超上流階級との邂逅
べつに恋心とかあったわけじゃなかった。未来もあたしもとてもクールなタイプで、そういう意味では関係性のかなり初期から意気投合していた。だいじにするよとか言いつつ高校生らしくねとか思いつつつま先で立ってキスをしちゃって夏休み、なーんて恋愛を、未来もあたしも望んでいなかった。すくなくともあたしから見れば未来はそうで、つまりしてこの男とあたしは同族なのだと、あたしは、初対面のときから思っていた。
中二だった。カフェだった。笑っちゃうけど中二のあたしにとってチェーン店ではないカフェはつま先立ちのキスとおなじくらい背伸びだった。コーヒーの値段がチェーン店より数百円も高くって。でも目の前のおない歳の男の子はそんな数百円なんて単位は見えてもいないのかなと思うと地味にヘコんだ。なにせ天王寺グループの跡継ぎだって、あの天王寺家の。クリーンなコマーシャル、退屈でうるさいバラエティ番組のあいまにいつも見かけてるよ、あたし。
あたしの家だってそれなりに立場とか地位とかある家なんだよ? いわば上流階級なんだよ? ただ、コマーシャルは打ってないってだけで。あたしいちおう社長令嬢なんだもん。なんだよ小さな会社じゃんとか小学校のとき猿みたいな男子に言われたこといまもずっと忘れてないけど、でもいまなら反論できる、会社の規模とかじゃなくて社長は社長なんだから、あたしは社長令嬢なんだからね? それにだからあたしあんな猿のいないガチお嬢さま学校の敬女に入れたんじゃん。おばあちゃんお茶もお着物もお花もするし。世間的にはあんま知られていないだろうけど、天王寺薫子ってお茶の先生でもあるんだよ?
そんで、天王寺グループのお坊ちゃまとこうしてお茶するくらいには、あたしだって、上流階級の社長令嬢じゃん?
……なんて。言い聞かせは、するのだけれど、自分自身に対してずっと、えんえんと。
ぐっ、と拳を握った。さっきからあたし緑色のチェックのテーブルクロスばかり眺めている。うつむいている。そんなことじゃ意味ないじゃんって思うけど、自分よりも強そうな相手と話すのはあたしは得意じゃないんだ。それが男子なら、とくに。
まだ、頼んだカフェラテ来てないし、うん、でもあたし、ほら、喋らないと、なんで……どうでもいいことはケージョの派手めグループでどうでもよくきゃあきゃあとぎゃあぎゃあとはしゃげるのに、どうしてあたし、だれかとふたりになると、こんなに、つまんない人間になるんだろう?
……やだなあ。
「……綾音、さん?」
あたしは顔を上げた。
未来は、はにかむようにして笑っていた。……精神年齢高すぎっぽいよ、やっぱり、このひと。
「ああ、いきなり下の名前は不躾だったかな」
「……いえ。いいよ。おない歳なんだし……。あたしも下の名前でいいの?」
「うん、いいよ。おない歳なんだしね」
あたしのカフェラテが届いた。未来には、コーヒーが届いた。あたしはポットで来たおしゃれな砂糖をこれでもかと入れてぐりんぐりんと掻きまわしたけれど、未来はブラックで飲むから、あたしはびっくりしちゃった。
未来はコーヒーをひとくち飲んで、苦笑する。
「それにしてもね。ばあさんたちにも困っちゃうよねえ。会わせたい子がいるとか言って、女の子かどうかも言わないんだから。それに立ち会いもしないしさ。まあこっちのばあさんは出不精だから、ここの地図もらった時点でばあさん来ないなとは思ったけど……」
「未来は。あたしが男の子だってつもりで、来たの?」
「うん……だってまさか女の子だとは思わないだろ」
「どうして?」
「……どうしてだろう。綾音は、男が来るって思ってた?」
「……あたしは事前に聴いてたから」
「あれ、そうなんだ」
もともと、そういう話では、なかったのか。
上流階級だけれども超上流階級には及ばない、
超上流階級への切符をあたしが館花の家から受け取ったという話では。なかったのかな、おばあちゃんそういう雰囲気だったけど。
未来はまたしてももうひとくちコーヒーを飲んだ、くっと白くて華奢なカップを傾けて。
そして、ソーサーに置いて、笑った。
「まあ、でもよかったかな。男なんかが来るよりは」
「……ほんとう?」
「ほんとだよ。しかもこんなかわいい女の子」
ふっ、と。
「……学校のやつらに自慢できるなあ」
天王寺未来の表情は――なにか、変化した、あたし人間の表情って読み取るのなぜかすごく下手なんだけどそれでもあえて分析、分析するのであれば、そう、SFアニメでよく見る暴走直前のロボット。ギラン、と瞳の色が物騒なオレンジに変わるやつ、あれだ、
どうしてそういう顔をしているのかはいまのあたしには分析しきれないのだけれども、ああ、……だからあたしはやっぱポンコツ。
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