第10話 ヤマタイの侵攻
四年目の春、西の山道を通って、ヤマタイから十数頭の馬に乗った使者が、ヒタ国の集落に現れた。ヒタ国の人々は初めて見る「馬」に驚きの声を上げた。
使者は馬から下りる事もなく、ヒタ国の長と対面し、こう言った。
「われはヤマタイの王の使いである。百の村の長がヤマタイの国に従い、ヤマタイの王に臣下として仕えている。ヒタ国の長も、ヤマタイの都に来て臣下の礼をつくせ。その時は、集落の長たちも同行せよ。ヤマタイの王の臣下となることを許す。」
ヒタ国の長はこう答えた。
「ヒタ国はこの地を遠い昔から先祖代々受け継ぎ、他の国の王の臣下になったことは一度もない。ヤマタイ国は、聞くところこの地に来て数年、礼を尽くすべきはヤマタイのそと人達であろう」
「では、まもなくヤマタイの王の兵士達がこの地に訪れるだろう」
使者は、こう言うと、大きな弓や盾を隠したヒタ国の集落と人々を蔑むように見まわしながら悠々と帰って行った。
マサ達は、気付かれないようにヤマタイの使者の後を追った。その動きを探るためだった。歩き続け二日かけて、弓矢づくりの村に到着し、弓矢づくりの村の長ナロと久しぶりの再会をした。
弓矢づくりの長ナロの話によると、ヤマタイの使者は弓矢づくりの村に「ヤマタイがヒタ国を攻めるときには五十人の兵を加勢として差し出せ」と命じたという。弓矢づくりの村人達はヤマタイの命令には従わず、山の中に逃げ込むつもりだという。
マサ達はさらに、ヤマタイが占領しているわの村に行くつもりだと言うと、弓矢づくりの村の長ナロは「残念だがわの村に近づくのは難しい。ヤマタイが村の中に入り込みすぎている。話を聞くのも難しいだろう。」と言って、マサ達がわの村に行く事を止めた。
弓矢づくりの村の長ナロは、今度ヤマタイの軍が来たときは、弓矢づくりの村の者をヒタ国に走らせて知らせること、そしてヒタ国の長に、ヤマタイの軍とどう戦うかの知恵を、ヒタ国の人々に伝えるようにマサ達に頼んだ。
そしてヒタ国に、新しく作った五十張りの弓と五百本の矢をヒタ国の男たちに届けさせると言った。
その半月後、ヤマタイの二千を超える軍隊が弓矢づくりの村に入った。物見を出してヤマタイの軍勢が来ることを知った村人たちは弓矢の類を運び出し、山奥へと避難していた。弓矢づくりの村の長は、ヒタ国の長にヤマタイの軍勢が来ることを知らせた。
ヤマタイの国の軍勢が来るという知らせを聞いたヒタ国の長は、弓矢づくりの村の長ナロに教えられた手はず通り、大きな弓と盾を持った千人の男達を、三つに分け、ヤマタイの国の軍勢が来ると思われる北西と西の二つの山道に各二百五十人づつを配置した。残りの五百人はヒタの村で待ち構え、どちらへも救援に向かえるようにした。山道に向かった男たちは、弓矢と投げ槍を持ち、道の両側の崖の上で待ち構える。山道にはいくつもの落とし穴がつくられ、数カ所の崖から、岩と丸太を落とす工夫がしてある。
二日後、二千人のヤマタイの兵士と百頭の馬に乗った騎馬兵がヒタ国に侵攻してきた。まず西の山道に、わ人の男達三百人を先導として、数十頭の馬に乗った騎馬兵、千人のヤマタイの兵士が進んでくる。
先に進むわ人の男達は盾も弓もなくただ槍だけを持たされている。わ人の男達に戦う気はない。後ろからヤマタイの兵に見張られて仕方なく進んでいるだけだ。ヤマタイはわ人の男達を盾にしてヒタ国の兵に遠矢を仕掛けるつもりらしい。
山道を西へと進んでいたわ人の男達は、道に刺さった二股の枝を見つけ、それが、わ人の仲間が残した落とし穴の目印だとすぐに気付き、そこをよけて進んでいく。
次に進んできたヤマタイの兵達は目印に気付かず、騎馬兵が乗った一頭の馬が、落とし穴に落ちて使えなくなる。ヤマタイの兵士たちは落とし穴に怒りの声を上げた。そして、それからは、馬を後方に下げ、槍で山道のそこら中を突いて、落とし穴を捜しながら用心深く進んでいく事になった。
半日かけて、ヤマタイの兵士達が、やっとヒタ国の海が見える崖の下の道にさしかかった時、隊列の真ん中に、両側の崖から岩と丸太が降ってきた。
岩と丸太は大音量を上げて隊列の上に乗り上げ、たちまち、数十人のヤマタイの兵士と十数頭の馬が悲鳴を上げて下敷きとなった。
山道を塞いだ岩と丸太はヤマタイの千人の兵士達を、前と後ろに分断する形になった。前にいた五百人のヤマタイの兵士達をめがけて、両側の崖の上からヒタ国の男達が放つ矢が降ってくる。ヤマタイの兵士達は盾で防ぐが、左右両側から飛んでくる矢と投げ槍で、多くの兵が倒されていく。
相手の姿が見えず、反撃のしようがないヤマタイの兵士達は、叫び声をあげ、盾と弓矢を捨て、石と丸太の山を必死で乗り越えて退却していく。
その前方にいたわ人の男達三百人は、すぐに武器を捨て、ヒタ国の兵士たちに投降した。マサ達から、わ人の男達に戦う意思はなくヤマタイに脅されていたことを知っているヒタ国の兵士たちは、わ人の男達に矢を向けることはなく、味方として歓迎した。
山道の後方に待機していたヤマタイの兵の隊長は、逃げ帰ってくるヤマタイの兵士達に怒り、兵達に崖の上のヒタ国の兵を殺せと命じた。ヤマタイの兵達は崖を登ろうとするが、待ち受けるヒタ国の兵に追い落とされ、崖の下にヤマタイの兵の死体が積み重なっていく。
さらに、山道の前方から、ヤマタイの軍勢の先鋒だったはずのわ人の男達三百人が、丸太と岩を乗り越え、血相を変えてヤマタイの兵士達に向かってきた。
ヤマタイの兵達はこれを恐れ、一斉に逃げ出し、山道を引き返していった。ヒタ国の山道には、ヤマタイの兵士達の死体の山と、数多くの弓矢と盾が残された。
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