第14話 ロリコンの毒牙

「若様、この外出の意味を理解しています?」


 カールは馬鹿なガキを見るような目を俺に向け、ヤレヤレといった感じで質問……いや、喧嘩を売ってきやがったのだ。――糸目のくせに。

 だが少しテンションの下がっていた俺には、そのふざけた態度が丁度良かった。

 このカールの言動が起爆剤となり、すぐに俺のテンションが盛り上がったのだから。


「そんなのわかってる。ミルヒとの親睦を深めるための外出だろ?」


 何を当然のことを、といった感じで俺が答えると、カールの野郎はふっと鼻で笑いやがった。


 コイツ、俺が甘やかしてるからって、最近ちょっと調子に乗ってんな。


「そのとおりです。ミルヒお嬢様は若様の婚約者として、こうして半年に一度ヴォルフガングを訪れ、若様と親睦を深めようと努力なされております。そして今回が初めてご一緒の外出だというのに、若様はそのように甲斐甲斐しいミルヒお嬢様を放って、別の馬車に乗ろうというのですか? 嘆かわしい」


 マジ何言ってんのコイツ? これがあれか、媚を売るってやつか?

 憧れのお姫様にお近づきになれたからって、ちょっと必死すぎるだろ。

 大体にして、なんでお前がミルヒの努力を語ってんの? 知った風な口をきくんじゃねーって話だよ。 

 こんな危ないロリコンは、マジでミルヒに近づけちゃいけないな。


 すまし顔のカールが、実は危険人物だと知っているのは俺だけだ。

 ならばミルヒは、この俺が守らねばならない。


 自分の中に、他者を気遣う気持ちが芽生えていることに気づき、俺は少しだけワクワクしてきた。

 今までの俺であれば、こんなことはただ面倒くさいだけだっただろう。

 しかし今、少しだけ物語の主人公になれたような気がする。


 俺は物語を読んでも、感情移入するのではなく、よくこんな面倒くさいことできるな、って感じでしかなかった。

 自分にできないことをやっている主人公すげー、憧れちゃうー、なんてことはなく、他人のためにご苦労なこったなくらいの、半ば馬鹿にした気持ちでいたのだ。

 それはいわば、自分が面倒だと思っていることを客観的に見ていただけで、私情を抜いた観測者として、ただ淡々と見ていただけも言える。


 だがどうだ、面倒くさいだけだと思っていたことに、自分から率先して首を突っ込んでみると、面倒くささの中に僅かながら面白さがあるではないか。

 これはボッチでは気づけないな、と俺は感じた。


 そんな俺は、次なる一手を放つ。


「よし、俺はミルヒとこの馬車で親睦を深めるから、カールはそこの侍女と別の馬車に乗れ」


 最上の案を思いついた俺は、嬉々として言ってやった。

 だがカールは、硬直したように動きを止めたがそれも一瞬のこと。やおら糸目を薄っすらと開き、俺を憐れむような目で見つめてくると、おもむろに口を開く。


「いいですか若様、いくら婚約者といえど、若い男女が二人きりになるなど非常識、ありえないことです。それと最初に言いましたよね、”僕は同乗する義務がある”と。別の馬車に乗るのは、同乗とは言わないのですよ」

「…………」

「この際なので言わせていただきます」


 何を? と聞き返す間もなく、カールは口を開いた。


「若様が意欲的に勉学に励んでいることは、僕も存じています。ですが、ご自分の考えが最善、最良だと思っている節を多々見受けます」

「うっ……」

「少々思慮に欠けた部分があるとご自覚いただき、もう少し熟考した上で発言された方がよろしいかと具申いたします」

「…………」


 カールの野郎、ズケズケと好き勝手言いやがって! しかも難しい言葉を使うから、ちょっと何言ってるかわからなかったぞ!


