第13話 ハンミョウ

秋晴れの西風の吹く日、ヒタ国の海岸に、突然ヤマタイの国の百艘の大きな舟が押し寄せてきた。舟は続々とヒタ国の浜に漕ぎ寄せ、二千人の兵士と数十頭の馬が上陸し、人々に矢を射かけ、集落の家々や櫓に火矢を放った。ヒタ国の女子供は逃げまどいながら山へ避難していく。


武器を持って立ち向かうヒタ国の兵士は千人、浜辺に備えていた石塁に留まり、かねて用意の弓と盾で応戦したが、火矢で攻めて来るヤマタイの兵士に追い詰められ、石塁から退却をはじめた。そこへ五十頭の馬に乗ったヤマタイの兵が現れ、ヒタ国の兵士達に襲い掛かった。矢で射られ、刀、槍で突かれて、ヒタ国の兵士達が次々と倒れていく。激戦は続いたが、七百人のヒタ国の兵士が倒れ、百人が囲まれて囚われた。逃げ延びた兵士は二百人程だった。ヤマタイの兵も百人以上が倒れた。


ヒタ国の状況をわの国に伝えたのは、弓矢づくりの村の長からの使いだった。わの国はすぐに、可能な限りの兵士を集め、ヒタ国に向けて出発する。途中で弓矢づくりの村やその他の村から多くの男たちが合流し、兵の数は五百に達した。弓矢づくりの村の長が歩きながら、作戦をわの国の兵士達に伝える。


進行方向はヒタ国の西の山道となる。わの国の兵士達は、弓矢づくりの村の長から伝えられた手筈通り、若い兵士二百を両側の山の要所にそれぞれ百名ずつ登らせた。やはり、数の多いヤマタイの兵と戦うには、岩と丸太を崖から落とす仕掛けしかない。しかし、その仕掛けがまだあるのか、ヒタ国の兵士達がいるのかを確かめる必要がある。その仕掛けが万全だとわかれば、おとりのわ国兵を山道に進ませて、仕掛けのある崖の下へ誘い込む手筈だ。


わの国の兵士達は西の山道の途中まで進み、山に登った仲間のわ人達からの合図を待つことにした。すると、山道を避難してくるヒタ国の人々と出会う。ヒタ国の人々はわの国の兵士達を見て、ヤマタイの兵士だと思い込み逃げてゆく。そこへ、わ人の兵士達が、

「私達はヒタ国の仲間のわ人だ!ヒタ国の人達を助けるために来た!逃げないで戻ってきなさい!」と大声で叫ぶ。ヒタ国の人々は、まず驚き、次に安堵の声を上げ、近づいてくる。わの国の兵士達は、

「この先にヤマタイの兵士はいない。安心して行きなさい。これから、わの国の兵士達がヤマタイの兵士達をやっつけてみせる!」

とヒタ国の人々に告げた。ヒタ国の人々は頭を下げつつ、うれし涙を流しながら西へと去って行く。


山道の途中で、わ国兵達は「はやくヤマタイと戦いたい」とじりじりと焦りながら、約半日待ち続けた。

そしてついに、山道の上の崖方向から、岩と丸太を落とす仕掛けが整ったという合図の、指笛が三回鳴った。「ピーーピーーピーー!」


満を持して、わの国の兵士の本隊三百人が、西の山道をヒタ国に向けて駆け足で進んでいく。

わの国の兵士達は、五年前にヒタ国の兵が、岩と丸太を落とす仕掛けでヤマタイの兵を破った崖の下を通り抜け、ヒタ国の海と集落が見下ろせる峠に到着した。

わの国の兵士達がそこで見たものは、燃え落ちた集落の家々や櫓、そして二千を超えるヤマタイの兵士達の陣営と、その中に囚われている数百のヒタ国の人々だった。


ヤマタイの見張りが、わの国の兵士達に気付き、大声を上げ鐘を鳴らす。すぐに、ヤマタイの五百の兵士達が集結し、西の山道に向けて盾を並べ、馬を揃えて進んでくる。


わの国の兵士達は、弓矢づくりの村の長から伝えられた手筈通り、三百の兵を百人づつの三段に分け、盾を並べて、「オウ!オウ!オウ!」と声をあげて、ヤマタイの兵達に向かっていく。ヤマタイの兵達の放つ矢が飛んできて盾の間から刺さり、わの国の兵を倒していく。わの国の一段目の兵達は槍を投げ、二段目、三段目の兵達が遠矢を放つ。


つぎにわの国の一段目の兵達は後退していき、二段目の兵達が前面に出て来る。そこへ数十頭の馬に乗ったヤマタイの兵が襲い掛かってくる。二段目のわの国の兵達は槍を投げ、三段目の兵達が遠矢をヤマタイの兵達に放つ。


つぎにわの国の二段目の兵達は後退していき、三段目の兵達が前面に出て来る。ヤマタイの兵を乗せた数十頭の馬が、わの国の三段目の盾を踏みつぶそうとしたとき、三段目のわの国の盾の間から長い槍が立ち上がった。馬は長い槍に突き刺さり倒れ、あるいは驚いて跳ね、乗っているヤマタイの兵を振り落とす。騎馬兵が攻めあぐねているのを見て、ヤマタイの徒歩の兵たちが槍と剣で立ち向かっていく。そこへわの国の兵の後方から、一段目と二段目の兵達が遠矢を放ってくる。その間に三段目の兵達が後退していく。


この後も、同様に、わの国は三段に構える兵を交代に戦わせ、少しづつ後退していくという道教えのハンミョウ*の様な作戦で、ヤマタイの兵達を引き付けながら西の山道を後退していく。






*ハンミョウ(昆虫、頭部は金属光沢のある緑色、前翅はビロード状の黒紫色に白い斑点があり、前胸部と前翅の中央部に赤い横帯が入る。体の下面は金属光沢のある青緑色をしている。人が近づくと飛んで逃げ、1~2m程度飛んですぐに着地し、度々後ろを振り返る。往々にしてこれが繰り返されるため、その様を道案内にたとえ「ミチシルベ」「ミチオシエ」という別名がある。(wikipedia)



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