第2話 二度目の転生

「…………マジかよ」


 走馬灯を逆再生されるかのように頭に流れてきたのは、現在の俺――ルドルフ・フォン・ヴォルフガングの物心がつくまでの記憶とも言えない記録の一部だ。


「これで再転生は確定、だな……」


 あまりに想像を絶する展開に、俺は夢のことなどどうでもよくなっていた。

 そんなことより、第三者視点から見せられたダイジェスト記録の殆どは、従者を甚振いたぶる場面で、ルドルフの情報はほんの僅か。ほぼ記憶喪失の状態と変わらない。


 しかし一度転生をしたことのある俺には、なんとなく現状がわかっている。

 だから早々に、ルドルフという人物で新たな生を与えられたことは受け入れた。

 それゆえに情報がほしいと思ったのだが、得られた情報がろくにない。


 そんな中で得た明確な情報は、ルドルフがヴォルフガング辺境伯家唯一の嫡子であること。

 それと、ルドルフはまだ9歳でありながら悪逆非道な碌でもない悪童であること、だ。


 さらに気づいてしまったことが一点。

 ルドルフの行動原理は、侯爵家嫡男だった頃の俺と酷似していたこと。

 それはすなわち、”ルドルフは俺そのもの”という残念な事実にほかならない。


「客観的に見ると、俺ってとんでもなく悪い奴だったんだな……」


 知りたくなかった事実に気づいて気落ちしてしまったが、今の俺にそんな余裕はない。


「この調子だと、従者たちからかなり嫌われてるんだろうな」


 前世をかんがみるに、ルドルフ――というか今の俺の周囲には、悪意や殺意を持った者が多くいるはずだ。


「この状況って、かなりまずいんじゃないか?」


 前世で両親が王位簒奪さんだつを謀るも、その情報が王家側に筒抜けだったのは、俺にしいたげられていた従者が密告したと聞かされた。

 それは、俺が従者に裏切られた証拠であると同時に、自分で起こした行動に起因する結果だ。

 ならばルドルフがどうなるかと言えば……、考えるまでもないだろう。


 俺は偉くなりたいわけでも、長生きしたいわけでもない。

 ただ生きている以上、日々を怠惰に過ごしたいだけの怠け者だ。

 そんな俺にこうして三度目の人生が与えられた。ならば、どうしてもその意味を考えてしまう。


「もしかして、俺が読んできた『善人の主人公が神様からチートを与えられてご褒美的に転生させられる物語』と違って、怠惰な俺に罰を与える意味で転生させられてる……のか?」


 少々小説脳すぎる想像だが、あながち間違っていないと思う。

 俺の転生は、読んでいた物語のように神様と直接会ったわけではない。だが、俺の人生はあまりにも出来すぎている。自然な成り行きとは考えられないほどに。


 俺としては面白みなどこれっぽっちもない二度の人生だったが、だからこそ、二度の人生が序章だったのではないか?

