その日、太陽のもとで何が在ったか?(7)首輪をつける

 ダイニングルーム、公子と飯野、そして大学生アサシンズのふたり。



 公子はきょうもいい子で首すじをんーっとかわいらしく伸ばして、なんの羞恥も躊躇もなく、露出、している。真夏でも溶けない淡雪のごとくまっしろな首すじに、鮮血のごとし色をした首輪がかちりと嵌められる。その手は悪い魔法使いのごとくしわしわで、人間の首に首輪をかけることを日常的におこなって慣れてしまった狂気の手だった、――つまり、飯野の手。


 パチン、と。……首輪というのはあんがいあっさりと嵌まるものなのだ。人間の首であっても、……鳴る音や必要な手順は犬といっしょ、なのだ。



 青年ふたりはそれぞれに呆然としてこのまったくふつうのリビングのごとし部屋の入口付近でどうすることもできずに突っ立っている。



 公子は犬の座りかたをしていたが、服はまだベージュ色の制服だった。机の上には高校の教科書とノートと筆記用具がきちんときれいに置かれている。公子は宿題をしていたのだ。そういうのを、お昼の時間とこの家では呼んでいる。……公子が、必要上、人間ごっこをしなければいけない時間。

 そういった時間は飯野やほかの使用人がそばについて、公子のその日の宿題が終わるのを隣でそっと待っているのだ。公子はそういうときには長い髪を垂らしながらベージュの制服のままでさらさらとシャープペンシルを紙に走らせる。そういうときには公子はまったくもってふつうの女子高生だ。自覚はなくとも知性をあふれさせて、ただただ静謐なすがた。

 ほんとうに、公子は、きれいに育った。

 ……だが公子にとってほんとうの時間というのはこの、お着替えの時間からはじまるわけで。

 公子は宿題のときの知性など溶かしてしまえとのごとく。



「わうー」



 赤ちゃんのようににこっと笑って、そんなふうに鳴いて、じゃれる。

 青年ふたりは呆然と静観している。

 飯野は公子の制服のブレザーを脱がせた。次に真っ白なブラウスのボタンをひとつひとつ、外していく。



「はいはい、ほらお手て上げなさい」

「わんっ」



 公子は元気よく返事すると、万歳の格好をした。ブラウスも脱がされる。そこには豊満な胸のふくらみがあって、ブラジャーは清潔そのものの真っ白だった。



「……俺らがいるのに……」



 弘仁の当然の感想は、しかしこの場では正常に作用することはない。

 飯野は公子に、すぽっ、と薄手の白いキャミソールを着せた。裾のところがレースでかわいらしい。生地はシルクなのでとてもなめらかだし撫でていて気持ちいい。撫でたときの感触がすこし、毛皮もつほんとうの犬に、似ている。

 次はスカートを脱がされ、そして下にはなにも穿かされない。

 薄手の白いキャミソール一枚。

 服装としてはこれが、限界だし、……最高の妥協点だということになっていた。


 飯野が公子の制服を畳んだりして片づけているあいだ、――コロは犬座りをして、真っ赤な首輪の鈴を嬉しそうにリンリン鳴らしながら横にゆれる、ゆれるゆれるゆれる。はしゃいでいる。……こんなことをされているのに。

 着替えさせられたこの少女はたしかに高貴でさえもあった。位の高い人間はみずから着替えをしない。

 けど――その着替えはまぎれもなく、犬になるための、ものだ。

 リンリン、リンリン、リンリンリンと、鳴る。

 ……その音が篤と弘仁にとってはとても、痛いほど、うるさい。

 飯野はさらにそこに茶色い犬耳のカチューシャと、そして両手両足に肉球を模したグローブを嵌めてやった。コロは反抗も抵抗もしない。だって日常だ。そんなグローブをしていればろくに指を使うこともできない。足のグローブは球体みたいに丸まっていて立ち上がることさえも難しい。ふらついてしまうだろう。

 コロはまったくもっていつものことなのでじいっと飯野の手つきを眺めてるだけだ、――その表情はもはやとっくに犬のそれと、なっている。

 指を使う必要も立ち上がる必要も――ない、から。


「ああ、それでお客人がたですね」


 飯野は制服一式を抱きかかえて、立ち上がった。


「ここでコロと話をしててくださってかまいませんので。わたくしは頃合いを見て戻ってまいります。なにかございましたらそこの内線の電話でどうぞ。……未来さまは本日はまだご帰宅されない予定ですのでね」


 えっ、ちょっ、と篤は言ったが、飯野は平然とリビングルームを出て行ってしまった。



 ぱたん、と。……あっけなく、扉は閉まる。



 犬が、ふたりを見上げている。

 人間のすがたをした犬はきょとんとしたつぶらな瞳でこちらを見上げて、……かくん、と、なにもわかっていないかのように首の角度を急降下させて、首を、かしげた。

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