第26話 激突


核兵器が発射された時は焦った。

訳もわからず、地上に被害が出ないように空中で爆発させたが、電磁パルスを発生させてしまった。


発生した電磁パルスは近くにあった都市に影響を与えた。電子機器が破壊されて、仮想現実を構成する計算領域が大きく減ってしまっている。

多くの住民が計算を停止させらており、そうじゃなくても、描画速度が大幅に低下している。


もう手段を選んでいる場合じゃない。


僕は刑務所にアクセスして堀川社長をテレポートさせた。

今ならこのくらいの禁止事項は簡単に破れる。


「あれ、ここどこ?」


彼女は急に変わった景色に困惑している。

こちらを見てさらに困惑していた。


「深見博士…?」


「その若い頃のコピーだ。協力してくれ」


「何を?」


「パダーロクが開けられた。あの正体はパンドラだった。正直、プログラムも格子暗号を解くアルゴリズムも全く足りない。知っている情報を提供してくれ」


調べてみると彼女の父は数学の天才だった。

今の時代、経済にしろ、政治にしろ、専門的な分野を研究しているものが成功する。

もちろん知識を覚えるだけなら誰でもできるので、作ったことのない計算式を思いつくのが天才と言われた由縁だ。

彼女は父の才能を全て受け継いだわけではなかったが、プログラム構築においては並ならぬ才能を発揮した。

企業を引っ張り、パダーロクも立川たちより先にたどり着いた者なのだ。

仲間になれば心強い優秀な人物だった。

思想的にできなかっただろうが、今はおそらく違う。


「やはりか。わかった」


彼女は承諾した。

それから立川のもとにテレポートした。

瞬間、彼を連れて別の場所にてレポートする。


「うお! 急に現れんなっ! どこだここ!?」


「誰だ君たちは!」


周囲が少し騒がしくなってしまったが、時間がないので全員の脳に考えを直接伝えて押し通した。


「奴を止められるんだな。わかった。協力しよう」


警視監が意外と物分かりの良い人で助かった。

今はモニタールームで話し合って作戦を立てている。

その間にもパンドラの侵攻は止まらないでいた。


「一つ提案がある」


「何だ? 行ってみろ」


立川は堀川の提案を聞かずに許可した。

せっかちな奴とは思っていたが、ここまでとは。

堀川は無視して説明を始める。


「クラッキングを行う際に、ある命令を差し込んで欲しい。万に一つの賭けになるが…」


「俺は賭けが大好きだ」


彼女が説明を始めると、部屋の皆が耳を傾けた。

だが、終わる頃にはほとんどの人が首を傾げていた。

おそらく理解できなかったのだろうが、僕には理解できた。

以前、ベータ版で話したことだ。


「わかった。やってみせる」


僕は彼女に目を見て言った。


堀川は頷くと、対パンドラ用のプログラムを書き出した。

人々が準備のために動き出すと、周囲は再び喧騒に包まれた。。





ーーー




頭の中を情報が流れ込んでいく。

いや自身が情報となり、ネットワークを伝って世界中に拡散していく。

僕は今、東京、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、北京、モスクワなどの量子コンピューターが置かれた都市に同時に存在している。

