第16話 マツラ国

マサの提言で、西のマツラ国に使者を送ることにした。使者には当然のことにマサが選ばれた。わの国の西の入り崎から逃れてきた拝み人たちが、マツラ国の言葉が解るだろうということで同行することになった。マサは二人の従者に弓矢や兜、ヒスイ等の贈り物を持たせて、多くの人に見送られて、ワヒ国を出立した。


一日目は、泥の浜が続く入り江の海を北に迂回していき、わ人のいる村で宿泊した。村人の話では、マツラ国の人達とあったことはあるが、争いが起きたことはないという。二日目、浜辺を南に向かっていくと、往く手に大きな山が見えてきた。三日目、その山を南に見ながら進んで行くと、ワヒ国のある入り江とは別の小さな入り江が見えてきた。その入り江の、高い柵に囲まれた高床式の家々にマツラ国の人々が暮らしていた。


高床式の家には板張りの屋根があり、前後に大きく梁がせり出している。マツラ国の男達はわ人の男達よりも大きく、ヤマタイの細い男達よりも頑丈な体をしている。マツラ国の人々は、あのヤマタイと似ているところもあったが、凶暴な感じはなく、わ人とも似た感じがあった。マサ達が名乗ると、案内の者がひときわ大きな住居に丁重に迎えてくれた。


マツラ国の長は、ヒメという名の優しい顔をした美女だった。マサ達は心の中で「海の女神様」を思い起こしたほどだった。


「私たちは東の入り江の向こうに国を作ったワヒ国の者です。マツラ国の人々と仲良く暮らしていきたい。よろしくお願いする。」と、拝み人達に伝えさせた。


優しい顔をしたマツラ国の女王は、

「私たちは、西の向こうの大陸から南の海を渡って、数百年前に、この地に住むようになりました。こちらこそよろしくお願いする。」と返答した。


マサ達は、十五年前、北の浜辺にあったわの国にヤマタイが来てからの事を伝えた。


それを聞いたマツラ国の女王は、

「ヤマタイは、私達とは違って、西の大陸の北方にある小さな半島から来たと聞いています。その半島は大変寒い地で、稲が育ちにくいそうです。ヤマタイの住む半島の土地は強い敵に囲まれていて、南の暖かい地に行けなくなっているそうです。だから海を渡って、

わ国を襲ってその地を奪ったのでしょう。わ人にとっては迷惑なことです。」

マツラ国の女王の話では、昔、西の大陸では呉と越という国が並んであった。呉と越は激しい戦いの末に、呉が越に勝った。呉王は越王を殺さず、臣下として受け入れた。しかし越王はそれを恨みに思い、呉が大陸の中心まで遠征したすきを狙って、呉に攻め込んだ。越王は呉王を殺し、呉の国は滅んだ。マツラ国は呉人の子孫であり、ヤマタイは越人の子孫であるらしい。戦いのときに赤い色を顔に塗るのは越人の証拠だという。


「ヤマタイはさらに南の地を目指すかもしれません。もしかするとワヒ国を攻めてくるか、このマツラ国を攻めてくる事も考えられます。ぜひ皆さんと協力して、ヤマタイと戦いましょう」といった。


マツラ国の女王が小さく手を打つと、女たちが料理と酒を運んできた。料理はマサ達が知らないものばかりだった。酒も、ワヒとの酒とは違い香りが強い白く澄んだ酒だった。

宴が開かれた板敷の家の外で、色とりどりの長い服を着た女人たちが優雅に踊り、笛と太鼓と板を並べたものを叩く音楽が始まった。マサ達は大いに食べ、酒を飲み、舞と音楽を楽しんだ。


宴が終わり、拝み人たちや従者の宿とは別に、マサは高床式の立派な住居に案内され、泊まることになった。


一日目の夜、マサが住居に入ると、落ち着いた年齢の女がひとり座って待っていた。「この国では、他の国から客人が来られたら、私達がお世話をする事になっています。」女はそう言ったが、マサは「これは試されているのだ」と気づき、礼を言って、すぐに女を返した。


二日目の夜、マサが住居に入ると、若い女がひとり座って待っていた。「この国では、他の国から客人が来られたら、私達がお世話をする事になっています。」

若い女はそう言ったが、マサは今度も礼を言って、すぐに女を返した。


三日目の夜、マサが住居に入ると、美しいマツラ国の女王が座って待っていた。

「この国では、他の国から大切な方が来られたら、それに相応しい者がお世話をする事になっています。」そう言って、女王は優しく微笑んだ。マサはこれは返すべきではないと思った。マサは女王と一夜を共にすることにした。


滞在中に、マサ達はマツラ国のいろいろな場所に案内された。

海では、ヤマタイの舟より大きな船が浮かび、大きな網を広げ、浜で待ち受ける大勢の人々が網を引き、魚を浜に引き上げていた。

山では、斜面に水路が引かれ、山の裾野まで段々になった畑や田がつくられ、雑穀や米などを育てていた。

村の要所には、柵で囲まれた砦がある。砦の中には大きな弓が並んでおり、たくさんの石が積み上げられていた。弓で石を飛ばす仕掛けらしい。



あっという間に十日が過ぎ去り、マサ達はワヒ国に帰る事になった。マサはマツラ国の人々に、女王の婿として迎えられたが、特に役職があるわけでもない。一旦ワヒ国に戻り、ワヒ国の長に報告をする事になった。


そして、マサ達と同行して、今度はマツラ国の使者がワヒ国に向かう事になった。マツラ国の使者となったのは、女王の弟で、ヒカという名の陽気な男だった。ヒカは最初から屈託のない笑顔で、マサを「兄者」と呼んだ。

ヒカは「兄者のような道理がわかる人が、女王の婿に来てくれて良かった」と笑う。

実は他の国からも使者が来たが、女王以外の女と一夜を共にしたため、女王の婿になれなかったらしい。マツラ国では、ヤマタイやクマ国の使者は笑いものになっているらしい。

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