第6話 吉と凶

わの村に住むわ人たちのなかには、西の海の向こうから渡ってきた者たちもいる。ずっと昔に渡ってきた者たちもいるし、少し前に渡ってきた者たちもいる。海を渡るときに舟が沈んで遺体となって浜に流れ着く者もいたらしい。わの村の西の入り崎には村人の冠婚葬祭の相談にのる拝み人達がいる。その拝み人達の中にも西の海の向こうから渡ってきた者たちの子孫がいる。入り崎の西にはわの村とは別の大きな村があり、そこの人たちは白い着物を着ており、その村の長たちは黒い冠をかぶっている。拝み人達の話では、西の大陸の呉という国の子孫で、数百年前にこの地に来て暮らしているらしい。呉の国の子孫の多くは、北の内海を東に行った土地に向かい、その地で幾つもの国を造っているらしい。わの村とその呉の国の子孫の村とはほとんど行き来がなく、年に数回、入り崎で、拝み人の仲介を通して、村と村の話し合いが行われている。



ある日、マサの家族とイミの家族はそろって、西の入り崎の拝み人達のところに出かけた。マサとイミの結婚の吉凶を教えてもらうためだ。さっそく拝み人達は、火を焚いて、鈴を鳴らし、白い布をつけた棒を振り回し、拝みの舞を踊りはじめた。それから暫くして、声を張り上げて、マサとイミの結婚は大吉だ、十日後に結婚しなさいと教えた。

マサの家族とイミの家族は喜び、拝み人達に、干物や毛皮などを差し出して、礼を言って帰って行った。


十日後、結婚式が盛大に行われた。イミの両親の家は、わの村の西から二つ目の集落にあった。その近くにつくられたマサとイミの新しい家の周りに、村中の人々が集まって、お祝いが始まった。マサとイミは花で飾られ、村人たちには鹿や猪の肉と甘い酒が振舞われた。子供たちがはしゃぎまわり、花婿と花嫁に抱きつく。大人たちは歌を謡い、二人の幸せを称える。


   はあーーー、いちばんの嫁、いちばんの婿、

   はあーーー、たくさんの幸せ、たくさんの子供、

   はあーーー、にぎやかになる、村が栄える・・・


こんな歌が続いてその日の夜が更けていった。

そして、夜が明け、朝が来て、いつものわの村の暮らしが始まった。




わの村の拝み人達には、こういう話が言い伝えられている。


「遠い昔、今よりもずっと雪や氷が多く寒い時代が続いていた。西の海は干上がっていて、西の陸地は、川のような狭い海を隔てた近くにあった。その西の陸地には多くのわ人が住み、大きな国を作って暮らしていた。西の陸地のわ人達と東の陸地のわ人達は、小さな舟で行き来し、同じ国の人として暮らしていた。


長い年月が過ぎ、風が暖かくなり雪や氷が消え、海の水が増え、西の陸地と東の陸地の間に大きな海が出来た。そして、西の陸地の人達と東の陸地の人達の行き来は途絶えてしまった。


そして、西の海の向こうのわ人達の国には、恐ろしい鬼どもが攻めて来るようになった。その鬼どもは身体が大きく、ひげが少なく、目が細く仮面のような顔をしている。西の海の向こうのわ人達は懸命に戦ったが、鬼たちは数が多く、残忍で防ぎきれない。鬼たちは、たくさんのわ人達を殺し、村のすべてを破壊し焼き尽くした。


西の国の生き残ったわ人達は舟で海に逃れ、深い海を渡って、この東の地へたどり着くようになった。東の国のわ人達は、西の国から逃れてきたわ人達を温かく迎え、西の国のわ人と東の国のわ人達は、ひとつのわの国として、助け合って暮らすようになった。


この言い伝えから、長い年月が過ぎた。このわの国の地はだんだんと寒くなり、冬には背丈ほどの雪が降り積もるようになり、洞穴で生活する様になった。そして、雪や氷が多く寒い時代が来て、海が干上がって西の陸地が近くなったら、鬼どもが渡ってくることがあるかも知れない。」


拝み人たちはこういう話の後で、そういう事が起こらないように、鈴を鳴らし、白い布をつけた棒を振り回し、「鬼は外、鬼は外」と叫んで、お祓いをした。




春の嵐の後、数日間強い西風が吹き続いた日、わの村の沖にそと人を乗せた舟が現れた。舟は丸木舟ではなく、見た事のない大きな舟だった。その舟は木を組み合わせ、へさきとともが高くせり出した形をしていた。その舟が鯛島へ近づいていった。


そして次の日、そと人の舟は鯛島から、南にあるわの村へと漕ぎ出してきた。

それに気づいた村人たちは、弓矢を持って、その舟を待ち構えた。

その舟には、言い伝え通り、大きく、ひげが少なく、目が細い男たちが乗っていた。言い伝え通りの鬼たちが来たのではないかと、村人たちは警戒した。


そと人の男たちは戦う気はないと示すように、両手をあげて、そろそろと和の村の浜へと漕ぎ寄せてきた。両手を上げ、武器を持たずに上がってきた二人の男が、笑いながら意味不明のそと人の言葉を話し、水が飲みたい、食べ物が欲しいという身振りをした。

村人は、いくつかの水の入った甕と、木の実を焼いたものをその男たちに与えた。

そと人の男たちは、頭を下げて、水と食べ物を受け取り、辺りを見まわしながら、舟に乗り、鯛島の方向へ去って行った。


村人はこのそと人達の様子に不安を覚えた。入り崎の拝み人達は、

「そと人達は、かならず人数を増やして攻めてくる!これに備えよ!」

というお告げをした。長のワトも、そういう心配があると言っている。マサたちもそう思っていた。


鯛島からは、海が凪いでいる日は、島人達がさかなの干物と木の実の交換に来る。しかし、あのそと人の舟が現れて以来、島人は全く来なくなった。


マサ達は舟を出し、鯛島の様子を見に行くことにした。鯛島の近くにこぎ寄せたが、いつもは出迎えるはずの島人の姿はなかった。そこはすでに、そと人達の島になっていた。マサ達の舟は、すぐそと人達に見つかり、鯛島の岸から矢が放たれ、大きな矢が船べりに突き刺さった。

マサ達は舟を返して東の栗島の方へ向かった。

栗島にはそと人はおらず、島人達がでてきて、鯛島から逃げてきた。十人が殺されて、後は捕まっているという。島人達は、わの村へ連れて行ってくれと、マサ達に頼んだ。


わの村の人々は、そと人達に備えるために、弓矢を増やし、近い村々から応援の男たちを呼ぶ事にした。すぐに五十人の男たちが槍と弓矢をもってわの村に集まった。

村の長のワトは、その時に備えて女子供を山へ逃がす手立てを考え、さらに近くの丘の石塁で、そと人達を迎え撃つ相談を始めた。

浜を見下ろす丘には、かなり前に作られた石塁があった。その石塁にさらに石を積み上げて矢を防ぎ、こちらから弓矢が放てるほどの間隔をあける。

そこに石槍や矢を三百本蓄え、見張りを一人つけた。

石塁の周りに、幾つもの深い穴を掘り、中にとがった棒を仕掛け、落とし穴とする。普段は猪を取るために仕掛けているので、これは人間には見つけられない。落とし穴の前後には、二股になった木の枝を立てて目印とする。



ひと月が何事もなく過ぎて、近い村々から来た応援の男たちは、何かあったらすぐわの村に駆けつけるという約束をして、村へと帰って行った。

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