電子の幽霊〜コンピューターに意識を移せる未来にて仮想現実の中を駆け巡る
髙月晴嵐
第1話 意識の漂う水槽
「息子はどうなるんですか! 助かるんですか?!」
「落ち着いてください、お母様。息子様は多くの臓器に重大な損傷がある上、皮膚には重度の火傷を負っています。骨折も少なくとも6カ所以上確認しています。私たちも最善を尽くしていますが、かなり厳しい状態です」
トンネルみたいな場所で母親と医者の会話をぼんやりと聞いていた。その声は曇っていて、そこに何十枚もの壁があるようだ。
起き上がろうとしたが、体が動かない。目蓋も開かない。
まるで棺桶の中にいるような、でも何だか幸せな気分。
「ただ、最新の医療技術を用いれば、助かる可能性があります」
「これ以上お聞きになりたくないでしょうが、息子様は多くの臓器の損傷と全身の皮膚に重度の火傷を負っており、個々の臓器移植や皮膚移植をするにしても、息子様の体力が持たないでしょう。
ただ幸いなことに、息子様の脳は損傷を負っていないことが確認されています
そこで、脳を一旦取り出し、クローンを用いて作成する新しい肉体を移すことを提案します。疑似妊娠に同意された協力者の女性の体を借りてクローンを作成し、無事な脳を新しい肉体に移し替えるのです」
「その方法なら息子は助かるのですか!」
「日本では初めてですが、海外ではすでに何例も行われている手法です。保険にも加入されてるようなので医療費も抑えられます。もし、この方法をお望みでしたら、ご本人様はこのように意識不明の状態ですので、保護者であるお母様が同意書にサインしてください」
何か言ってるけど、そんなに泣くこともないよ母さん。もう寝さして。
「っわかりました。お願いします」
『成功率は41.3%です。手術を始めますか?』
「AIサクラが成功率を弾き出しました。41.3%と弾き出してます」
「やはり、40%程度になるんだな。日本で初めてとなる手術だ。絶対に失敗は許されない。ここには日本最高峰の医者や技術者、研究者が揃っている。この手術が成功すれば、世界から正当な評価を得ることになる」
「手術を始める」
『了解』
ガリガリと何かが、削られる音。
ふと光が差し込んでいることに気づいた。
そういえば今まで真っ暗だった。
光を追うと、トンネルを抜けていく。
「よし、第一段階終了。ここから2時間かけて慎重に取り出す。血管や神経を肉体から切除し、一本一本を疑似血管、生体電気インターフェース、維持装置に繋いでいく作業だ。ここが山場となるが、どうした?」
「まずい、サクラが二時間では遅いと言ってる」
「患者の体は見ての通り、悠長なことは言ってられない状態だ。人工内臓による生命維持でも限界がある。一時間半に短縮すべきだ。ここで患者の体力が尽きて死んでしまえば元も子もない」
「そうだな。よし、患者への配慮から手術時間を短縮する。」
体が少しずつ浮き始めた。
フワフワ浮かんで手術室を漂う。
真下には医者たちが黒焦げた手足のない何かを囲んでいる。
壁を通り抜けて病院から抜け出す。
青空だ。雲と一緒に空に流れる。
何かが満たされる。
少しずつ声が遠くなっていく。
耳をすませ医者たちの会話を聞き取った。
「よし、後は聴覚の神経だけだ」
「切除します」
何も聞こえなくなった。
音のない空を漂う。
漂って漂って、浮かんで浮かんでそれで宇宙にまで僕はやって来た。
帰るべきところに戻ったようだ。
不安はもうない。
光の列ができて僕はそこに近付いていく。
何かが僕の足を掴んだ。僕は驚く。
地上に向けて落ち出した。
加速してすごい勢いで雲を突き破る。
気がつくと、僕は何もない場所に浮かんでいた。
何やら声が聞こえて来た。
(現在の状態は安定しています。夢を見ているようです)
(良かった。意識レベルは低いままにしておかなくては)
そう言えば、僕はどうなったんだ?
医者の話を思い出すと恐怖が湧き出て止まらない。
僕の体が冗談みたいにボロボロになっていて、脳を取り出そうとしていた。
今は…?
目が見えないし、呼吸もできない。
体がない。
僕はどうなったんだ!
(γ波を観測、意識レベルが上昇しています。覚醒しています)
(何が起こってる? 患者の意識レベルは低いままにしているんじゃないのか!?)
