坂をげらげら駆け上った先に

 申しわけなさそうに首をすくめながら、それでいてどこかニヤニヤと、語り手交代、……こんどは、篤が語る。

 ぺらぺらと。弘仁よりもかえってよどみなく。大学の仲間たちといるときよりもずっと、スムーズに。



 そう、……犯罪に巻き込まれたふりをすること、なんだよ。綾音ちゃん。

 これがなんでAのダッシュになるのか、わかる? だって本質的にはおんなじことだろ、作戦Aとさ、道を迷って聞くことと。僕らは困ってるかわいそうなひとのよさそうな人間なんだ。それは、おなじだろ。だから、ダッシュなんだ。Aだけど、Aじゃない。……綾音ちゃんは弘仁と違って文系じゃないからこのあたりはわかる、よね。


 え? なあに? ……問題になるって? うーん。そうかなあ。どうして問題になると思うの? というか、どこが問題になりうる? なんないよ。せいぜい、ターゲットの町内会報にでも不審者に注意って書かれたりするくらいだろ。不審者なんてね、つくればいいの、想像上のねえ、……ああ、とかいうと弘仁みたいに文系的か。ほら、実験のときだってさ、まず仮説から入ったりするだろ? 仮説がないと結論もない。まあ、そういうことだよ。……違う? あはは、そうだねえ、厳密には違うかもしれない。参ったなー、綾音ちゃんは頭がいいから……。


 けどね、すくなくとも僕らまだ若い青年なわけでさ、お互いタイプ違ってもひとがよさそうなんだし、そんなふたりがぼっちゃんみたいにうえーんうえーんって泣きつけば、それでぜーんぶオッケーなわけ。

 だってそうだよ、ああ、もっといいたとえがあった。悪魔の証明、って綾音ちゃん、知ってる? ん、……聞いたことあるかあ、そうかあそうかあ綾音ちゃんは女子高生なのに優秀だなあ、うんうん! つまりね、悪魔の証明だってこと。不審者がいないことなんて証明できないんだよ? じっさいいるのは、被害者の僕らだもん、被害者のフリした僕らだけ。で、べつに不審者がいるとかいないとか、どうでもいいわけ、そんなんはターゲットの周辺地域の問題でさあ、僕らずらかったあとになーんも関係なくない、――ねえ?


 ……だからさ、坂、のぼんの。フリをするのにちょうどいいとこだったなあ。ふたりで必死こいてさ、息切らすふりするわけ、でもその点はこんかいは簡単だったねえ、ねえ弘仁、だよなあ、だってあの家、坂の上にあるんだもん。しかもほかにだあれも歩いてないんだよ、おクルマで移動するんだろうねえ、……もうその時点でイヤミだと思わない? ああ、綾音ちゃんもお金もちだもんね、お嬢さまなんだもんねえ、そういう感覚、ないのかあ……。

 まあでもだからやりやすかったってこと。ひともいないし坂もあるし。テキトーなとこから弘仁とヨーイドンでさ、最初にチャイム押したほうはラーメンおごってもらえることになった、……ああもちろん僕が弘仁におごったんだよ? すばやそうだろ、こいつ、黒いしさ、僕なんてそういうのはぜんぜんだめだあ、あはははは。


 弘仁がねえ、ガンガンガンガーンって押しまくるわけ、典型的なチャイム音だよねガンガンガンガンなんて、僕も追いついてさあ、あはっ、あとでめっちゃくちゃ笑ったねえ弘仁。僕も追いついて笑い堪えるの大変だったー。だってもうめっちゃ典型的にお金持ちなんだよ。あははっ。笑っちゃわない? ああ、そっかそっかごめんね、綾音ちゃんはお金もちの家の子だからそういうの笑えないんだよねえ、うんうん、僕と弘仁なんかこれでいて田舎の貧民街出身だからさあ、スラムだよスラム、……いや、これは冗談とかじゃないよ? ユーモアっぽくはしてあるけど。観測していない事象がないだなんて言えないでしょう綾音ちゃん、ねええ?

 でさ、そうやってさ、ふたりでひいい助けてー! とか言ってさ、笑っちゃうのごまかして勢いでワンワン泣いたふりすんの、そんで、つけ込むわけよ。


 インターホンにはおばあさんが出たなあ。声の感じはあやしく思ってたげだったけども、僕たちがワンワンすんません助けてくださいまじほんとすんませんいきなり失礼ですんませんほんとほんと助けて助けて助けてえええ! とか、顔はげらげら笑いのかたちで声だけこうね、悲壮感みたいにね、たーっぷりね、テレビドラマみたいにね、やってやったら、おばあさん、すぐにいま行きますって。いやあ、騙されたなあって思ったねえ、……なあおまえだってそう思ったんだろあんときよお弘仁、気づいてもいんかったっつーんは見栄だろうがよ、おい?



「……でも俺はやっぱ違うってピンと思ってたんだよ。なんつーかな。こりゃ文系人間のカンだなあ、理系にゃこういうのねえんだろ」



 篤は不満そうに唇を尖らせたけれど、あえて突っ込みはしなかった。

 弘仁が、静かな声で、まじめな顔で、言う。



「……あのばあさんなあ、やばかったよ、やっぱ。最初、見たときから」

「そりゃ割烹着にサングラスだったらそう思うでしょうよ」


 弘仁は、首を横に振った。


「いや。そういう話じゃねえ。……俺ぁインターホンのときからやべえと思ってたんだぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る