化かし屋への、依頼
「そんなん建前なんじゃねえの?」
弘仁は分厚いハンバーガーをもしゃもしゃと食べながらそんな余計なことを言った。このハンバーガーショップでもっとも値段が高いバーガーで、しかも肉ダブルで、しかもフルセットで、しかもそれがどんとふたつぶんある。もちろん、あたしや篤にシェアするためではない。自分自身で食うためだ。まっしろいテーブルの表面が、バーガーの包み紙やら大量のポテトやらナゲットの箱やらで、ごちゃんごちゃんと単純な配色で騒々しくなってる。
篤はシェイクのもっとも小さいサイズしか頼んでないけどぽっちゃりなのに、弘仁はこの量を食べても細い。ものごとの関連性ってやはりかならずしもいつも法則通りきっちり仕上がるわけじゃないのかなって思う。リアルっていうのはそういうとこも、とても、めんどくさい。……理科の実験のように、予測したり有意な結果取ったり、できないんだもの。
人間は、もちろん、そういうものだ。……もちろん。あたしはそう、分析している。
弘仁はくしゃ、とバーガーの包み紙を手で潰すと、もうひとつのバーガーに移った。おんなじやつ食べてる。チーズべたべた。よくこんなの食べられるよなあ。誤解されがちなんだけど、あたしはファストフード店の利便性がよいからよく通うだけで、ジャンクフードが好きなわけではない。濃いし食感もやだ、もそもそする。弘仁はああむとバーガーを口にして、もしゃもしゃ噛みながらあたしに言った。食べるときには口を開けない、って教わってこなかったんだろうな、このひとは。
「やー、だってさー。犬のせいで振られたとかありえないっしょー。なあ篤? おまえはどう思うよ」
「うーん、現段階ではなんとも言えないけどね。犬は建前であるという可能性は比較的高めだとは思う」
「はーっ? 比較的ぃ? なにと比較してだよなにと」
「……当の本人の綾音ちゃんがここにいるのにそういうの言うのは気が引けるんだけど」
あたしは、ぴくっ、とする。
「……なに? いいよ。あたしだっていい交渉したいんだからさ、思いつく仮説とかあるならなんでも言ってよ」
「うん……だからさ。もっと条件のいい相手を見つけたとかさ」
ざらっ、と――。
あたしは、ほとんど氷のウーロン茶をビールをあおるみたいに飲み干した。
「……あたしもその可能性は検討したわけだけどねー」
「乗り換えなら最悪だな天王寺のお坊ちゃん! まあ、――俺としてはやりがいもーっと発生するんだけど? やー、だって。天王寺のお坊ちゃんでしょ? 標的にするにもスリルあるぅー、最高!」
「弘仁、僕たちのビジネスはそういう遊びじゃないんだぞ」
「あー、はいはい、わかってます。そんで? 綾音ちゃん?」
弘仁はよくできた笑顔をあたしに向けた、――ビジネス用?
「綾音ちゃんの事情も気持ちもよーっくわかったよ、わかるー、かわいそー、大変だったねー。そんで? 俺たちに、なにを望む?」
弘仁は感じのよい雰囲気を醸し出している。
「犬とあんたと天秤かけて犬を取った最低男に、あんた、なにしてやりたいわけ?」
「……お金は、ある」
膝の上にじつはずっと乗せていた包みを、そっ、といちどだけ撫でる。
「いくらあればなにをしてくれるの。あたし、篤がそういったビジネスやってるとか、知らなかったし、相場も知らない」
「いんやー? とくに相場というものはないよ。そもそもいまどきアサシンだなんて物騒すぎるだろ、ここはファミレスだよ?」
「うん。僕らはそれはお気持ちでやってる」
とか言って――ほら、だから、こいつらタヌキとキツネだ、抜け目もない。
「じゃあ、これ。あたしの気持ち」
ばっ、と――包みを、テーブルの上に出した。ふたりの動きと表情が、静止する。
包みは札束のかたちにきれいに膨らんで自身の存在をとても主張している。
「ひゃく、ある。諭吉で」
ふたりは包みをガン見している。
「やりかたは指定しないけどやってほしいことはある」
あたしは――言う。
言ってしまう、長年の妄想、を、
「未来のペットのコロを殺して。……動物なんだし百万もあれば殺害する気になるでしょう?」
篤がまず、にい、と薄気味悪く笑った。続いて、弘仁も。
「承りましたよ、綾音ちゃん。綾音ちゃんって意外と度胸あるんだなあ、僕驚いちゃった」
「ダッサい包みだけど中身はわかるなあ。よしよし、工夫したんだな、良質なクライアントは助かるぜ」
「外見のダサさはいま関係ないでしょ。でもそうだね、中身は確認しないと……」
殺し屋ふたりは金が本物であるかどうか確かめる相談をはじめる。クライアントの前でのんびりとしたものだ。大学生アサシンズとかいって早晩潰れるだろう。どちらにしろこんなんじゃなんかやらかしゃ一発で逮捕で全国デビューだな。でもべつにそういうのはどうでもいい。だいじなのは、なんでも屋的な存在がいま目の前にいて、そいつらがあたしの金で動いてくれそうってこと。
ちなみに。……あんたらがダサいとか言ったその包みは、おばあちゃんの遺品のひとつだから。
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