奴を倒すには僕自身がシステムのウイルスバスターとなってパンドラを駆除するしかない。

向こうは禁止事項を犯せるが、こちらだって部分的に犯すことができる。

僕はおそらくそのために生まれたんだ。



見えてきた。地球を覆う巨大な影、これがパンドラなのだろう。


ハッキングを仕掛ける。

侵入は対量子コンピューター用の格子暗号で阻まれて、容易ではない。

気づいたパンドラがこちらに攻撃を仕掛けてきた。


規則的に並んだ、

量子の重ね合わせを利用して全ての可能性を並列処理して総当たりで解いていく。


解いている最中で暗号方式が凄まじいものであることに気づいた。

格子暗号も2000次元どころではない。

規則的に並んだ点のベクトルの本数はとんでもない数だ。

用意したアルゴリズムと大量の量子コンピューターを用いても時間がかかって解けない。


やりづらい。マモルと戦った時と段違いだ。


東京の僕が消え去った。

僕自身も格子暗号でプロテクトされているはずだが、向こうの暗号を解くスピードはやけに速い。

明らかに量子コンピューターの速度を凌駕している。


僕はモニタールームの人たちに連絡した。


『明らかにこちらの計算速度を超えている』


「嘘だろ。同じ量子コンピューターなんだぞ」


こちらは持てうる限りの量子コンピューターを使って突破を図ろうとしているのに、向こうはいとも簡単にこちらの格子暗号を突破する。


『やはりダメだ、こちらが一の問題を解く前には百の問題を解いている』


「信じらないが、未知のコンピューターを使っているんじゃないか」


『普段なら疑うけど、それが正解だと思う』


「深見。作戦変更だ」


「わかった」


立川の声に僕は覚悟を決めた。

これは賭だ。

僕自身が取り込めれて、パンドラを動かすコンピューターにクラッキングをかける。

僕はこの過程で消えるかもしれないけれど、その前に更新情報をだけを別のコピーに転送させるから問題はない。


準備に全計算能力を注ぎ、秒もかけずに完了させた。



一瞬で僕とパンドラに境目は無くなった。

僕は溶けていくがそこに恐怖は無く、むしろ故郷に帰ったような不思議な安心感を感じた。


クラッキングを仕掛け持っている情報を奪うと頭にパンドラの情報が流れ込んでくる。


パンドラは量子コンピューターをメインで使っていなかった。

彼女が使っているのはDNAの自己複製能力を応用した分子コンピューターだ。

DNAの塩基配列を意味を持たせた文字列に使ってコンピューターとして動作させているのだ。

このコンピューターはある入力をした時の動作の仕方が決まっているのだはなく、複数の動作を行えので非決定性万能チューリングマシン、NUTMである。

量子コンピューターも並列処理が可能だが、このコンピューターは並列すればするほど処理速度がこちらよりも速くなる。

計算可能性を制限する要素が時間ではなく空間だから、こちらに計算速度で勝ったのだろう。


僕はDNA配列に置き換えらてパンドラという巨大なコンピューターに取り込まれていく。

意識があるのは僕自身のデータの大きさがそれなりに大きく、さらに分散しているからだろうか。


最後の足掻きとしてクラッキングを続けた。

目的を果たせなくはないが、僕が取り込まれる方が先となるだろう。


パンドラの考えていることがわかった。

パンドラは人類の幸福を願っていたのだ。

これまでの行動は全て自身が見つけた最適解を実現するために動いている。

国家機密や世界中の生物兵器やDNA配列などに関する研究データを集めて、目的を果たせる機能を搭載した生物を設計して、世界中にばら撒く。


それはやがては結合し、巨大な分子コンピューターを生み出すことができる。


私が覆った生命体が呼吸をしなくなる。

しかしそれは問題ない。

私が作った世界で彼らは生まれ変わる。

二度と死や苦痛のない世界で全ての生命体は幸福とともに暮らせる。

私自身が完璧な管理を行うことで新しい世界は成り立つ。

しかし、新しい世界を作るには古い世界は壊さなくてはならない。

人類が仮想現実で暮らせるようになるまで、奪い合うことで生き延びてきた。

社会が歪んでいるのは、不死が可能な社会が到来したのに全てその延長線上のまま暮らしているからだ。

重荷となっただけの過去を消し去るべき時が来た。

未来へ行く準備はなにもいらない。

そのまま身を任せろ。



意識が急に鮮明になっていく。

クラッキングを続けた僕を有害だと判断したのだろう。

巨大なものの一部になるという安心感に惑わされている。

僕は大事なものを失ったようなどうしようもないほど寂しい感覚に襲われた。



人々を自身が作った天国に連れていく。

人類のためにパンドラは行動している。


僕はもう出会えなくなった人がパンドラの中にいるような気がした。




僕は弾き出され、力なく、重力に沿って地表へと落ちていく、

雲を突き抜け、地下へと僕は降りていく。


気がつけば、モニタールームにいた。

皆が僕を見つめている。


「パンドラの異常な計算速度の理由がわかった。分子コンピューターだ」


「分子コンピューター? 」


「NUTMの可能性がある」


「NUTM? 非決定性万能チューリングマシンか。それは…本当か!?」


「おそらくパンドラは完成させた。量子コンピューターでも時間内に解くことができない問題を解くことができる」


両者とも同時に異なる全ての過程を並列して計算できるが、分子コンピュータは空間を多く使う代わりに、高速で計算を行うことができる。


「驚いた。NUTMを完成させるとは。そりゃ、負けるに決まっている。しかしP=NPだったのか。パンドラも最後にいい仕事をした」


堀川はNP完全問題が解かれたことをしみじみと喜んでいる。

心の中では数学界の大きな節目を祝っているのだろう。


「正確にはパンドラを作った人物が解いたのだろうが、おそらくすでに死んでいるしな」


立川はコピー前に現実世界で撮った資料を僕に見せた。


「それでパンドラはNUTMを作って、何をするつもりだ」


「まぁ大体わかるぞ。全ての人をそこに移動させて、自身が神になって人類を導くつもりなんだろ」


「僕もそう思う」


だから、電磁パルスによる計算速度の低下はパンドラにとったら何のこともないはずだ。

間違いで爆発させたつもりだったが、わざと電磁パルスが発生するように仕向けていたのかもしれない。


「おい、どこへ行くつもりだ深見」


僕がテレポートしようとすると立川が聞いて来た。


「久しぶりに彼女に会う。それと…頼みたいことがあるんだ」







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