作戦エィダッシュ

 弘仁はなめらかに、けどときに迷いを見せながら、語った。

 真夏の、昼下がりの、ハンバーガーショップの、隅の、白いテーブルで、あたしの斜め向かいで。



 や、そりゃクライアントさんですからねえ、アンタは。それも大金で依頼をくれた。出どころはどこだってくらいは思ったがまあ俺ら大学生アサシンズはね、そういうのは詮索しない主義なんで。アンタだって、ほれ、だからだろ? だから篤に頼んだんだろう? なあ? どこまで知ってんのかなんざ俺ぁ知らんがね、篤がそうだそうだと連れて来るクライアントでありゃだいたい間違いないんだよ。知ってるか? こいつ子豚みたいなナリして、すっげー慎重なんだよ、……や、子豚ってのはあんがいそんなもんかね。そうだな、三匹の子豚だってけっきょく子豚がオオカミに勝つ。

 まあ篤なんかのこたー、話の本筋ではないんだが。ああ、でも偵察には篤と行ったんだぜ? こんかいだってそりゃ、そうだ。コイツ、なにかと便利なんだよ。小太りだろう。ひともよさそうだし。こんな暑い真夏になんてハンカチとか出して顔とか拭いてアセアセしたりできるんだぜえ。もうみんな油断、油断よ。この価値わかる? 綾音ちゃん。そういう子豚で小太りで汗っかきでそういう立ち回りのできるやつの価値って、わかるかね? なあ、綾音ちゃん? ……綾音ちゃんはクリーンっぽいからなあ。ああ、わかるわかる、そんなん会ってみりゃわかるわ。んん、タイプ? や、そこまで分類じゃねーよ、分類学的なことではない。タイプで分けられるってな概念、どうなんだそれ、理系じゃ必要なんかいね篤。ああ、そうなん? けんどもそういうレベルの話じゃ、ねいやいなあ。


 まあ、まあ、……そんで俺ら、行ったんだ。偵察。三回は行くよ? 平均でな。もっとかかる案件だってふつうにあるんだ。けど三回は行く。そういうつもりでな、……行ったんだがな。まあけっきょく一回になったな。なあ、篤? ……おう。

 そもそもさあ、大変なんだよあんなとこ。なんだよあれ。超高級住宅街じゃんかよ。JKに依頼されたと思ったら、こんな? みたいな。ガチお坊ちゃま? みたいな。や、そうかそうかアンタも金持ちお嬢さまだったんだっけな。でもありゃレベルが違うだろ。クラスが違う。つーかよっく聞いたら天王寺ってあの天王寺かよみたいな。しかも本家みたいな。おまえあれだぜありゃ、おまえの元カレ日本の財産継ぎまくるぜ? 家とかグループとかのレベルじゃねえよありゃ。日本の、だ。そういう規模だ、ここらへんわかっか綾音ちゃんよお?

 そんでま、だからね、偵察行ったわけ。ダイスキな綾音ちゃんのためにね。……ああそんな顔すんなや、なあ、冗談だっつーに通じねえなあ、おい。

 めっちゃ壁真っ白なんなあの家。白鷺城かよみたいな。知らない? 白鷺城。ハッ。こんだから理系はな。


 そんでさ、こうさ、とりあえずオーソドックスな手ぇ使うわけよ。まあいくつかあんだけどな。初歩的だけど秘密は秘密だ、企業秘密ってやつなんですー、いちおう俺ら大学生アサシンズも法人になろうとか言ってるわけー、まあー、冗談ですうー、冗談ですけどおー。



 そんでこんかいは作戦A´を選んだわけよ。エィよおまえ、エィ? アルファベットの最初の文字のやつなわけ。エィってのはね、もっとも典型的で馬鹿っぽくてフツーでいちばんキクやつなわけ。そんでそこにダッシュよおまえ、ダッシュよ? これ篤がつけたんだけど綾音ちゃん理系なら俺なんかよりもっと意味つかめんだろうよ、……なあ?



 なんだかわかる? ……はいっ、答え、綾音ちゃん。


「……道に迷ったふり、する、とか?」



 あ、はは、それは、エィだ。惜しいな。綾音ちゃん。



「……困ったふりをするのはおんなじだよ。発想はそれで合ってる」


 篤が、なんだか申しわけなさそうに、――なんでよ。

 なんでそっちがそんなビクビクなわけ?



「……答えは」



 なんか、迷ってる、視線がゆーっくり移動、移動を繰り返す。




「犯罪に巻き込まれたふりをすること」

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