第24話 女王卑弥呼


呉人の言葉で「筑紫」と呼ばれる九州の北の地で、「倭国大乱」を治めた邪馬台国の女王卑弥呼は、倭族の各部族を臣下として、倭族を代表する立場となっていった。卑弥呼は、各部族の訴えを常に公平に取り計らい、ますます各部族の長の信頼を得るようになった。事ある毎に対立してきた呉系・越系の部族も、女王卑弥呼の言葉には従い、その言葉を神のお告げとして崇めるようになった。


こうして邪馬台国に無くてはならない女王となった卑弥呼だったが、内心では様々な心配事を抱えており、それを相談するのは数人の老齢の拝み人だけであり、その日常は孤独なものだった。卑弥呼は生まれ故郷のヒタ国の人々の事を度々懐かしく思い出した。そして即位してから十年後、卑弥呼は、拝み人達を使者としてヒタ国に送り、幼い頃の友を邪馬台の地に招くことを望んだ。


ヒタ国の山の中に、鹿や猪の狩りをして暮らしていたナトという少年がいた。ある日ナトの家に、邪馬台の拝み人たちがやってきた。そしてナトに、邪馬台国に来て女王卑弥呼様の臣下になる事を勧めた。卑弥呼といわれる女王は、幼いころにナシの友だったミコだという。ナトも、ミコが拝み人を引き連れて、邪馬台の兵達の担ぐ輿に乗って去っていく姿を覚えていた。そのミコが女王卑弥呼となって、ナトに邪馬台国に来て臣下になれと言っている。ナトはすぐさま承諾し、同じく卑弥呼に呼ばれた数名の男女と共に、邪馬台国へ向うことにした。邪馬台の兵や輿に乗った拝み人について、村を出て行くナト達一行を、ヒタ国の人々は心配そうに見送った。


ヒタ国を出立したナト達一行は北に向かい、幾つもの峠と谷を越え筑紫の地に入った。稲穂の実る田や、そと人達で賑わう村々を通り、邪馬台国の中心にある大きな砦に到着した。砦の周囲を囲んだ深い堀に架けられた木橋を渡り、高い柵で囲まれた砦の中に入ると、物見櫓や高床式の家が建ち並んだ中の、ひときわ大きい館の前の広場に案内された。しばらくすると、見上げる高い階段の上に輝くばかりに美しくなったミコ(卑弥呼)が現れた。ヒタ国から来た一行を出迎えた卑弥呼は、ヒタ国の者たちだけを館の中に招き入れると、一人一人の手を取り、「遠いところをありがとう、会いたかった、来てくれて嬉しい」と涙を流し喜んだ。


邪馬台国の王宮に招かれたヒタ国の者達は、その後この館にとどまり、長く卑弥呼に仕える事になった。女王卑弥呼は、このヒタ国からきた者たちを重用し、この側近たちを通じて、邪馬台国の家臣や各部族の長に命を伝えることになった。中でもこのナト、後に難升米(ナトメ)と呼ばれた男は、卑弥呼の右腕としての役割を担う事になった。こうして昔、ヤマタイに国を奪われたヒタ国の人々は、女王卑弥呼の下で邪馬台国の政(まつりごと)を左右する重要な地位を占める事となった。


倭族達を代表する立場となった邪馬台国だが、倭族の中の越系と呉系の部族との反目は残っていた。各部族の土地をめぐる争いは卑弥呼の調停でなんとか治めていたが、完全な解決は難しくなっていった。その上、筑紫の地は毎年のように更なるそと人の部族が渡来し、混雑を増していた。新来の部族の増加とともに、倭族達は新たな土地が必要となった。


北の海を渡った土地、内海を東へいった土地には、昔からの呉系・越系のそと人が治める国々が栄え、倭族たちの行く手を阻んでいた。そこで邪馬台国の女王卑弥呼が目を付けたのが、南のクマ族の地だった。卑弥呼にとって、球磨(クマ)国を支配している秦人達は、かつてわ人達の国であったワヒ国に侵攻し、一日でワヒ国を攻め滅ぼした敵だった。秦人達は、村の砦を守るワヒ国の兵を皆殺しにし、城の前にその遺体を山のように積み上げた。その残忍さは、幼かった卑弥呼の目に焼き付いていた。


女王卑弥呼が率いる邪馬台国は、球磨国との戦いの準備を始めた。邪馬台国は、倭(委)族の中心だった委国を委奴(いど)国と呼んだように、球磨国を狗奴(くど)国と呼んだ。女王卑弥呼は筑紫の地の倭族達に球磨国に対する戦の準備を命じると共に、ヒタ国のわ人達にも、いまは球磨国にある旧ワヒ国を取り戻す好機として兵を出すことを呼びかけた。ヒタ国のわ人達は、喜んでこれに応じ、兵を出すことを承知した。


次の年、邪馬台国は筑紫の地で倭族の諸部族から一万五千の兵を集め、南の球磨国に向った。倭族の諸部族は越系の白旗、呉系の赤旗を並べ球磨国の峠に攻めかかった。対する球磨国は、国境の峠に堅固な防衛線を構築し、黒旗を並べる精強な秦人兵を中心に一万の軍を配置した。鐘が鳴り響き、地響きのような歓声の中、戦いが始まった。

