人間らしくて

 この女、この犬、語り続けるから、べらべらべらべらと好き勝手語りまくるから、あたしは、いちいち、分析する。

 うっとうしくてうっとうしくってしょうがなくって、ただただ分析するだけの機械に、成る、……いや、なりたい。



「わたし知ってます、もとから知ってました、あなたのこと。未来さまの元恋人、ですよね。知ってました。だって未来さま嬉しそうにそう言ってたから。おばあさまのお茶の教室の生徒さんのお孫さんだってこともわたし、知ってた」


 元恋人、か。よく言うわ。そういうのさらっと言えちゃうのやっぱイヤミだよね。


「未来さまに彼女さんができて、よかったなって、思ってた。未来さまはですね、コロおまえさみしくないのかよ、とおっしゃってて、わたし最初意味、ぜんぜん、わかんなくて、でもそしたら未来さまちょっとご機嫌ななめになっちゃったんです。わたしがいけなかったのかなあ。わたしが、いけなかったのでしょうねえ。けど、わたし、未来さまがそうやって恋愛的に成功されるのはよいことだなって思ってたから。だって、コロの自慢のご主人なんですもんっ」


 ……あ。熱を帯びてきて、素に、なってきたな。


「けど、すぐに別れちゃったから」


 ……知ってるんだね。


「よっぽど、あの、どんなかたなのかなあって、思いました。……だって未来さまに原因があるわけないし」


 そうかあ?


「けど、あなたとじっさいに会ってみて、ちょっと、わかりました、……えへ。わたしの気持ち、知りたいですか?」

「……べつに知りたくもないけど……」

「知りたくなくても聞いてください。……あなたにだけ言うのですよ? 未来さまの元恋人ですから、とくべつ、とくべつなのですっ」


 ……ああ、……ああ、……うっとうしい。


「名前がわかったからすぐなのでした。個人情報とかプライバシーはごめんなさいなのですよ? いまどき、うるさいですからねえ」

「……いいよべつにいまさらそんなの、篤たちが、どうせ、やらかしたんでしょ……」

「えへへっ、お友だちは選びましょうねということなのですね? ……優秀なおかただと存じておりました。敬展女子高校に通い、帝大志望で、理系なのですよね。態度はつんつんでもかわいいとのことですもの。わたし、そちらの学校にもすこしはパイプといいますかそういったものもってて、あ、ううん、でもパイプなんていうだいそれたものではないですね、うんうんっ、交流、が――あるだけです、必要最低限の。……未来さまも敬展であるわけですから。わたし、学んだのですから、……未来さまのご友人がうちに来てとんでもないこと言おうとして学んだ、のです、から」

「……あんたはそこの女子校でしょうに……」

「はい。そしてあなたは敬女ケージョですね。優秀なおかたなのですよね……未来さまといっときでもおつきあいされるほどには」

「……なにが言いたいのよ、さっきから、あんた……馬鹿にしてるワケ……?」

「――魅力的だ、と言いたいのです。コロは……わたしは、」


 ツン、と鋭い感触――。



「あなたがとても魅力的な女性だと感じました」



 ほんとうに、ほんとうに、真実そう思ってなんだか妬ましさまで滲んだ声色で――。



 天王寺公子は、バッ、とあたしから、離れた。あたしにカッターナイフの切っ先を数秒間、向けていた。けどあたしがなにもやらかす気がないとわかったのか、ゆっくりと下ろした。


 五感がはたらくようになって、裏路地の臭いがふたたび感じられるようになってくる。



「……失礼いたしました」


 失礼、どころじゃ、ないワケだけど。


「そういうわけで、あなたの情報とか、つかんじゃってるんです、……ごめんなさい」


 天王寺公子は、どこか、なんだか、さみしそうに、……あたしの分析によると。ねえ、どうしちゃったのあたしの分析、……そんなのはまったく論理的じゃないんだよ。ねえ。


「わたしも、争いたくはないんですけど、……おわかりかと思いますけど、もう、すでに……。……二度めはないと思ってくださいね」


 切なそうに、ふわっと、笑っている。


「そのときは、ほんとうに、……社会的レベルか物理的レベルなのかは置いておいても、殺さなくっちゃ、いけなくなります。……ねえ館花さん。……綾音さん?」


 ずっと名字かフルネームでばかり呼んでいたのに、急に下の名前を呼ばれた、分析、分析分析分析、――分析!



 追いつけよ――あたしの、理系の、あ、たま!



 天王寺公子は目を細める。まぶしそうに。



「とても、きれいなかたですね。あなた」


 笑う。


「未来さまから聞いていたより、ずっと」

「……なにをそんな、失礼な」

「いえ。ほんとうに。……きれいなかたですね」


 慈しむかのように。自信をもって。……自分が犬だと言い張るくせに。


「わたし、ちょっと、焦っちゃいました。……これが嫉妬というものなのですかね?」


 そっちこそとんでもない美人じゃん――とは、思ったけど、どうしても、言いたくなくて。

 ……きっとこいつは自分のことなんかなんもわかってないんだろうなって、思った、――そんなふうに安っぽいカッターナイフひとつで切り抜けられると生き延びられると、思っているんだ。


 ああ。馬鹿だね。それはたしかに、馬鹿だ、ねえそうね、……未来、言ってた通りね、でもいまもだよ、この子、しつけがてんでなってないよ。



 だから、あたし、……しつけの末端、かき乱してやろう。




 分析。




「嫉妬したって、いいんじゃないの、……そんなの、あんただってある意味では未来のこと大好きなんでしょう? なら嫉妬くらいしたって、よくない?」



 天王寺公子はカッターナイフをそっ、と後ろ手にひっこめた。

 そして、困ったように、すこし下向きに、とってもきれいに、はにかんだ。




「だめです。そんなの、人間らしくて」

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