第9話 ヒタ国

わ人達は他の村へ行くときには、歌いながら行く事になっている。それは熊よけでもある し、自分たちがあやしい者ではない、村人を襲って危害を与える事はないというしるしだ。


イエーーーー、イエーーーー

南風が吹いて暖かい日だ、  お日様も出て花が咲く

こんな日にあなたと一緒なら、幸せ幸せ、笑いだす

イエーーーー、イエーーーー

北風が吹く寒い日だ、  お日様が隠れて雪が降る

こんな日にあなたと一緒なら、幸せ幸せ、笑いだす

イエーーーー、イエーーーー


一行は数日かけて山を越え、ヒタ族の国に到着した。


ヒタ族の集落には、大小様々な家が百以上集まっていて、集落の中心には大きな家と四本の大木で組まれた櫓(やぐら)がある。集落には、多くの人が集まっていた。女、子供たちも多い。


一行は集落の中心に歩いて行き、大きな家の中の集落の長たちと、わ国の言葉で話した。弓矢づくりの村の長が名のると、集落の長たちは歓迎の様子を見せた。わの村に起こった事情を話すと、集落の長たちは


「なるほど、そういう事情か」と深刻な表情を浮かべた。


「ヒタ国は多くの人達がいて心強い。しかし、わの村に来たそと人達はもっと数が多くて凶悪です。しかも、毎年海の向こうからそと人がやって来て、人数を増やして、近隣の村への支配を強めている。」


「そと人達はどのようにして、わの村に入って来たのか?」


マサ達は数年前の春、一艘の舟が来た時からのあらましを伝えた。

そと人達は大きな弓、木製の盾、鎧、青銅の剣を持っている。このヒタ国にもヤマタイのそと人達が近づいてくるかもしれない。出来るだけの用心をしてもらいたいと言った。


「それで、そと人達の弓を持ってきてくれたわけだ。なるほど」

と言ってマサの持ってきた大きな矢を手に取った。

弓矢づくりの村の長がその弓の説明をし、その弓がこれまでの弓の倍の大きさで、矢の届く距離も、わ人の弓の倍以上だという事を伝えた。

「わの人はシカやイノシシ相手に弓矢を使ってきたが、そと人は、人を殺すために弓矢を使う。そして、相手からの矢を防ぐために盾や鎧を使う。」

ヒタの国の族長も集落に到着し、弓矢づくりの村の長やマサ達の話を聞いていた。


ヒタの国の族長はマサ達にこう言った。

「なるほど、ヤマタイのそと人達が攻めて来る事に備える事が大切なのはわかった。すぐ、このヒタの国として何ができるか決めよう。大きな矢も盾も鎧も作ろう。青銅の刀は見た事がないが調べさせよう、すぐにだ!」



翌日からヒタの国の村人達は木を石斧で倒し、割り、石鑿で削って取っ手をつけて木の盾を作りはじめた。集落中に木を割り削る音が鳴り響いている。

弓も、マサの持ってきた大きな弓を参考にして、マキの木の枝や桜の木の皮を集めて大きな弓を作る。弓矢づくりの村の長が中心となって試作が始まった。

鎧も、マサ達が見たというそと人の鎧を聞き取って、木の板を縄で繋いで作ってみる。


こうしてヒタの国の守りの体制は着々と進んでいた。


はじめは、大きな弓を扱いかねていたヒタ国の男達も、遠くの的をすばやく過たずに射る事が出来る様になった。矢じりを平たい木に変えて布で包み当たっても死なないようにして、矢を放ち、それを盾で防ぐという摸擬戦が毎日行われた。


これで一応そと人達と同じ武器で戦える事になったが、馬がどういう働きをするのかが不明だという事にマサ達は気付いた。鹿が大きくなっただけだから矢で射れば逃げだすのではないか。しかし、馬も鎧を着ていた。これはイノシシやシカを捕るのと同じく、落とし穴や罠を仕掛ける事も考えるべきだ。


山道で崖の上から岩や丸太を落とすのも有力な方法だという事で、ヒタ国の人達はヤマタイの軍勢が来そうな山道に、落とし穴や、崖から岩や丸太を落とす仕掛けを用意する事になった。こういった仕事で、その年は過ぎた。


弓矢の村の長と二人の弟子は、雪が降る前に、村へと帰って行った。マサ達六人はヒタの国に留まって、食事、衣服など不自由のない暮らしをしていた。ヒタ国には熱い湯が出る温泉があり、そこで料理をしたり湯に入ったりする。温泉近くに建てられた住居は冬でも暖かく最上の住居とされている。マサ達は客人扱いで、その温泉近くの住居を与えられたが、丁重に断って、わの村に似た浜辺のある海沿いの土地に住居を建て、ヒタ国の人達と同じように、丸木舟で海に出て、突き棒や網で漁をする暮らしを始めた。


その翌年も、その次の年も同じような暮らしが続いていた。ハラの妻ヒキには二人の男の子が生まれ、ヤカの妻イリには女の子が生まれた。マサの妻のイミは男の子を産んですぐ死んでしまった。四人の子供たちはヒキとイリが見守り育てた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る