峠の上に待ち構える球磨国の兵達は、強力な弓を放って、押し寄せる倭族の兵達を次々に倒していく。球磨国の防衛線を迂回して侵入した倭族軍の騎馬兵と、待ち受けた秦人達の騎馬兵との戦いも始まった。ヒタ国から出発したわ人達の兵五百は、山を越えて西に向かい、旧ワヒ国の村の東の小高い丘にある城を目指した。昔わ人達が造ったの城は、少数のクマ族の兵しか残っておらず、わ人達の兵が簡単に取り戻した。城の目の前に広がる倭族軍と球磨国軍との混戦のなか、わ人達も城から撃って出てクマ族や秦人達の兵と戦った。秦人達の兵は北に出向いており数が少なく、クマ族の兵はほとんど戦う事もなく南へと後退していく。

しかし戦況は、倭族軍の騎馬兵が秦人達の強力な騎馬兵に蹂躙され撤退し、峠に襲い掛かった倭族軍は何度も攻めかかったが、球磨国の兵達に撃退され、千人近い犠牲を出し退却する事になった、戦場には矢に射られた倭族の兵の死体が散乱した。残ったわ人達の兵も、戻ってきた圧倒的な秦人達の兵を見て、城を捨てて東の山奥へと撤退してゆく。


この戦い以降、幾度も、邪馬台国の倭族軍は球磨国に攻めかかったが、球磨国の秦人達の抵抗は激しく、邪馬台国の倭族軍は球磨国に一歩も攻め入る事が出来なかった。倭族軍には年々海の向うの伽耶諸族からの援軍が続々と参加し、ヒタ国の兵も山を越えて戦いに参加したが、戦況は一進一退の膠着状況が続いた。




参照


*卑弥呼(ひみこ、生年不明 - 242年~248年)は、『魏志倭人伝』等の中華の史書に記されている倭国の王(女王)。邪馬台国に都をおいていたとされる。封号は親魏倭王。時期不明 - 倭国で男性の王の時代が続いた(70-80年間)が、その後に内乱があり(5-6年間)、その後で一人の女子を立てて王とした(卑弥呼の即位)。その女子の名を卑弥呼といい、鬼道に仕え、よく衆を惑わす。年齢は既に高齢で夫はないが、弟がいて国の統治を補佐した。

景初二年(238年)12月 - 卑弥呼、初めて難升米らを魏に派遣。魏から親魏倭王の仮の金印と銅鏡100枚を与えられた。

正始元年(240年) - 帯方郡から魏の使者が倭国を訪れ、詔書、印綬を奉じて倭王に拝受させた。

正始四年(243年)12月 - 倭王は大夫の伊聲耆、掖邪狗ら八人を復遣使として魏に派遣、掖邪狗らは率善中郎将の印綬を受けた。

正始六年(245年) - 難升米に黄幢を授与。

正始八年(247年) - 倭は載斯、烏越らを帯方郡に派遣、狗奴国との戦いを報告した。魏は張政を倭に派遣し、難升米に詔書、黄幢を授与。  (Wikipedia卑弥呼)


*狗奴国

奴国は龍蛇信仰を持つ部族(海神族、広義の弥生人)の国家であったことに対し、狗(犬)奴国は犬狼信仰を持つ部族(縄文人)の国家である故に名づけらと名称と見る説もある。実際に狗吠や犬舞、月星信仰などは南九州で顕著であった。

その南に狗奴国あり。男子を王となす、その官に狗古智卑狗あり。女王に属さず。(中略)その八年(正始8年)、太守王?官に到る。倭の女王卑弥呼、狗奴国の男王卑弥弓呼ともとより和せず、倭の載斯・烏越等を遣わして郡に詣り、相攻撃する状を説く。                        (Wikipedia狗奴国)


*難升米

難升米または難斗米(なしめ/なとめ、生没年不詳)は、3世紀の人物。邪馬台国の卑弥呼が魏に使わした大夫。 『三国志』魏書巻三十・東夷伝倭人の条(魏志倭人伝)中に卑弥呼の使いとして登場する。

景初2年(238年)6月、卑弥呼は帯方郡[2]に大夫の難升米と次使の都市牛利を遣わし、太守の劉夏に皇帝への拝謁を願い出た。劉夏はこれを許し、役人と兵士をつけて彼らを都まで送った。難升米は皇帝に謁見して、男の生口4人と女の生口6人、それに班布2匹2丈を献じた。

12月に皇帝は詔書を発し、遠い土地から海を越えて倭人が朝貢に来た事を悦び、卑弥呼を親魏倭王と為し、金印紫綬を仮授した。皇帝は難升米と都市牛利の旅の労苦をねぎらい、難升米を率善中郎将に牛利を率善校尉に為して銀印青綬を授けた。皇帝は献上物の代償として絳地交龍(コウジコウリュウ)の錦5匹、コウジスウゾクのケイ(けおりもの)10張、センコウ50匹、紺青50匹、紺地句文の錦3匹、細班華の(けおりもの)5張、白絹50匹・金8両・五尺の刀を2ふり・銅鏡100枚、真珠、鉛丹を各50斤の莫大な下賜品を与えた。朝貢は形式的な臣従の代償に、莫大な利益をもたらすものであった。

正始6年(245年)、皇帝は詔して、帯方郡を通じて難升米に黄幢(黄色い旗さし)を仮授した(帯方郡に保管された)。正始8年(247年)に邪馬台国と狗奴国の和平を仲介するために帯方郡の塞曹掾史張政が倭国に渡り、その際に難升米に黄幢と詔書を手渡している。 238年の遣使の際に魏から率善中郎将の官職を得ているが、これは243年の邪馬台国からの使者(掖邪狗ら)にも与えられている。(Wikipedia難升米)


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