(血液に睡眠導入剤を投与します)
話そうとしても声が出ない!
こいつらは僕の脳を取り出して、水槽に入れたんだ!
なんて事をしてくれたんだ!
(意識レベルがまた上がりました。)
(まだ24時間経ってないだろ! どうなってるんだ!)
(やはり効きにくい体質なのかと)
(患者にとっては今の状態はどんな拷問よりも辛いはずだ。早く睡眠導入剤を投与するんだ)
僕はシワの入った気味の悪い肉塊だけにされて浮かぶ様子を想像した。
吐き気したが、胃や口がないのだから吐瀉物なんて当然出なかった。
僕は叫んだ。叫んで叫んで、でも誰もそれを聞き届けることもなく僕は疲れて眠ってしまった。
自分の家に帰っていた。
母親と父親が玄関で出迎えてくれた。朝日を浴びる暖かな食卓。開いた窓か吹き込む風に揺れるカーテン。
湯気のたつ味噌汁に口をつける。暖かさが口に広まった。
両親が会話をしている。
(どうなってる? このデータではまるで私たちの会話を聞いているようだ)
(急ぎ調べます)
目が覚めた。何も見えない。
夢だったのか。
そうだ、僕はこんな状態にされたんだった。
これじゃ夢と現実が逆転したみたいだ。
(水槽の振動が神経に伝わっているのではないでしょうか。水槽そのものが耳の役割を果たしているのかと……)
そんな事があるのか。これは幸運と捉えるべきか。
(となると、今の私の声も聞こえているのだな。では、患者に説明をすべきか。
初めまして、深見悠人さん。担当させてもらう医師の野木です。
あなたの肉体は治療の目処が立たないほど、厳しい状態でした。
よって無事な脳を新しい肉体に移すことにしました。
最新の技術ではクローンの成長速度は細胞単位で操作でき、クローンの脳は生成させずに肉体を健康な母体にて作成しています。ある程度、成長が進むと、人工的な環境で管理しなくてはいけませんが、ここからも急速に成長させる事ができ、一ヶ月弱で代体が完成し、移植手術を行います。
今の状態は一ヶ月も続かないので安心してください)
1ヶ月も! こんな生き地獄を味わねばならないのか。
医師の説明を聞くことは出来てもこちらから質問することは出来ない。
(本来であれば、深見さんには一ヶ月ほど眠っていただく予定でした。しかし深海様が睡眠導入剤が効きにくい体質から起きられてしまったので、精神ケアなども予定に含めます。
初めての事例とは言え、精神的な苦痛を味わさせてしまいおザビを申し上げます)
(β波が… とは言え先と比べると落ち着き始めています)
(お聴きのように私たちはあなたの精神状態を観察することができます。
外の情報を受け入れるだけではなく、深見さんの感情などの情報も伝えることができますので安心してください)
僕の心もほとんど伝わっていると…
(具体的な思考の伝達についてはもう少しお待ちください)
本当だろうか。
僕が暗闇で疑っていると、医師たちは去って行った。
それにしても肉体がない事がここまで苦痛だとは思わなかった。
話したい事をうまく話せない、出たいのに外に出れないようなもどかしさだ。
(おはようございます、深見さん。)
もう朝なのか。時間の感覚が曖昧だ。
時計が見えないからなのか、一時間と1分の区別がつかない。
こんなところに居続けたら僕は狂って…いやもう狂い始めているだろう。
(ふむ、あまり寝てないのですね。昨日の精神ケアの件でしたが、サクラが意識を仮想空間に繋ぐことを提案しています。会議をした結果、料金などもこちらで負担させていただく事になりましたので、ご安心ください)
いきなりそんなことを言われてもわからない。
(元からある程度日が経てば、意識をコンピューターに繋ぐことも予定に入ってましたから手術の必要性もありません。
深見さんはVRMMOなどはなされたことはありますか?
今、高校生の間で流行っていますよ。最近では医療の現場でも応用されています)
そうなのか。僕の家には高すぎて手が出せなかったのだが。
保険に入ってて良かった。
(同意しています)
(サクラ、準備を)
((了解、調整させます。…神経伝達の調整が終わりました。ネットワークにアクセスします))
ない瞼を閉じそうになる。光を感知しているのだ。
思わず涙が出そうになる。
電光とも言える眩い光の筋が集まり出し、頭上に降り注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます