特徴の一致

 とりあえず、ということで公園に連れ込まれたのだが、とりあえず公園とかいうセンスがわからなくてまずやばい。だって七月も下旬の日没前よ? そんで公園? ワケ、わかんない。暑いじゃん。テキトーにそこのハンバーガーショップとかでいいじゃん。百円も出せば涼める権利が買えるんだよ。あたしはどうにかこうにかでそう提案したのだが、やんわりと、しかしきっぱりと断られてしまった。……買い食いはしない主義なのだと。


 いやでもだって、暑いって、暑いんだって。なんで汗ダラダラで変な女に絡まれてるワケ、あたし。だって公園にいるの小学生男子たちだけだよ。しかももう日陰でゲームはじめてていまに家帰るって、小学生男子でさえも。


 いわんや女子高生をや、じゃないの。ねえ。古文とか、わかるの? ……なんてまーさかまさか、言えないんだ。



 公園のベンチで隣に座ってあたしに微笑みかけるこの女。穏和の花とかいって謎すぎる女。雰囲気だけはやたらきゃいきゃいと明るい。だがなにかが、違う。なんだ。この人間は。定義できないのだ……分類もできない。あたしらみたいなギャル系でもない。かといって地味子ってわけでもない。近いのは地味子なんだけど、なんというかまとうオーラが異常だ。じゃあ中間のふつう系かっていうと、そんなわけはない。なんだろう。なんか。よくわかんないけど。やばいんだ。……あたしはこういうとき自分のセンスがざっくりなのをとても残念に思う。あたし、理系だからさ。自分自身がすでにコンピューターみたいなもんだから。しょうがないんだけど……。



「館花綾音さん」



 にこにことしたままのテンションで、彼女は、切り出した。


「わたし、あなたを探していました。会いたかったんですよ?」

「……なぜ?」

「あのかたの環境に手を出そうとするひとはいったいどんなひとなのかなって」

「なに、その、あのかたって……」

「天王寺未来さま。……ご存じですね?」



 あたしは――固まった。



 この女は、余裕の態度を、崩しもしない。……よく見れば汗だってほとんどかいてない。たまにいるんだ、そういうやつ。モデルとか女優とかになる子ってさあ……なぜか、汗かかなかったりするよね、体質からしてトクベツなんだ、けど、けれど目の前のこの女は、たしかに美人だけれど変で、偏差値48の花嫁修業の学校の平凡な女のはずで……。


「……どうしてそんなことしようと思ったのですか?」

「――待って。この話、あいまいなことが多すぎる。ちゃんといちいち定義しながらでいい? ……そっちの高校じゃどうか知らないけど、うちの学校じゃ、代名詞って極力使わないような空気なんだわ。受験とかで国語についても厳密になってるっていうか……」


 自分でも、言葉がつるつると上滑りしているのがわかった。あたしは、なにを言っているんだ? 代名詞を極力使わない空気? そんなことはない。偏差値が日本全国でトップクラスの深層お嬢さま学校だって、女子高は女子高なんだ、代名詞を使わないとかそんなそんな、そーんな意味もないこと、しないって。




 だからあたし、自分が混乱してるのわかる――けど、けど、けど。



 反撃しなけりゃ呑まれる、この女に――得体の知れないなに、か、に。



 なのにこの女はほんとにほんとに涼しい顔をしてるんだ。笑っていて。ああ。なんだよ。……あんたは。




「……はい。まったく、かまいませんよ。定義をしっかりするのはだいじですね。定義ゆれは、わたしも嫌いです。……それでは定義をしっかりさせながらお話いたしますが、あなたは、えと、あなたというのは館花綾音さんは、国立為池こくりつためいけ大学の学生ふたりを、口約束で、現金手渡し百万円で雇い、殺害事件を依頼しましたね。……定義の相違はないですか?」




 ――バレてる。すべてが。




 ああ、なんか、……集中できなくなってくる、くらくらするんだ、暑いんだ、聴いてなきゃやばいってことわかるけど、無理なんだ、なんだろうこれは、ミーンミンミンと蝉の音、めぐる、めぐる、世界がめぐる、思考がめぐる、ああ宇宙に行きたいと言ってたのは、あたしだっけ、未来だっけ、あの日もこうやって蝉が鳴いていた……。



「……どうしてですか?」


 この女は、笑顔のまま、あたしにまっすぐ尋ねてきた。


「どうして、殺そうとしたんですか?」


 こくん、と首をかたむける。……まるでかわいらしく。


「どうして――わたしを、殺したいのですか?」

「……え?」


 目の前の女は笑っている。――犬ではなくて、人間。


「……あんたを、じゃないよ。あたし。ペットの犬を殺せって言っただけ……」

「それが、わたしです」


 この女は首のかたむきをまっすぐに戻した、……ああほんとにまっすぐになってる、定規を押し当てて測ってやりたいくらい。



「わたしが、コロです」



 あたしはすぐには反応できなかった。



「……冗談でしょ」



 自分が未来のペットの犬だとか言うおかしな女は。一瞬、だけ、あたしを憐れむように笑った。なんで、どうして、……そんな顔。



「お話、続きがあるのですよ。……決着をつけませんか。あなただって、つらいはず。……ですよね?」



 ああ、ああ、……なんでだろう、突拍子もないことのはずなのに――なぜだか、一致する。

 この女は、未来がコロコロコロコロといって中二のときにも自慢ばっかりしていたその犬の特徴に、みごとに、一致する――。



 コロは、すっごくかわいい。かわいいっていうか、美人かな。あとめっちゃくちゃ、賢い。犬なのが惜しいくらいだよ。すっげーにこにこするんだ、え、犬は笑わないって? ……でもうちのコロは笑うんだよ。にこにこすんの。頭撫でてやるとすっげー気持ちよさそうににこにこすんの。かわいいよ。でも怒るとちょっと怖いな、俺に対してはもうあんまそういうこともないんだけど、やっぱそれ以外のひとにはなあ、ちょっと気性が荒いこともあって……俺にほんと懐いてるんだ。俺が攻撃されたと思うと、ワンワン吠えるみたいにして俺のことかばいだすんだよ……かわいいよなあ。ほんと。かわいいよ。コロは、かわいいよ……。ははっ、でもあんまひとには噛みつくなよって、そこはしつけしなきゃだよなあ、俺が、飼い主なんだから……。



 かわいいか、どうかは、わからない、けど。

 ……この女は、……コロは、たしかに。

 あたしに――噛みつこうとしているのかも、しれない。

 だとしたら、それは――。




 コロはすっくと立ちあがった。相変わらずの、底知れない、にこにこ笑顔。




「……来ていただけますよね? 館花さん」




 あたしは戦慄しながらも、――犬の言葉に従うほかなかったのだ。

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