第25話 審判の時
僕の意識が失われていく時、正確には死の計算がされたはずなのに、僕は情報の海の中を漂っていた。
細かく分解されているのに僕の意識は相変わらず消えなかった。
僕は未来の僕が作ったプログラムのせいで生命活動が停止する計算を行わされて消滅させられたはずだ。
僕はどこにいる。
どうして、まだ思考しているのだろう。
周りを流れているデータの流れに乗って何処かへと運ばれていく。
僕を構成する断片が一ヶ所に集まっているのが感覚でわかる。
覚えのない記憶まで僕の元に集まっていく。
分裂し、別人であったものたちが僕に統合されていく。
もともと分散して隠されていた僕にとってどう違うのだろう。
僕と他人を区切る境目はどこにあるのだろうか。
未来の僕が使っていたと思われる計算のスペースまで統合されていく。
視界が統合され始めた。
まどろみから意識は徐々に明白なっていく。
目が覚めた僕には何が起きているのかすぐにわかった。
砂漠エリアを確認する。
現実世界にいるはずの立川さんたちがなぜかピラミッド内部を走っていた、
人間の脳をつなげればそうなるだろう何かが彼を追っていた。
僕は手を伸ばしてここへと空間を繋いだ。
「深見! ここにいたのか」
「LIMBO内に僕は分散されて設置されていた。これはあの男でも消去できるものではなかったのだろう」
「ちょっと待ってくれ」
立川は外と通信をしだした。
石坂たちと話しているようだ。
通信の音声を僕でも聞こえるようにあげた。
『重要な人物って?』
「ベータ版LIMBOの深見だ。この状況を唯一何とかできるだろう」
『リーダーを助けたり、ユーザーを強制的にログアウトさせていたのは深見だったか』
「そうだ」
『悪い知らせだが、封じこめは失敗している。もうすでに奴はユーザーの後を追って別の仮想現実に移動している』
僕はため息を吐いた。格子暗号を解いてしまったということだ。想定していたが、あまりにも計算能力が高すぎる。
どこに行ったかはすぐにわかった。
「警察のAIを今は乗っ取っている。立川さん、ちょっと協力してください」
「何をするんだ?」
「しばらく、奴、パンドラとでも言いましょうか。パンドラの動きを止めますので、その間に警察に情報を伝えてください。僕たちだけじゃさすがに対処できなさそうです」
ーーー
「LIMBOのユーザーが強制的にログアウトされたそうです」
「やれ、またクラッキングか」
秋山警視監はマモルが置いてある部屋へのドアを開けた。
いつもと違う光景を見て呆然とした。
皆が慌ただしく動いて混乱している。
「何が起こっているんだ」
近くにいた吉田刑事に詰め寄って問いただす。
「何者かがシステムを乗っ取りましたっ!」
吉田は突然現れた大物に慌てて返答をした。
「なぜ、こちらに連絡が来ないっ」
「いえ、連絡は既に入っていると思うのですが…」
「まさか…」
「現在、全てのSNSの類は使えなくなっています。内部回線も使えなくなっており前代未聞ですが、おそらく遮断されています」
「犯人は何だ!? 例の犯行グループかっ!」
「いいえ、警視監。おそらくもっと根本的な何かです」
吉田は堀川社長から送られて来た情報を考察して、ほぼ独自に真実にたどり着いていた。
「根本的な何か?」
「例えば、 システムそのものです」
警視監は力なく椅子に座った。
が何か思いついたのかすぐに前を向いて問いただす。
「マモルは使えないのかっ」
「マモルも乗っ取られてます。今はああやって…」
吉田が指差した方向には液晶画面があった。
たくさんの個人写真が映り、消されては何かの文字が書き加えられ、
上部へと流れていく。
その動きは選別をしているようだった。
「マモルは何をしているんだ」
「正確にはわかりません。ただ、写真が消された人物の中には例の汚職事件の容疑者もいました。連絡を取ってみましたが、繋がりませんでした。何であれ、禁止事項を破っています」
「今すぐ停止させろっ!」
「もうやっていますっ、何度やっても停止が無効になるんです」
「あ、警視監!」
「何だ」
「大変なことが起きました」
「もうわかっている」
「いえ、公安委員会委員長が死亡したとの報告が入りました。自動運転車の暴走による事故死です」
「それは本当なのか!?」
マモルが笑った。
室内が静まり返る。
静寂を警視監が打ち破った。
「あいつには感情はない」
「わかりませんよ、心を持つことは人が禁じただけで不可能じゃないですから」
「最悪の事態が起こる前に全ての電源を切れ!」
「もう試してます! 送電系の全てが乗っ取られているのです!」
突然モニターの画面が切れた。
何事かと全員がその画面を注視する。
立川が映った。
「お前らか! クラッカーども!」
「俺らがそんな大層なことができるわけがないのは知っているだろう。こっちも時間がない。」
「すいません、警視監。ちょっと黙ってもらってもいいですか」
噛みつく秋山を吉田が止めると、立川は自分が持っている情報を説明し始めた。
「すでに死んでいる開発者が仕組んだと」
