究極の文系人間の発想

 依頼をしたときとおなじハンバーガーショップなのだ。席までおなじ。たまたまかな。篤が、確保していたっぽいんだけど。



 篤と弘仁とあたしの位置関係までおなじ。篤が右であたしの正面で、弘仁が左なの。で、向こうがわが窓で、気軽に入れるファストフード店特有の白っぽい光、だけでなくって、八月の暑さそのまんまのびっかりした光が侵入して、店内のその白っぽくて安っぽい光とぐじゃぐじゃに混ざり合ってる。


 篤はあの日とおなじくSサイズのバニラシェイクを頼んでいたけど、ほとんど飲んでいないっぽい。いっぽうで弘仁もきょうは控えめな注文だった。あの日みたいにキングサイズのバーガーふたつとポテト、とかじゃない。それどころかトレイすら見当たらない。飲みものだけ頼んだってことだ。弘仁も。しかも透けて見える色はおとなしめな茶色で、しゅわしゅわもしてないし、あんなにばくばくなんでも食べる弘仁がまさかまさかのお茶でも頼んだのかもしれない、――よりにもよって、真夏のファストフード系のハンガーガーショップで。


 あたしは、Sサイズの、オレンジジュース。

 ハンバーガーもポテトもない白いテーブルの面積の広さのぶんだけシリアスな気がする。


 なんか、嫌だな、こういうの。なんかよくわかんないけど、嫌だなあ……。


 お客さんはまばらだった。平日のお昼すぎ。大学生ならともかく、高校生はふつう授業の時間。……お昼休みに篤からメールが入って、来れないかって言われたから、慌てて早退してきたんだ、……レベル高い学校のがかえってこういうの融通きくのよね。なんて……。



 スッ、と封筒が差し出された。……篤みたいに小太りの封筒だ。

 あたしの温度も、スッ、と下がったような気がした。


「返すよ」


 いつもよりももっと亀みたいに首を縮めて、申しわけなさそうな篤にあたしは、当然、と澄まして返そうとしたけれど、当然、と、その言葉はすんなり出てきても、声はどうしても暗く沈み込んでしまうのだった、……悔しい。


「僕は、できなかったから。綾音ちゃんにこれは返すよ」


 あたしはその言葉にはなにも言葉を返さないで、封筒を手に取って、中身をたしかめた。たしかに、諭吉。さすがに偽造とかはしていないと分析するよ、いくらアサシンズでも、いや、なにがアサシンズよってカンジ笑っちゃうけれど、けどまあ言ってやるよ大学生アサシンズってね皮肉ってことでそう言ってやるからさ、ともかくまあ、……そこまではしないでしょってあたしの、分析。

 ペラペラと数えると、……あ、違和感があって、すぐにその正体に気がついた。


「……ひゃく、ないじゃん、これ」

「そう、五十」


 篤は相変わらず申しわけなさそうでありながら、それでいてどこか平然とそんなことを言ってみせる。


「なんでよ。できなかったんでしょ。……だったらひゃく、返してよ」

「……だから綾音ちゃん、言ったでしょ。僕は、できなかった、って」

「ああ、そうだぞ綾音ちゃん。……俺ができなかったって、いつ、言った?」

「……は?」


 弘仁は、篤以上に平然と、ほんとに平然として口を挟んできた。

 弘仁は腕を組み直す。……さっきから、えらそうに、この男。余裕かよ、と分析、してみる。


「俺は、やった。……もっともできたかどうかは判断が微妙でな。クライアントのアンタとよくよく話してから報酬決めてもらおうと思ったよ」

「……だって殺してなかったじゃない……」

「ああ。そうだ。――天王寺公子という女のことなら、俺も篤も、殺してねえ。コイツはそこで諦めやがった。……けど俺はそんだけで諦めなかったんだよ。転んでもただでは起きねえたあ、このことだな。……だってアンタの依頼はそもそもが天王寺公子という、人間を、殺すことでは、ないだろう?」

「……どういう意味」

「おいおい、覚えといてくれよ、クライアントさんよお。……アンタの依頼はあくまでも天王寺未来のペットの犬を殺すことだったはずだ。……あぁ。ここらがガチガチの理系頭にわかるかね。篤だってそんなんわかっちゃいねえ」

「ああ、悪いけど僕には理解できなかったね、弘仁のその思想は。……殺すというのはほんらいそういうことじゃない。綾音ちゃんの依頼だってそういうことじゃ、なかった。物理的に殺傷をしていない、かつ、前提に齟齬があってそれが果たせないうえで、仕事は失敗だと僕は思ったけどね。……動物を処理するのとはわけが違う。さすがに、人間は」

「あーあー、これだから理系サマはねえ。……なあでもアンタも理系なんだろ? 篤たちとつるんでるってことは、すくなくともそうなんだろう、なあ、――理系ってーのは楽しいかあ?」

「……あたしは数ⅢCとか、余裕、だから……」

「はーん」


 弘仁は、バカにしたように。


「俺はなあ、文系なんだよ、綾音ちゃん。文学部にいるんだよ。私大でさ、女ばっかだぜ? チャラッチャラとさ」

「……知ってる……」

「そりゃどういう意味で知ってんだか。なあ、文学部でさあ、チャラチャラしてたってさあ、イコールそれが真面目でねえってわけでもないんだぜ、……文学はいいぜ? ああほんとおまえらもったいないなあ理系人間どもめ」

「……僕からしたら、弘仁だって、もったいないけどね。弘仁は統計処理もできないだろう」

「ハッ。そんじゃあ、俺の話をデータのひとつとしてとかなんでもいいがとにかくちゃーんと聴くんだなー。耳かっぽじってよーく聞いとけよ理系ちゃん、」


 あたしのこと、バカにしてるのに、なんだ、なんだろう、真剣というかシリアスというか、……あたしの分析では捉えきれないふしぎな空気がそこにあって、それは、たぶん、あたしに――いまここではあたしにだけ向けられているのだって、わかって……。



「俺みてえな究極の文系人間の発想、とくと見よ」



 おどけて、ふざけたように、――そんな雰囲気を醸し出しているのに。

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