 創作の物語であれば、ここから主人公が活躍するストーリーが始まってもおかしくないほど、如何にもな序章じんせいだったのだから。


 だとすれば、俺が変わらなければ理不尽――と言っていいのか不明だが、悪夢のような死が何度も続く……ような気がする。

 それはまるで、同じストーリーが繰り返されるループ物のように。

 しかも実際には別の人物として転生しているため、ループよりかなりたちが悪い。

 であれば、俺は変わるしかない。負のループから抜け出すために。


「そうとわかってれば、イージーモードだった前世で頑張ったのに……」


 前世は何不自由ない侯爵家嫡男としてスタートし、何もしなかった……いや、従者を虐げて自滅した。

 せっかくのイージーモードを、自分で最悪のシナリオに作り変えていたのだ。ある意味自業自得と言えよう。

 それに引き換え今世は、暴君としての土台が出来上がってた状態でスタートさせられている。これはハードモードと言わざるを得ない。


 すべて憶測でしかないが、一度そう思ってしまうとそうとしか思えなくなってしまった。……が、とても受け入れ難いのも事実。


「さすがに苦しみ抜いて死ぬのを二回も経験しちゃうと、簡単には受け入れられないよな」


 俺は死の間際に感じた、身も心も悲鳴を上げるようなあの苦痛、あれが心の底から嫌で嫌でたまらない。


 ブルリと体が震えた俺は、死の間際に聞かされた偉そうな風体の男の言葉を不意に思い出す。


『一つだけ忠告してやる。民をないがろにする貴族に未来はない。民をおもんばり、民を守ることで、貴族は貴族として存在していられるのだ。仕えるに相応しいと思える主であれば、民は自らの意志で忠誠を誓う。貴様がすべきことは仕置ではなく、主として相応しいと認められるような努力だったわけだ』


 怠惰であることを是としていた俺は、努力が大嫌いだ。だから認められるような努力をしたいと思えない。

 だったら従者に何もしなければいいだけの話で、それこそが手っ取り早い解決方法だ。……が、状況がそうもさせてくれないだろう。


「ルドルフが従者に恨まれてるのは確定、って思っておくべきだよな」


 あの男の言っていたことがすべて正しいとは思わないが、従者を敵に回すのは得策でない、ということはなんとなく理解した。

 このままでは、俺はまた従者に裏切られる。むしろ、下手したら従者に殺される可能性まであるだろう。


『おっと、忠告も今更な話であった。貴様はこれから死ぬのだから、努力する必要などなかったな』


 そんな言葉も思い出したが、俺は忠告を活かせる場を得ている。


「活かせる場を得ているというより、無理やり人生を強要させられてる感じだけどな」


 しかも、より悪化した状況で……。


「これは神からの試練であり、神から挑まれた勝負だと思う。――なんにしても、あんな死を味わうのはもうごめんだ。俺はこの勝負に勝つしかない」


 俺は物語の主人公などではない。それでも神に、人生を強制させられている。

 受け入れ難くとも受け入れざるを得ない。ならば俺は、それに抗うまで。


「この勝負をどうすればいいか、なんとなく見当も付いてるんだけど……」


 日本人時代、侯爵家嫡男時代、どちらの人生でも俺は人を寄せ付けなかった。

 それにより、人間関係を構築しなかったことが敗因に違いない。


「きっと『人付き合いをする』ってのが正解だと思う。そして俺にはできるはず。たぶんだけど……」


 俺は人付き合いをしたことがない。

 しかしそれは、できなかったのではなく、しなかったのだ。――面倒だから。


「まあ、やってやれないことはないだろうな」


 愛読していた数々の異世界転生物の主人公は、大体がコミュ障だった。それでも、なんだかんだ上手くいっていたのだ。

 そうであれば答えは一つ。


「だったら俺も上手く行く」


 根拠とも言えない根拠から、俺には訳のわからない自信が芽生えてきた。


「ところで、勝負の決着はどうやってつくんだ? ……そういえば、二度の死はどっちも18歳の誕生日までもう少しだったな。ってことは、18歳の誕生日を迎えれば俺の勝ちってことか? いや、そうに違いない!」


 漠然ばくぜんとした目標ではあるが、俺がすべきことが見えてきた。

 要するに、敵は俺の周囲にいる者たちで、その敵を味方にして18歳の誕生日を迎えればいい。実に簡単ではないか。


「従者からの信頼を勝ち取り、18歳の誕生日を無事に迎えるまで俺は生きる!」


 俺は目標を口にすることで、神に対して宣戦布告した。


「その後はダラダラ過ごして、最後は苦しむことなく眠るように安らかに死ぬんだ。苦しまない死ってのがどんなのか、今からちょっと楽しみたぞ。――うおおぉぉー、なんかテンション上がってきたー!」


 妙にハイテンションな俺の生存戦争が、今ここに開幕した。

 チートも戦闘力もなく、周囲からの不信感と辺境伯家の嫡子という立場だけしかない俺が、安らかな死を迎えるために生きるという意味不明な戦いが。



 だが俺は気づいていない。

 運命に対して無駄に足掻いていることを。


 そして俺は知らない。

 自分が乙女ゲームのバッドエンド専用キャラ『蛮族王』であることを……。

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