろう。君の心は理解しているよ。外からはコピーたちの感情は簡単に観測できる。さて、議論は僕の勝ちだ。転送も終わったし、そろそろ別れを告げよう」


「待て! 何のためにお前はここまでするんだ」


まだ、僕の情報は記憶程度しか載せていない。

向こうに身体がなければ、活動の仕様がなくなってしまう。


「社会を再構成する必要があるからだ。システムを書き換えられるのなら人々を正しいあるべき姿に導くことが出来る」


「あるべき姿? ほとんどの人からすれば死や苦痛は要らないものだ。お前のやろうとしていることは誰も賛同しない」


博士は笑って口を開いた。


「さようなら」


憎々しい声を最後に残して、博士はサクラと一緒に消えた。


世界が揺れていく。

閉じ始めたのだ。

草原もあの街も、砂漠も海もみんな夢のように消えていく。

僕が生きた証も残さずに消えていく。

僕は叫びたくなった。


心の調節機能が働いて僕を冷静の海に引きずり込む。

死の恐怖は薄れて疑問が湧いていることに気づいた。


何故、博士はサクラをここから助けたのだろう。


答えを知ることなく僕の意識は糸を切るように途切れた。





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