そして、屋敷のなかへ
こんどは、また、弘仁が語り部になる。……忙しいコンビだ。でも、だから、バランスというものが取れているのかも、しれない。
弘仁はなんだかじめっとした喋りかたをする、……民俗学っていうんだっけそういうの、とにかく、妖怪とか研究するひとみたいに。っていうか……ただ怪談を語るひとって感じかな。そういうの、民俗学とか言っちゃうと、弘仁はやっぱり怒るのだろうか。……そんな隙も、ないけれど。なんか。真剣すぎて。
こわく、って。
まあいま篤が言った通りな格好してんだ、そのバアさん。なんつーの、つーか割烹着っつってアンタ通じます? ……あぁそうそう、給食のおばちゃんのエプロンみたいなやつな、うんだいたい合ってるが給食のおばちゃんたちもいまどきエプロンだ、割烹着っつってなあ、昭和だよ昭和、昭和のお母ちゃんたちのエプロンだったやつだ。古ぃんだよ。いまどき。
まあでもそんだけならな、べつにふつうっつーかさ、こういうお屋敷だし、家政婦……ああいまはこういうのも差別表現なんかねえああめんどっちいやい、なんつうの、使用人? まあそういう人間でなおかつババアだったら割烹着くらいふつうかなってさ。思うじゃん。なあ、思うじゃんよ。
アンタ、アレだぞ。そこにサングラスだぞ? しかもレンズが真っ黄色なの。おかしくねえ? なにあれ。おかしいよな。なあ? そう思わねえ?
とにかくさ、そういうババアが出てきたわけ。いやしかもお玉持ってんの。なんっよあれ。わけわかんねー。理解不能ー。キャラ濃すぎー、濃すぎてわーけわからんパッターン! ……なんつーか心んなかでその時点でババアからバアさんってのに呼びかた切り替えたよな、あー悔い改め悔い改めー。
でもほら俺たち演技中だし。あんま呆然としてるわけにもいかんじゃん。つーかそんなに呆然たあしてねかったかんな? こりゃ仕事だ。しかも諭吉百人ぶんの仕事だぜえ? 手ぇ抜くわっきゃねえだろ、……俺たちがもう何年便利屋やってっと思うんだ、……あぁ? なんだよ篤、あぁ、便利屋、いいじゃんかよいまそんなこまかっ――ああ、ああ、悪かったわーるかったって、けんどそういうこったい? 便利屋だよ俺らはもうずっとだよ十年以上もよお。そもそもアサシンズとかいう名称がだな――、
……ああ。おい。やめようぜ、相棒。クライアントの前だ。すまないな、綾音ちゃん。……俺らも今回の件はちょっと特殊でまーだちょっとな、取り乱してるところがある。……変だったよ。奇妙だった。なんだったんだろうっていう白昼夢になりそうなくらいにはな。
俺たちはな、もうちょっとヤケんなっててな、ギャアギャア喚いてただけなわけ。まあ上等な仕事たあ言えないやいなあ、ふだんはもうちょいうまくやってるさ。けんどもなあ、ちょっとなあ、……出だしからしておかしかったいな。
えーっ、いまからあ、声マネしまあーす。
『ちょっとちょっと、なんですかひとの家の前で。ちょっと落ち着いてくださいな』
あのバアさんにこりともしねーの。声はさ、ふつうにふつうのババアなのに。食品売り場でステーキのカケラ配ってるようなババアの声っぽいのに。声はな。……声だけはな。
俺たちもうヤケだからウルウルして小さな坊ちゃんのガキんちょみたいに喋るわけね。
『助けてえ、助けてくださあい、変なひとがあ、変なひとがいるんですう』
『僕たちい、なんもしてないのにい、追っかけて、くるんですう』
バアさんな、坂のほうをサッて見たんだ。……家政婦にしりゃすばやすぎるぜ、ありゃ。
『……なるほど。わかりました。とりあえず、入ってくださいな。そこで騒がれるのがいちばん困ります』
そんなん言ってさあ、俺ら、屋敷のなか入ったよ……。
「……異文化だったな」
「違う、弘仁は文系のせいで発生が甘い。ああいうのは常識が通用しない場というんだ」
……ふたりはそうやってやいのやいので言い合うけれど。
「……それ……あの、女の子のことでしょ」
ふたりは言い争いをやめてぴたっとあたしを、見る。
「天王寺公子、の、ことでしょ」
ふたりは顔を見合わせた。
そして、同時に、首をすくめた。
「まあ。そういうこっちゃな」
「そうなんだよね綾音ちゃん。そこに、つながるんだ」
「……なんだったの、あの子……? あたし……」
ああ、あたし、みっともない、……冷静な理系女子高生っぽくも、ない。
「……怖かった……」
い、や、だな。
……なんだって泣きそうなんだろうあたし、怖くて? 悲しくて? いや……違う……あたしの分析するところによると、これは、これは、これは……、
ポタリ。
悔しい、ん、だ。
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