第8話 ヤマタイ

それから半年が過ぎた春、わの村の沖に、二百近いそと人達の舟が現れた。その舟には、そと人の女や子供、そして見た事もない大きな鹿の様な動物も乗っていた。


そと人達の数は三千を超え、兵士達とその家族が、わの村に定住した。わ人達はあるいは奴隷として扱われ、あるいはわの村から追い出された。そと人達は自分たちを「ヤマタイ」と名乗り、わの村の人々を「土人」と呼んで蔑んだ。


そと人の兵士達は「ウマ」という角のない大きな鹿の様な動物に乗って、近隣の村を見まわり、わ人の武器を差し出させた。そして入り崎の拝み人たちを捕らえて、「そと人達は神の使いだ。これからはそと人達の命令に従って、みんな仲良く暮らせ。これが神のお告げだ。」と言わせた。


そと人達はわ人に命じて稲を植え、高い床の家を建てさせ、秋に収穫したコメをその建物に保存することを始めた。そして、十人が五人に減った人質の捕虜を返し、替わりに、わの村の年少の女達を下女として差し出させた。そして毎月のように、そと人達の舟が、わ人達が差し出した布、毛皮、琥珀、貝の装飾品などの貢ぎ物を積み込み、西に向けて出航して行った。



そして、一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎた。そと人達の舟は何度もわの村と海の向こうを往復し、貢ぎ物を海の向こうへ送り、海の向こうからそと人を運んできた。そと人達の数は五千を超えた。


王となったそと人が現れ、金の冠と鎧を着て、大きな建物の前に近隣の村の長たちを集めて、土下座を強要するようになった。そと人達は近隣の村々からも女を集め、王の世話をする下女とした。



そと人の王は、さらに遠くの村へ言葉を伝えた。

「ヤマタイの王に従え、貢ぎ物を差し出せ、そうしない村は戦いによって、従わせる」

その村から、良い返事がない時には、近隣のわの村の男たちを駆り集め、槍、弓矢を持たせて、遠くの村に向かわせた。わ村の男たちは、後ろから監視するそと人達の兵に追い立てられるように、遠くの村へ行軍していく。わ人の村が、他のわ人の村を襲うとは、これまで聞いたことがない事だった。わ人は遠くの村のわ人達に、事情を話し、

「そと人達に、女たちを人質に取られている。これは仕方なしにやっている」

と知らせ、戦わずに降参してもらった。そして、それらの遠くの村もヤマタイの王に従い、貢ぎ物と女たちを人質に差し出す事になった。



ある日、マサ達の集落にそと人の兵士が現れ、刀を突きつけて、マサの妻イミと、ヤカの妻イリを、下女として差し出すように命じた。

マサとヤカは海から帰ってきて、妻たちが「ヤマタイ」の兵士たちに連れ去られたことを知った。妻を失う事になったマサとヤカは、そと人から妻を奪い返す事を決めた。ふたりは山に隠していた石槍と石刀を手に取った。


その夜、マサとヤカは、夜目に目立たぬように顔や手足を泥で黒くし、音を立てずに、わの村へ向かった。妻たちがいる家を捜し出した。そして、二人のそと人の見張りを石槍と石刀で倒し、中へ踏み込んだ。

家の中にはマサとヤカの妻と隣村のヒキという乱暴者の女がいた。マサとヤカは、妻たちを連れ出し、倒れている見張りのそと人の大きな弓を奪い、村の外へと走りだした。


二人の見張りが倒れた時の叫び声を聞いて、近くの家々からそと人達が大声を出し、刀を持って追ってきた。走ることにかけては、そと人達よりずっと速く、暗闇でもこのあたりの道を知っている五人は、追っ手を引き離して、山道にさしかかり、落とし穴を避けてさらに走る。後ろで、ドサッと言う音がして、追っ手の一人が仕掛けた落とし穴に落ち、叫び声をあげた。


マサ達五人は、一人もかけることなく、山奥の安全な場所へと逃げ込んだ。ふたりの妻たちは、

「そと人が、おまえ達の夫は、おまえ達を差し出した。といったが、わたし達は信じなかった」と言う。

ヒキは「私の夫は助けに来なかった」と怒る。

そこへヒキの夫のハラが駆けつけてきた。隣の村にヤマタイの兵たちが来て、ヒキが逃げた。ヒキの夫はどこにいる」と呼ばわったらしい。そこで、ヒキの夫のハラは山に逃げてきたという。

ヒキの怒りは大変なもので、こんな意気地なしの夫は離縁だと大声を出す。しばらくヒキの怒りは続いたが、マサが、これからどうすると言い出してその騒ぎを静めた。


六人は今後の事を話した。

村に帰れば、そと人達に見つかる。家族親類に迷惑がかかる。家族親類を一緒に連れていくにしても、危険な目に合わせる事になる。六人は自分達だけでわの村を去ることにした。

南の山を越えると、親しくしている弓矢づくりの村がある。その村の長は、ナロという良い弓を作る名人だという。六人はその南の山を越えた村に行くことにした。

六人の向かう先の空には、道標の星といわれる南の中天に輝く大きな星が、色を変えるようにキラキラと輝いていた。



マサ達六人は山道を歩き続け、翌日の夕刻に弓矢づくりの村に入った。村の長を訪ねて、この村に来た事情を話し、倒したそと人から奪った弓矢を見せた。

弓矢づくりの長は珍しそうにそと人の大きな弓を見、試しに矢を放ってその威力に驚いているようだった。

「この村にも、ヤマタイの使いは来て、弓矢や人を差し出しているが、そと人達の弓矢を近くで見た事はない。はじめて近くで見るが、この弓は、マキの木で作って、桜の木の皮できつく巻いてある。弦も違う。」

弓矢づくりの長は、しばらくその弓を借りたいという。

その間、六人はこの弓矢づくりの村に滞在する事になった。


弓矢づくりの村は四つの集落からなる小さな村だ。人々はわ人と同じ顔、同じ言葉で、マサ達六人を歓迎してくれた。

マサ達が、弓矢づくりの村の人々に、わの村で起こった出来事を話すと、人々は眉をひそめた。

「それは大変だ。どうにかしないといけない。」

「このままでは、わ人達がそと人達の言いなりになってしまう。」

「しかし、ヤマタイのそと人達は五千人を超えている。わ人達は近隣の村を合わせても千人、しかも武器が劣っている。」


弓矢づくりの村の男たちはこういった。

「ここから東の土地に行くとわ人と近しいヒタ族の国と、もっと南にはクマ族やヒムカ族の国がある。人数はそれぞれ数千人はいるはずだ。ヒタ族とは弓矢と魚を交換している。これらの国の人達に、そと人達の事を伝え、弓矢や盾や金属の刀の話を伝えたら、わの村の人達と協力して、そと人達を海へ追い返すことができるかもしれない。これはこの弓矢づくりの村の為でもある。」


弓矢づくりの村の長は、

「わしも、この人達と一緒に、ヒタ族の国へ行こう。行って、そと人達の弓矢や盾や金属の刀の話を知らせてこよう!」と言ってくれた。


そして数日後、旅の準備を終えた弓矢づくりの村の長は、弟子二人を連れて、マサ達六人と一緒に、東にあるヒタ族の国へと出立した。


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