第3話 本音

「……そういえば、二度の人生を合わせて約36年を生きたけど、俺ってばまともに努力したことないんだよなー。人付き合いというか会話をするのって、努力なくしてできないことだと思うんだが……。会話って何気にハードル高いし」


 神に対して勝手な挑戦状を叩きつけ、妙にハイテンションになった俺だが、少し落ち着いた途端に先行きが不安になってしまった。


「18歳になれず、17歳での死を繰り返すってことはあれじゃね、俺ってば永遠の17歳じゃね? それは違うか。……あ、永遠に18禁とは無縁ってことか? でも興味ないからそれはどーでもいーや。そもそも異世界に18禁の概念があるのかさえ不明だし」


 不安を掻き消すようにどうでもいいことを考えている俺は、相変わらずベッドの上で独りの状態だ。

 独り言を言うことで、いつもの自分を取り戻している最中である。


 そうして無為むいに時間を潰し、暫く経ってだいぶ落ち着きを取り戻した俺は、改めて現実に目を向けた。


「まずはルドルフの最低最悪な評価を、マイナスから0に戻すのが当面の目標だな。それには……って、どうすりゃいいんだよ。マジめんどくせー」


 ルドルフの断片的な記録を客観的に見せられ、俺がヴォルフガング辺境伯家唯一の嫡子、という高い地位にいると知った。

 その高い地位に反して、ルドルフという悪童の評価が絶望的に低いのもよくわかっている。

 だからこそ、悪評という負の遺産を抱えた俺は、それをどうにかする必要がある。いや、むしろどうにかしなければ俺に未来はない。


「どうにかするっていっても、まあ人間関係の構築だよな。でもこの部屋からして、すでに誰もいないし」


 俺は改めて室内を見渡す。

 広々とした室内を囲うのは、蜂蜜色の石材でできた無骨な壁。その一面には、剣や槍など武具が飾られている。

 部屋の中央には、日本人的思考で見るとアンティーク感漂うテーブルやソファーがあり、窓際には机なども置かれていて悪くない。

 だが人っ子一人いないのだ。


「とりあえずあれだ、現状がよくわかってないのに考え込んだって無駄だよな」


 物凄い面倒くさがりで、考えてもわからないことは考えずに思考を放棄する人間、それが俺だ。


「……って、それだと今までと何も変わってないよな。今まで何も考えなかった結果があんなだったんだ、今度は自分から率先して変わっていかないと」


 考えるのを放棄しかけた俺は、このままではいけないと思い、枕元にあったベルを音が出ないようにゆっくり手に取った。

 まずはひと呼吸置き、従者にどう接するか考える。

 するといくつかある扉の一つ、その先がなにやら騒がしい。


「従者がきたのか? でも、デカイ声で独り言なんて言わないよな? ってことは複数人いるんだろうな。……いきなり複数人と会話するとか、めっちゃハードル高くないか?」


 困惑した俺は咄嗟とっさに布団の中に潜り、寝た振りをしてやり過ごすことにした。

 

 ――バタンッ!


「困ります。若様はまだ目覚めていないのです」

「兄が弟の見舞いに来ただけだ、お前が困ることではあるまい」

「若様の許可なく、誰であろうと勝手にこのお部屋に入ることは許されていないのです。また私が叱責しっせきされてしまいます」


 内容的に、若様というのは俺だろう。

 そして横柄な物言いの者は、俺の兄ということか。それを俺付きの従者がなだめてる、と。

 だが記憶の中で、俺はヴォルフガング辺境伯家唯一の嫡子とあった訳だが……。


「あたくしはあの子の姉よ。姉が見舞いに来て喜ばない弟などいませんわ」

「ですが若様からは、誰であろうと勝手に入れてはならぬと――」

「うるさい! その部屋主が目を覚まさぬのだ、許可が出るはずもなかろう。お前に咎のないように僕がしておく、ガタガタ言うな」

「そうよ。姉であるあたくしと兄であるモーリッツが見舞いに来たのよ。そこはどうにでもなるわ」


 どうやら姉という人物もいるようだ。

 そもそも姉弟の記録というか記憶もないとか、ルドルフの頭はポンコツすぎる。


「それとも、弟は既に死んでいて、お前たちがその死を隠しているのか?」

「め、滅相もございません! 本日も生存確認は行なっており、残念ながらまだ生きているのを確認済みでござます!」


 おい従者、漏れちゃいけねー本音がダダ漏れしてんぞ!

