第15話 ワヒ国

こうして、わの国から避難した人々と、ヒタ国から避難した人々とが、旧わの国の南の、新しいわの国で生活を始めてから数年が経った。


国の名を「ワヒ国」とした。人々の数は合わせて二千人を超えた。ワヒ国には二つの大きな川があり、夏に氾濫する他は危険がなく、十分な広さの土地を潤していた。ワヒ国の男達は、海に丸木舟を浮かべ、網を広げたり、潜って突き棒で魚を捕る。あるいは山で弓矢、罠で鹿やイノシシの狩りをする。女たちは畑で雑穀や米を作り、山で果実や山菜、海辺で貝や海草を採る、昔と変わらない生活を始めた。わ人もヒタ国の人々も区別なく、同じ土地で同じ生活をしていた。人々は毎日食があり、子供達が元気に育っていく生活に満足していた。


マサはワヒ国の長を、ヒタ国から移住したタルサという名の年長者に譲った。タルサはヒタ国の長カムサの縁者だった。マサはワヒ国の長となったタルサを助ける補佐役となると同時に、昔のように毎日、丸木舟で海に出て漁をすることになった。その友ハラも元気で、二人の子カラ、タラを伴って海に出ている。ちょうど二十年近く前に、マサが父親のハサに伴われてわの村の海で魚をついていたのと同じ光景だった。マサの娘チミとヤカの娘リミは、ワヒ国の長タルサの娘ニキと三人姉妹のように暮らしている。


ヤカはヤマタイとの戦いで傷を負い、歩けなくなっていた。海から戻ったマサとハラは、ヤカの家に立ち寄り、これからのことを相談していた。

「ワヒ国はこれからどうすれば良いのか?」

「ヤマタイは必ずまた攻めてくる。」

「ヤマタイに勝ったのは、山道で岩と丸太を落とした時だけだ。ヤマタイが海から浜に上がって攻めてきた時は必ず負けている。ここの海はわ国やヒタ国の海と違って大きな入り江になっている。これはヤマタイも攻めにくいのではないか?」

「しかし、ないとは言えない。入り江の向こうには、ヤマタイとは別のマツラ族というそと人が住んでいるらしい。そのそと人と話はできないのかな?ヤマタイと組まずに、我々と仲良くしようとか」

「それはやってみよう。私がワヒ国の長に話をしておく。クマ族とも仲良くするはなしを続けるつもりだ」

「ヤマタイとも戦わずにやっていけたらなあ」

「ヤマタイを許すことはできない。わ国やヒタ国の人々にどんな事をしたのか、忘れたのか?」

「とにかく、ヤマタイはそのうちまた攻めてくる。北の峠からか、西の海からか、わからないが、両方とも備えを固めて、ヒタ国、クマ国、マツラ国と連絡し、協力することがたいせつだ。」


ヤマタイの国は、旧わの国と旧ヒタ国の東半分の海沿いの平地を支配し、稲を植え、多くの米を収穫し、人を増やしていた。しかも毎年、海の向こうからそと人が来て、その数を増やし、その数は五千を超えているらしい。


ワヒ国はヤマタイの国との戦いに備えるために、出来る限りの対策を考え出した。


まず、ヤマタイの国との境の北の峠に加えて、ヒタ国の山道にある岩と丸太の砦と連絡するために新しい五つの砦をつくる。これは、狼煙台を兼ねていて、ヤマタイの兵が攻めて来ると、すぐに狼煙の煙で互いに連絡できるようにする。もう一つは村の東にある三方が崖に囲まれた小高い丘を石塁で囲み、中に住居を建て、井戸を掘り、五百人程の兵が立て籠もる城とする。

城や砦のまわりには、ヤマタイの兵が容易に近づけないように、人の背の高さを超える深さまで土を掘り、水を入れて堀をめぐらせた。その外側には、ヤマタイの馬に備えるために、槍よりも長い、先の尖った木の棒を用意し、地面に固定した。



ヒタ国の長とはヤマタイの状況について頻繁に連絡を取り合っていた。ワヒ国からは魚の干物、雑穀などを送り、ヒタ国からは鹿、イノシシの干し肉、毛皮などを送ってくる。ヤマタイには、船が多く行き交い人数を増やしている。ヒタ国の人々も使って稲を多く作り、大きな倉に納めている。今のところ、山側にいるヒタ国を攻めてくる事はない。


ワヒ国の長タクは、クマ族の長に毎年使いを送っている。ワヒ国からは女たちが織った極上の布を多く持たせた。返礼は鹿やウサギの毛皮が多かった。クマ族はワヒ国とヤマタイの国との戦いの時に、必ず助けるという約束はしなかった。

「出来るだけの事はするが、ヤマタイとは戦わない方が良い」

と言うのがクマ族の長の言葉だった。


クマ族の国から険しい山々を超えた旧ヒタ国の南にもヒムカ族と言う三千人程の国があるが、ヒタ国とはあまり親しくなく、助力を求めるのは、クマ族以上に無理だという。それでもワヒ国は、大弓や盾や鎧を持ってヒムカ国に使いを送った。しかし、その使いはいつまでたっても帰ってこなかった。



ヤマタイは、ヒタ国で手痛い敗戦をした後、ヒムカ族やクマ族に使者を送り、こう伝えていた。

「ヤマタイは、わ族に請われて海の向こうから稲を持って移り住んだ。しかしわ族は、その事を忘れ、ヒタ国を誘って、ヤマタイを滅ぼそうとした。それでヤマタイは仕方なく、わ族とヒタ族を征伐した。ヤマタイは平和な部族だ。他の部族が戦いを仕掛けなければ、決して他の部族を攻撃する事はない。ヒムカ族やクマ族とは友好関係を作りたい。」


ヒムカ族やクマ族のたちは、その言葉を信じたわけではないが、強大なヤマタイを敵にしない方が得策として、ヤマタイを友好国とし、わ族やヒタ族を助けないことにしたらしい。

その判断が正しいと人々に説明するために、ワヒ国の人々は「そと人と戦わずに逃げた卑怯者」と言われる事になった。

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