その日、太陽のもとで何が在ったか?(3)三倍

 飯野は大儀そうに真紅のソファの元の位置に座った。



「はいはい、お待たせしましたよっと、……よっこらしょっ、と。はあ。それで。けっきょく何なのですかあなた方は」

「――この家の坊ちゃまで未来様、っているでしょう」


 あっ、弘仁、と篤はそう思いながら弘仁のすっかりキリリとしてしまった横顔を見ているが、その横顔が飄々としていながらも一瞬真剣味のある静かなものとなっていたので、あっ、弘仁め、と思うに留めてもはや止めないこととする。

 飯野は僅か眉を顰める。其れは彼等には気づかれない程の微細な変化であったが、……何であれ飯野が初対面の相手に表情らしい表情を見せるのは、稀なことである。情緒は油断、と言い切る程の、この五十も近くなった不格好で気難しい女が。

 飯野は驚きによるその様な反応をしたのだ。

 ただし其れは、弘仁が内心ニヤリとほくそ笑んだその意味においてでは、――ない。


「……あなた方。……いえ。先ずは、言い分をお伺い致しましょうか」

「単刀直入に申しますよ。ボクら、金で雇われてるんです」

「はあ。そうだろうとは思っておりましたが」

「けど、クライアントってえのがまあケチでケチで」


 諭吉百枚。無論、彼らにとっては上客だ。アサシンズだなどと裏社会の如しな名前を自分達自身につけておいておきながら、其れは所詮彼らの現実ではなく理想、でしかない。何(いず)れ裏社会に関わりたい。……哂ってしまう程幼稚な夢だが其れこそこの若者ふたりの理想郷でありある種夢の終着点、なのである。哂われることさえ無論彼等は熟知している、……殊に篤は。

 であるからして当然、弘仁の方便なのである。


「――おばさんがお小遣いくれるならボク、おばさんに懐いちゃうかもしれないなあ」


 飯野は三秒、思案した。


「……三倍までです」


 篤も弘仁もそれぞれにポカンとする。


「翻して言えばあなた方のような方々に対しても三倍までは出せる、ということです。……天王寺未来様につきましての来客なので御座いましょうあなた方。……何者かやバックについてなどはお尋ねしませんよ。……三倍というのは単に情報量で御座いますからねえ」


 篤は思わず口を挟んだ。


「けど僕らまだ値段も言ってないてすけど……」

「――ここは天王寺家なので御座います」


 飯野は今度は表情筋一つ動かさず、――それでいて僅か高揚を隠せない様子であった。


此方こちらに有益であるのであれば、――親しく致そう、との当主の方針なので御座います」


 篤と弘仁は流石に顔を見合わせた。

 博打どころか、――想定のもっと上を行って、いる。


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