「信じられないが、仮想現実の根本的な技術、システムの特定の格子暗号を解くアルゴリズムを持っているのだと思う。」
「それで何をするつもりなのだ」
「人間の、特に脳のデータの容量は大きい。奴は個人の格子暗号を解くことで自分に置き換えて計算領域を増やしている。時間が進むほど、奴は無敵になる。公共の仮想現実に逃げ場はない」
「個人所有でもか?」
「試したければどうぞ」
映像はそこで切れた。
「例の汚職事件の容疑者が二時間以内に全て死亡しました」
「ああ、堀川社長が情報を提供してたやつか。犯罪者から先に吸収してくれるのはありがたいな」
「ったった今入ってきた情報ですっ」
ドアが音と共に開けられて、タブレットを手にした職員が警視監に駆け寄った。
「何だ」
「軍がクラッキングされました。核兵器を弾頭に積んだ大陸間弾道ミサイルが発射されたそうです」
ーーー
現在の地球には過去から作られて蓄えられて核兵器が山のように眠っている。
その数は少なくとも、地球全体を一回以上は焼き払える量があった。
その全てではないが、全世界の主要な都市に向けてパンドラは核を発射した。
発射されたそのミサイルはすぐに音速を超えて、大気圏に入った。
重力や自転の影響なども考慮に入れながら、目的の場所に落ちるように軌道を修正していく。
「核兵器が発射されたってマジかよっ」
石坂は送られて来た情報を確認すると外へ飛び出した。
何のことか分からず呆けている二人を振り返り、早く来いと引っ張る。
「核兵器って何ですか?」
「橘議員は知らないか。昔、戦争があって、強さを競っていた時代の遺物だ」
「それってまずいんですか?」
「まずい。未だにこの殲滅範囲を超える兵器は開発されていない。走るぞ!」
石坂は二人を連れて、再び、あの廃墟に戻った。
ひび割れた床の上を三人の足音が響く。地下へ降りる階段の前に来てようやく
ふと、窓を見た。
雲が多いが、青空も見えている。
起爆装置が作動してわずか数マイクロ秒で核燃料が連鎖反応を起こす。
空中にその火の玉は現れて一瞬空が光った。
眩い光に雲が押し流されていく。
三人は下に飛び込むように階段を駆け下りた。
石坂は近くにあったドアを開ける。
二人が入ったことを確認すると閉めた。
爆風が先に地表へと到着した。
ズンと建物全体が揺れた。
タブレットの電灯が消えた。
室内が完全に暗闇に飲み込まれる。
「何が起きている」
石坂は手に持っているそれを叩くが、反応しない。
壊れてしまってたようだ。
「何だこれ」
「どうした?」
「スマ太郎が付かないんです」
「お前、それに名前までつけたのか。で、画面がつかないと」
石坂は言葉を口に出して状況をまとめていく。
整理するとある答えにたどり着いた。
石坂は頭を抱えながらも二人に説明する。
「上空で核兵器を爆発させた。電磁パルスが発生したんだ」
「電磁パルス?」
「電磁波はわかるよな? 電磁パルスは一定の高度で核爆発が起きたときに起きる電磁波だ。爆発の際に放出されるγ線が空気中の分子とぶつかることで発生する」
「大気中なら地上はあまり関係ないんじゃ」
「お前、目の前で起きていることが見えないのか?
発生した電磁パルスは地球の磁気に引き寄せられて、大電流となり、電子機器や送電線を破壊するんだよ!」
「え、じゃあスマ太郎は?」
「そのレトロな電子機器は破壊された。もう使えん。行くぞ」
「えっ」
「何とか仮想現実に身を移さないと。あの方向には雨雲があれば、放射性物質の雨が降る」
石坂はドアを開けた。
気温はこれといって変わっていなかった。
上空で爆発したからか熱戦はここまで届いていないようだ。
ひんやりとした廃墟の地下室の空気が漂っていた。
「待ってください!」
「何だ?」
石坂は振り向いて不満の表情を露わにした。
「ここって、開発関係者が在籍していた大学なんですよね? もう少し、この大学を探しませんか?」
「多分そうだが、これ以上何があるってんだ」
「上手く言えないのですが、まだ重要なものが隠されている気がするのです」
「根拠は?」
「勘です」
石坂は馬鹿かと言いそうになったが、止めた。
この女は羽柴大臣の分裂に気づいた。
身近な人間で気づくきっかけもあったとは言え、何かしらの直感はあるのかもしれない。
石坂はため息を吐いた。
「わかった。もうちょっと調べよう」
「良かった。でしたら…「その代わり!」
橘の言葉を遮って石坂は言葉を続ける。
「その代わり、お前らは避難しろ。俺が探索する」
ーーー
「核兵器、上空で爆発しました! 他の国も同様の報告が上がっています」
「計算量が低下! 多くのコンピューターが発生した電磁パルスにより故障したと思われます。現在、世界各国の地下に設置された無事なコンピューターを使っていますが、描画速度の低下は免れません」
「どれくらい遅くなっている」
「十分の一程度です」
秋山警視監はため息を吐いた。
モニタールームのその慌ただしさは静まることなく、さらに増していった。
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