第46話 禁止

「いい、ルドルフくん。心を落ち着かせて、ゆぅ~っくり、かるぅ~く、だよ」

「大丈夫だって。俺だってそこまでバカじゃないから」

「バカみたいなことを仕出かすから、こうして注意してるんでしょ」

「まぁ、そうだけど……」


 俺は今、遠巻きに護衛を控えさせ、命綱を装着した状態で、大穴の前にヘクセとふたりで立っている。

 なぜこんな状況になっているのかといえば、遂に俺も魔術が使えるようになり、その訓練をこれから行うからだ。


「もう一度言うわよ。指先から水滴がしたたるようなイメージでいいからね」

「了解」

「じゃあ、始めて」


 ヘクセから開始の指示が与えられ、俺は『生活基礎魔術』の一つ、”給水”の呪文を唱える。

 魔術発動準備が整えば、後は大穴に向けられた右手の人差し指から、ポタリと水滴が垂れるのを待つのみ……だったのだが、ドゴンっと言う爆破音のような轟音と共に、俺の指から荒れ狂う運河の如き大量の水が放出され、それなりに深く広かった大穴からあっという間に水で満たされてしまった。


「ちょっ! ルドルフくん止めて止めて!!」


 遠くにいる護衛たちに命綱を引っ張られながら、ヘクセが拡声魔術(?)を使って大声で俺に停止を呼び掛けてきた。


「と、止まらないんだけど!」


 眼前の惨状に戸惑い、俺としてもどうにかしたいのだが、如何せんどうにもならない。

 そして、衰えることなくなおも続く大量放水で、大穴を満たしていた水は遂に溢れ出てしまう。


「チッ! 仕方ない」


 拡声状態のヘクセからそんな声が聞こえたかと思うと、頭に強い衝撃を受けた俺は、即座に意識を失ってしまった。




「……――うっ、頭が……」

「お目覚めになりましたか?」

「なんで、俺……」

「若様がまた・・訓練で暴走してしまったのです。それをヘクセさんが強引に気絶させてお止めになり、お部屋に運ばれたのですが」


 カールはすっかり見慣れたヤレヤレ顔でそう説明した。


「ヘクセはどうしてる?」

「毎度の如く、頭を抱えております。どうして術式の制御を超えて、あんなデタラメな現象が起こるのか、と」

「マジか……」


 その報告を聞いて、俺も頭を抱えたくなってしまった。




 さて、母と父を短期間で喪った俺は、取り巻く状況が変わりつつあった。

 自分ではよくわからないが、それにより心境の変化もあったようで、2年間何の進展もなかった魔力巡りで、ようやく自身の魔力を感じることができるようになったのだ。


 魔力を自覚できるようになってからは、ひたすら魔力操作をヘクセに教え込まれたのだが、『魔力がわかる』が即座に『魔力操作ができる』にはならず、いたずらに時間だけが過ぎた。


 そもそも、過去に”無自覚魔力生成症”の者が自身の魔力を感知し、操作できたことがないのだ。

 ゆえに、俺が自身の魔力を感知できるようになったこと自体が史上初の出来事であるため、そこから魔力操作ができるようになるための指導書やマニュアルは存在しない。

 結果として、手探りで良い方法を探す他なかった。


 しかし、何もアテがないわけではない。

 魔術師が幼い頃、始めて魔力の錬成をなし、魔力操作の練度を上げるために行う方法がある。

 それが『生活基礎魔術』だ。


 『生活基礎魔術』は名称のとおり、生活に基づいた便利な魔術である。

・火属性:着火

 ちょとした物に火を点ける程度の火を生み出せる。

・水属性:給水

 僅かであるが水を生み出せる。

・風属性:微風そよかぜ

 テーブルの上の埃を吹き飛ばせる程度の風を生み出せる。

・土属性:覆土ふくど

 外出先などでした便を覆い隠せる程度の土を生み出せる。


 他にも数種類あるが、無から有を生むような現象――厳密にはオドとマナを練り合わせてできた魔力からの物質変換――の簡単でありながら重要な魔術から、魔力操作を行うのが主流だという。


 そこで、子どもでも唱えられる初期中の初期の呪文をヘクセに教えられた俺は、まずは着火の魔術を試した。

 ヘクセとしては危険はないと思っていたようだが、念の為にと屋外のだだっ広い場所で行ったわけだが……これが見事に正解だった。


 本来ならライターやマッチで点けた程度の火が、ポワッと可愛らしく出る程度の魔術のはずが、人間を複数人包み込んで焼き上げてしまいそうな大火が発生してしまったのだ。

 しかも、俺の眼前に現れるはずの火が、なぜか俺の背後で。


 このときは、ヘクセの急速な対応で事なきを得たが、火属性の使用は魔力操作が身に付くまで禁止と言い渡されてしまった。


 その後に風属性を試してみたら、目の前が何もない野原だったにも拘わらず、側面にあった林の木が大量に伐採されてしまう。

 当然、使用禁止になった。


 次に土属性だが、覆土で生き埋めになる可能性を危惧したヘクセにより、魔力から土を生み出すのではなく、現存している土に手を加える魔術の”掘削くっさく”を練習することを選択。

 そして、目の前の土を掘り返したはずが、俺の前後左右が無造作に掘り進められてしまい、掘り出された土はあらぬ場所で山を作っていたのだ。

 そうしてできたのが、俺とヘクセのいる場所だけが残された貯水池にもなりそうな大穴だった。

 これも当然禁止。


 そして最期に水属性だが、最悪の場合、『大穴を貯水池にしてしまえばいい』というヘクセの諦めたような発言により、俺の訓練が行われたわけだ。

 結果はご存知のとおり、貯水池に収まりきれないほどの水を生み出し、周囲を水浸しにしたのであった。



「若様の魔力量が尋常ではないと聞いておりましたが、操作ができない以上使わない方が良いと思います」

「でもほら、操作ができるようになれば有用だと思わない?」

「操作ができるまでに、どれだけの被害を出すおつもりで?」


 実は俺が訓練をした結果、かなりの負傷者を出している。

 死者が出ていないのは、ヘクセが未然に防いでいたからだ。

 もし俺が、ヘクセの目を盗んでこっそり自主練などしようものなら、確実に死者が出てしまうだろう。


「でもあれだ、俺の魔術にかなり殺傷力があるのは確かだよな」

「それはそうでしょう。殺傷力など皆無の『生活基礎魔術』で、大量虐殺しそうになるほどですからね」

「……だ、だからさ、ちゃんと操作できるようになるまで、魔術は使わないようにするよ。もしかしたら一生操作できない可能性もあるけど……。けどさ、もし今後も使えないとしても、俺の切り札的な感じで『ルドルフに魔術を使わせたらヤバい』って噂を広めるってのはどうかな?」


 叔父から政治力のある領主という道を示唆されたが、この地方は武力信仰が強い地だ。弱い俺が頂点に立つのは容易ではない。

 それならば、たとえ使わなくても、俺にも武力があると思わせるのは武器になると思う。

 実際に思い通りに使えるようになれば、それが手っ取り早くて良いのだが、俺自身も自分の魔術で死にそうになったため、正直かなり怖い。

 俺の死亡フラグは、俺自身の手により成就じょうじゅするのでは、と本気で思うほどに。


「若様は元々、『ヤバい人物』と思われていたのですよ。それが”悪魔落とし”の信憑性も広まって、ようやく若様を好意的に見る者が増えてきたというのに。ですがそれも、マイナスが0になっただけで、プラスになったわけではないのですよ。理解していますか?」

「わかってるさ。だからこそ、今度はプラスにするための材料にするんだよ」


 俺の考えた『ルドルフイメージアップ作戦』は、”悪魔落とし”の噂も加わって少しずつ最適化され、自分で言うのもなんだが割りと評判は良くなっている。

 しかし、領主に相応しい人物だとは思われていない。

 その理由は簡単。


 俺が弱いから。


 だから俺は、今後は使えない魔術であっても、強さアピールのネタくらいにはなると思っているのだが……。


「死者こそ出していませんが、かなりの負傷者を出してますよね?」

「不幸中の幸いだな」

「……お気楽ですね」

「その目で俺を見るな」


 糸目のカールは、俺をバカにした目で見る際、普通の人とは違って目を細めるのではなく、薄っすらと開く。

 そしてその目で見られるのが、俺は大嫌いなのだ。


「いいですか。若様を護衛する者が、若様の魔術によって莫大な被害を受けているのです。いくら大火力の魔術であろうと、敵も味方も関係なく大損害を与える若様を、いったい誰が支持するんですか?」

「うっ……」

「護衛する者は軍の者です。その者たちからすれば明日は我が身、次の被害は自分が受ける。そんな恐怖を抱えながら、若様に仕えたいと思うでしょうか? しかもその噂は、間違いなく軍全体に広まるでしょう。そして噂を聞いた普通の思考を持つ者であれば、若様ではなくグレータ様かモーリッツ様を支持すると思いますけどね」

「…………」


 ぐうの音も出なかった。

 だがやっと手に入れた”強さ”という切り札だ、使わずに温存するわけにはいかない。


「あれは俺の護衛がたるんでいないか試しただけだ。わざと護衛に被害が出るようにした。真剣に取り組んでいる者であれば、誰一人怪我などしなかったんだ。だから俺は安全だぞ」

「それ本気で言ってます?」

「……本気だ……よ?」

「…………」


 だからその目で俺を見るなー!


「この件に関しましては、若様が勝手にお決めするのではなく、ヘクセさんにご相談なさってください。以前より独断で決定や行動をすることが減ったとはいえ、若様はたまにやらかすことがあるんです。わかりましたね?」

「はい……」


 俺の専属執事見習いから、正式な専属執事に格上げされたカールは、周囲から俺以上に信頼されている。

 俺が黒と言っても、カールが白と言えば白になってしまう。ややもすれば、カールの言葉が俺の言葉になってしまうくらいに……。


 だがカールは、嘘をついて俺をおとしいれるようなことはしない。

 だからこそ、俺はカールを信頼しているし、遠ざけようともしない。

 でも生真面目さを少しだけ緩めて、もうちょっとだけ優しくしてほしいとは思う。

 そんなことを考えていると――


「ようやくベルティルデ様が落ち着くようで、明日の午前は若様のお部屋にいらっしゃるとのことです」

「そうなんだ」


 父の葬儀は滞りなく終わったが、その前後からベルは多忙を極めていたため、ゆっくり話しをすることもできていなかったのだ。


「ベルティルデ様は随分とお疲れのご様子でしたので、若様がしっかり癒やしてあげるべきですね」


 当日にならないと俺に予定を伝えないカールが、珍しく事前に予定を知らせてきたということは、ベルを癒やす準備をしておけ、というある意味警告なのだろう。

 俺もカールの考えがなんとなくわかってきているのだ。

 だが――


「俺にベルを癒やすすべはないぞ」

「ベルティルデ様は若様とゆっくりお寛ぎになれれば、それだけで癒やされるのです」


 お前にベルの何がわかるんだ、と言ってやりたいところだが、ここは素直に従っておく。


「まあ、ベルと話すのは久しぶりだし、俺も楽しみにしておくよ」


 ベルとは話し合わなければならないことが多々ある。

 だが彼女に時間的余裕ができたのであれば、面倒な話はまた後日でいい。

 ならば明日は、久しぶりにゆっくりとした怠惰な時間を楽しもう。


 そんなことを頭の中で取り決めていると、お早めにお休みください、と言ってカールが退出していく。

 俺はなんとなく、カールの後頭部で揺れる亜麻色のポニーテールを目で追う。

 そして、ガチャリとドアが閉まってひとりになると、俺の体から一気に気が抜けていく。

 日中に魔術を暴発させた影響だろうか、目をつぶると思考を巡らすことなく、俺は眠りに落ちてしまった。

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