第24話 パンドラの箱






「これだ!」


羽柴は封鎖されたワープ部屋のドアに駆け寄った。


「ここに全てがある」


ドアへと近づく、羽柴に一人の影が現れた。


「やめろ!」


立川もLIMBOにアクセスして、羽柴の目の前に現れた。



「止めても無駄だ。私はこの世界の支配者になれる」


「違う」


「なれるさ。この箱はその切符だ」


「違うと言っている。その箱の中には切符なんてない」


「なぜそう断言できる」


「中身を知っているからだ」


『羽柴先生聞こえる!?』


「その声は橘くんかっ。生きていたか!」


『お願い! 今すぐやめて! 普段の先生は考えていないでしょっ! 絶対操られてますから!』


「何と言おうが、この世界には再構築が必要だ。それを実行するに足る巨大な権力が必要なのだ」


『わかったからっ、パンドラは開けないでっ!』


「これだから…なぜ理解しない…」


『よく聞いて開けたら…』


カタリと音がした。

ドアが開いた。



向こうから黒い煙が吹き出し、羽柴の体を包み込む。

一瞬、巨大な人の顔が見えた。

それもすぐに崩れ、無数の小さい別の顔が形成される。

どの表情も怒りのような、悲しみや恐れの表情を浮かべていた。

煙は箱から抜け出すと羽柴がいた場所の一点に収束した。

黒いビー玉のようなものが空中に浮いている。

いたと述べるのはテレポートしたように消えていたからだ。


『どうしましたっ!?』


何が起きたのか理解できずに呆けていると、声をかけられた。


「アホがパンドラを開けた。どうすればいい」


黒い球は膨張し、人ほどの大きさになると限界が来たのかついに破れ、黒い液体が染み出した。それは一旦、地面に落ちると、再び空中に浮遊し、分散していくという水蒸気のような振る舞いを見せた。