 俺が俯き歯噛みして悔しがっていると、クスクスという声が聞こえてきた。

 その声が正面から漏れ聞こえて来たことから、声の発生源はミルヒだとわかる。

 ゆっくりと顔を上げた俺が、正面に座るミルヒに視線を向けた。

 そこには、取って付けたような作り笑いではなく、本当に楽しそうに笑うミルヒがいるではないか。

 こんな表情もできるのか、なんてことを考えながらミルヒを眺めていると、やがて俺と彼女の視線が交差する。

 すると俺の口から、脊髄反射的に声が出てしまう。


「何?」


 ぶっきらぼうに声かけてしまったため、ミルヒはまずいと思ったのだろう、笑顔から一転してこわばった表情になってしまった。

 俺はすぐさま失敗に気づき、慌てて取り繕う。


「あ、いや、その……悪い。なんというか、何が面白いのかなーって、ちょっと疑問に思っただけだから……。その、ごめん」


 こういった場面での取り繕い方を知らない俺は、しどろもどろになりながら、やっとの思いで言葉を紡いだ。

 するとミルヒが、元から大きな目をさらに見開き、驚愕の表情を浮かべた。

 この表情は、昨日も何度か見た表情だ。


「えっとー……」

「…………」


 言い淀むミルヒに、俺は乾いた笑顔を貼り付け、無言で『はよ言え』と促す。


「ふぅ……。ミルヒの知らないお兄さまが垣間見れたのとお兄さまとカールハインツのやり取りが面白くつい笑ってしまいましたごめんなさい」


 緊張した面持ちのミルヒは、あからさまな深呼吸をすると意を決したのか、一気に喋り抜けると頭を下げた。


「いや、別に謝るようなことでもないし。……まああれだ、実は俺、3ヶ月前に落馬したとき、記憶が所々抜けちゃったんだよ。で、俺が落馬した馬の担当がカールで、馬を処分しないでほしいと真摯に頼んできたから、コイツは真面目で良い奴だと思って。それに3ヶ月ずっと一緒にいたから、それでまあこんな感じに……」


 文法があやふやで、変な言葉の羅列になってしまったが、俺はカールとの関係を掻い摘んで説明してみた。

 記憶に関しても便利に使うつもりだったので、この際だから伝えてみたのだが、果たしてミルヒの反応は……。


「あの~、お兄さまの雰囲気が変わられたのは、記憶が抜け落ちてしまった所為せいなのですか?」


 俺が察してほしいと思った部分を、ミルヒはピンポイントで突いてきてくれた。

 ありがたや~。


「まあ……そうなんだよね。ミルヒには悪いんだけど、君との距離感……っていうのかな、それもあやふやになっちゃってて、接し方がおかしくなってると思うんだ。ごめんな」

「い、いえ! お兄さまが謝ることではございません! むしろ、以前のお兄さまより接し易くて今の方がいいです! ……あっ、今までのお兄さまが悪いという意味ではなくて、あの~、その~……」


 なにやらミルヒがアタフタしているが、これは悪い反応ではないと思う。


「いや、気にしなくていいよ。むしろ俺の伝え方が悪かったかも。この際だから言っちゃうけど、記憶が所々抜けたというより、逆に所々残ってる程度のほぼ記憶喪失レベルなんだよね。だからまあ、別人だと思ってくれるくらいでいいから」


 調子に乗った俺は、ゴリゴリに押してみることにした。

 そもそも本当に記憶が希薄で、正直言ってミルヒのことを全然知らない。ならば、ほぼ記憶喪失状態だと知ってもらった方が、今後のやり取りも楽になると踏んだのだ。

 なにせ、物語で主人公が記憶喪失だという設定はよく見かけるうえに、有用なことが多い。これを使わないのは損であろう。


「え、あの、その~……」


 戸惑うミルヒは、『本当なの?』とでも言うような目で、カールの方を見ている。

 その視線を感じ取ったであろうカールは、心得た言わんばかりに口を開く。


「僕が若様とお会いしたのは、若様が落馬してしまった日が初めてです。ですので、以前の若様のことは噂話でしか知りませんでしたが、実際の若様は噂で聞いてた方とはまるで別人のようでした。そこから推測しますと、若様のおっしゃっていることは事実かと」

「カールハインツがそういうのであれば、きっとそうなのかもしれませんね」


 真面目な表情を崩していないカールだが、どこか誇らしげな雰囲気を漂わせている。これは危険だ。

 というか、ミルヒはカールのことを知っていそうな気が……いや、確実に知っているだろう。

 何故なら、俺はミルヒの前で”カール”という愛称でしか呼んでいないのに、彼女はロリコン野郎の本名である”カールハインツ”という名を口にしていたからだ。

 もしかすると、ミルヒはすでにロリコンの毒牙に……。


 なんだか嫌な予感がし、俺の中で何かがゾワリと蠢いた気がした。

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