あたしの真夏のアナリシス
ミーンミンミンミンミーン……ミィーン……。
……あ。これは。現実の、音だ。蝉ってこんなにも店のなかでもよーく響いたっけなって、あたし、そう思って……。
どういう、ことなんだろう、それ。
分析、したい、あ、でも、……できないや。ねえ。あたしの得意の分析も……。
あのひとは――天王寺公子はどこまであたしをかき乱すのだろう。
鋭かったな、あのカッターナイフの、切先。
篤が心配そうにあたしを見ている。弘仁は挑戦的にあたしを見ている。
「……わかってくださいましたかい、クライアントさまよお」
「……わかんないよ。なにも。殺しちゃないじゃない……」
「綾音ちゃん。僕が、解説しようか。弘仁の説明はいつも情緒的で抽象的でわかりにくい。だろ?」
あたしはすこしのあいだぼうっとした間をつくってしまって、それに気がついて、こくりとうなずいた。
「時系列順に整理するよ。まず、綾音ちゃんと天王寺未来は、中二のときにつきあって、別れた。原因は天王寺のペットのコロだった。そのことがむしゃくしゃして理不尽だった綾音ちゃんは、綾音ちゃんが高二のこの夏、コロの殺害を、僕たちに――依頼、した。なので、僕たちは天王寺家に偵察に行きましたっと。……ほんとに動物だったならそれはそれでいろいろ準備もあったからね。けどコロというのはほんとうは人間だった。変態プレイの犬として飼われているだけの人間だった。だから僕たちは――すくなくとも僕は、依頼の遂行を諦めた。……ここまでは解釈とか
あたしは、もういちど、こくり。
「けど、弘仁は、任務の一部を果たしたと主張している。……なぜだかは、わかる?」
あたしは首を横に振った。……分析、さえも、働かないんだってば、――だから!
「そうか。……わからなくても、無理はない。弘仁の発想は文系すぎて理解に苦しむ場合がある」
完全にお兄さんっぽくなっている篤。仲間うちじゃあんなにおどおどしてるのに。
「いいかい。綾音ちゃんの依頼は、天王寺未来のペットのコロを殺せ、ってことだった」
「……うん」
「犬を殺せってつもりだったんだよね」
「うん」
「……あの子は半分人間で半分犬のようなものだよね」
「……まあ」
「そのうちの、犬のほうを殺したんだって――こいつは主張してるんだ」
「ああ、ああ、だってそうだろうがよ。――あんアマ綾音ちゃんの前にあらわれたんだろ? そんで脅しまでかけやがって。なーにが、飼われるだけで満足です、だよ。そうやって充分オンナなんじゃねえか、よお? 嫉妬狂いはどのメスもいっしょ、か。あははっ、なあ、犬が飼い主のカノジョに嫉妬すっかあ? ――俺はアイツの犬のとこぶっ殺してやったんだよお!」
アハ、アハハハ、と。
弘仁は、哄笑する。
……あたしは、分析、する。
きっとほんとはちっとも嬉しくもなくって――ただ、なにかが、受け入れられないだけなんだ。
……きっと。
だからあたしは、にっこり笑って、……仕方なく、こう、返した。
「ごめん。任務は失敗だな。悪いけど、もう五十万、返して。……それに」
分析、します。
とても、くるしく、つらいことを。
「……あの子は犬のままなんじゃないかな」
言ってしまえばただただ奇妙なその事実。
あたしは笑いたいのに泣いたみたいになってしまって、
「だって、あの子――あたしのこと、きれい、って言ってたんだもん。……未来から聴いていたよりずっときれいなひとですね、って」
そこに込められた、深い、深い意味。
ぽとり、分析。
……悔しく、て。
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