『今すぐ、テレポートだ。多分、そいつが堀川の手下を飲み込んだやつだ』


水蒸気は再び煙のように空中に留まり、その体積を増殖させていく。


ここでできることは何もない。立川はいつも通りテレポートを行おうとした。


「くそっ、できない! 頼む救助してくれ!」


『わかった。走れ!』


が、それは何かに阻まれてピラミッド内部に戻されてしまう。

立川は元来た道をかけた。

その後を追うように煙から一筋、分離して通路へと手を広げた。

吹き出した煙はいくつもの顔を形成しては消えてを繰り返し膨れ上がっていく。

砂岩でできた構造物の隙間を張り巡らすように、煙が広がっている。

外に光に飛び込んでそのまま走り続けた。


遺跡内部に満ちた煙はついに限界を超え、外部へと吹き出した。


幾本もの煙が空中で合流し巨大な顔が出来上がる。


「見るからにヤバそうなフォルムだ。まだなのか」


『それがいくつものロックがかかってる! いつもなら簡単にできたのに

こんなことは初めてだ』


「不正はダメってことか。とりあえず、俺は逃げる」


『そうしてくれ』




ーーー




仮想現実内に作られた都市の一角の邸宅に吉田は来ていた。

ある部屋を見つけるためだ。

その場所は一見、誰も気づかないように細工されていた。

外へ出るドアも、二重になっている。暖かな木製の床張りに調和のとれた家具たち。


外へのアクセスが制限されても精神的なストレスがないように凝ったデザインになっていた。

その部屋のベッドで羽柴は目を覚ました。プログラムが羽柴の死を確認し、予備のバックアップを目覚めさせて蘇らせたのだ。



「何が起きた」


ベッドから起き上がった羽柴はもう一人の自分の死を認識して疑問に思った。

自分が何か失敗したのだろうか


『警察が来てます! 開けてください!』


ドアがノックされ、突然の声に羽柴は飛び上がった。

がすぐに冷静になり、言葉を返す。

こちらの羽柴は猜疑心が強めに設定されていた。

用途が有事の際なのだから、そのような性格に自動的になっているのだろう。


「何だ。私は何もしていない」


『いいから開けてください!』


「ダメだ」


ドアが開いた。拒否する羽柴を無視して秘書がドアを開けたのだ。


「おいっ、なぜ開けた!」


「対仮犯の吉田です。拘束が目的ではありません。今すぐに署に来てください。早くしないと手遅れになる!」


「行かないといけない? 避難すると言うなら、ここが一番安全だ」


警察官の異様な言葉に羽柴は猜疑心から机の引き出しのロックを解除した。

中には非常用に博士からもらった銃がある。


「ここも安全でないからです」


「私に手錠をかけてみろ。一生うだつの上がらない人生を送らせてやる」


「結構です。今すぐ来てください」


「何が…」


羽柴は質問しようとして止まった。

手に違和感を感じた。

見たくないものを取り出すように羽柴は机から手を出した。。


手首から先がなかった。

赤黒い煙が手首から湧き立つ。


バックアップに保存されたデータから復活した羽柴はパンドラの攻撃に晒されてないはずだ。

個人のデータそのものが消えていっている。

それはつまり死、存在が永遠に失われるのだ。


「あ、ああ、こんなことが…」


見るまもなく赤黒い煙は羽柴の存在そのものを消滅させていく。

羽柴は苦しみながら、もがいた。

手足をばたつかせ、何かから逃げるように暴れる。

最後に一言、悲鳴がわずかに残る口から漏らした。


「助けtけr」


あっという間に消滅した。


「羽柴先生!?」


呆けて見ていた秘書がようやく驚きを言葉にして近づこうとする。

赤黒い煙がわずかに動いた。


「近づかないでください!」


その言葉に秘書の足は止まった。

煙はすっと消えていった。

時間経過で消えるものならいいのだが。


「羽柴先生はどうなったのですか」


「バックアップはまだありますか」


「ええ、まだ…」


「やはり許可なくバックアップを作っていると言うことですね?」


思わぬ疑いに秘書は戸惑い、黙って俯いた。

ここで自分が逮捕されることを考えたら答えない方がいいが、羽柴の安全を優先した。


「何が起きたのですか。ここでは攻撃が禁止されているはずです」


「内部から外部者への攻撃はどうですか?」


「っそれは…」


「あなたが法律違反をして書き換えたことはどうでもいい。したのですか?」


「はい、羽柴先生の命令で」


「そこから…でしょうか?」


「はい」


「まだ推測の段階です。羽柴先生のバックアップの状況を調べてください」


そう言うと腕時計型の端末が着信を知らせた。


「はい、吉田です」


「吉田さん!、早く戻ってください。マモルがハッキング攻撃を受けています」


「わかりました。すぐ行きます。すいません戻ります」


吉田はハッキングと聞いて羽柴大臣を消したものが攻撃しているのだとすぐにわかった。

消えたのでは無く、移動したのだ。

降り注ぐ光を抜けると、接続ベッドの中で目を覚ます。


そこから出るとすぐに管理室に向かった。


管理室では対仮犯のメンバーが慌ただしく動いていた。

中央にあるモニターが誰に操作されているわけでもなく一人でに動いている。

同僚がこちらに駆け寄って来た。


「システムが完全に乗っ取られました」


「まずいぞ」


吉田はもっとひどいことになることを確信した。




ーーー





「まだなのか」


『もうちょっと待ってください』


立川は後ろをみた。

視界いっぱいに砂丘を超えて黒い濁流が押し寄せて来るのが見えた。

再び目を振り向くと光の粒子が集まり出していた。

空間がねじ曲がり、脱出口らしきものが開いた。


「脱出口が開いた。ギリギリ助かりそうだ」


地面が揺れ始めた。砂が幾何学の模様を浮かべる。もう側まで迫っている。


『え? まだ開けてない…』


「脱出する」


立川は黒い穴の中に飛び込んだ。

罠の可能性もあるのに不思議と安全だと信じることができた。


立川がいなくるとそのエリアを動くものはいなくなり、静まり返る。

すぐに轟音が響き渡り、建物を黒い濁流が飲み込んだ。



ーーー




石坂は画面を操作していた。

画面には砂漠の上に浮かぶ巨大な立方体が映し出されている。


『俺は無事だ。どうなった?』


「LIMBOが砂漠エリアをパンドラごとを切り離している。非常に難しい格子暗号が組み込まれて、内部から出ることは用意じゃないはずだ。どこの誰かは知らないが、感謝だな」


『あー、よかった』


立方体の隙間から黒い液体のようなものが染み出した。


「今、突破された。これは…LIMBOの利用者が強制的にログアウトさせられている。LIMBOごと封じ込めるつもりか。リーダーは何で脱出しないんだ』


堀川社長の部下たちが奮闘しているのだろうか。


『今、目の前に重要な人物がいるからだ』

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