 何だ『残念ながら』って? 自分の主が生きてるのをなぜ残念がってんだよ!

 ……ああ、あれか、すでにそこまで嫌われているってか。

 俺の現状って、思ったよりヤバいんじゃねーの?


「とにかく、貴方が叱責されないよう、あたくしが取り計らいます。貴方は出て行きなさい。これは命令です」

「…………かしこまりました」


 必死に抵抗していた従者も、どうやらこの二人には逆らえなかったらしく、結局は下がっていった。


「こいつがルドルフか。噂通りぶくぶく太った醜い奴だ」

「ほんと、武を誇るヴォルフガング家に相応しくない醜さね」


 大きなお世話だ。

 それより、この反応は俺を初めてみたように感じるが?


「でも見た目が噂通りで、従者に嫌われているのも本当のようね。それなら、この豚が継嗣けいしになる心配はなさそうだわ」

「そうとは言えない。実際には誰も継嗣に指名されてないんだ、まだわからない」


 継嗣? なんだそれ?


「まったく、せっかく落馬したのだから、そのまま死んでしまえば良かったのに」

「姉貴の言うとおりだな」

「確かこの豚が落馬して、今日で一週間だったかしら?」

「そうだな」


 なるほど。

 俺が目覚めて上半身を起こした際、背中がズキリと痛んだのは落馬が原因なのだろう。

 さらにいうと、体全体がギシギシするような感覚もある。

 俺が意識を失ってから一週間が経過しているのであれば、ギシギシ感は寝たきりだったのが原因に違いない。


 それはそうと、死んでしまえば良かったとか、さらっと言うことじゃねーよな。


「なあ姉貴、ここは手を組まないか?」

「どういうこと?」

「今ここで、この豚を殺すんだよ」

「…………」

「なんだかんだ言ったって、こいつが継嗣になる可能性は高いんだ。だったらここで、息の根を止めておいた方が良いだろ?」

「そうね、一理あるわね」


 ないわ!

 え、なに? 姉と兄は俺を殺したいくらい恨んでるの? 初対面っぽい感じだったのに? 俺はこの姉弟に何をしたの? マジなんなの?

 どうすればいいのこれ?


 突然穏やかでないことを言われ、俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。


「そもそもあの石女うまずめが、この豚を産まなければっ!」


 石女? 誰が?

 

「そんなこと今更言っても仕方ないわ。それよりこの醜い豚は、魔術も魔闘気まとうきも使えないくせに、魔力だけはバカみたいにあるのでしょ?」

「なんでも生まれ持ったオドの量が尋常じゃないらしいな。しかも、自分で魔力が錬成できないのに無意識下で魔力を錬成してるって噂だ。コイツの母であるあの石女の病気と同じ類らしい」


 魔術はわかるが、魔闘気というのは知らない。オドも初めて聞いた言葉だ。

 それに石女ってのは、俺の母親のことだったか。

 全然記憶に残ってなくても、自分の母親を悪く言われるのは、なんというかあまり気分のいいものじゃないな。猛烈に腹立たしいわけでもないけど。

 そもそも俺を産んでる時点で、石女ってのは間違ってるだろ。


「だがこの豚は、石女と違って生命の源であるオドが、全然減ってる様子がないとかなんとか」

「そんな人間を簡単に殺せるの?」


 俺が欠陥品らしいことはなんとなく察した。そんなことより――


 マジで俺を殺す気か?!


 あどけない少女の声ながら、出てきたのは『殺せるの』などという物騒な言葉だ。

 俺は背中がゾクリとする感覚を覚えた。


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