第47話 甘い
「ヘクセから聞いてると思うから、単刀直入に聞くよ。――叔父上は俺の敵か?」
久しぶりにベルとふたりっきりで話す機会を得た俺は、軽く挨拶を済ませると、対面のソファーに腰を下ろしたベルに、いきなり本題を切り出した。
「ホラーツ様は難しい方なのよ」
想定内であろう質問をしたはずなのだが、ベルはいつもシュッとしている
見た目こそまだ若々しいベルだが、言ってしまえば三十路間近のオバサンだ。
しかし、年齢に見合わない若さと大人の女性が醸し出す妖艶さを兼ね揃えているため、その仕草に思わずぐっとくる。
最近はベルに会えなかったから、あの肉の間に挟まれてないんだよなー。
カールはベルを癒やしてやれなんて言ってたけど、俺の方こそあそこに挟まれて癒やされたいよ。
……って、いかんいかん。人付き合いをするようになってから、考え方が俗物的になってきてるな。
ベルの寄せられた双丘に思わず目が行ってしまった俺は、自分がおかしな思考に向かっていることに気づき、意識を現実に戻した。
「難しいって、どういう意味で難しいの?」
今は真面目な話しをしなくちゃ。
「う~ん、敵とか味方という
「どーゆーこと?」
意味がわからない俺に、ベルは少し考えてから口を開く。
叔父ホラーツは自分を
そんな、感情を曝け出さない堅物の叔父が、唯一漏らしてしまった欲望は、『自分の婚約者はハイダではなくヴァイータが良かった』と零したことだと言う。
だが今回、この話は置いておく。
とにかくホラーツは、ヴォルフガングに誇りを持っており、何よりもヴォルフガングの発展を願っている。
兄イゴールが戦場を先頭で駆け回るのであれば、自分はその後ろを追走するのではなく、家宰として別方面からヴォルフガングを支えると即断即決し、簡単に軍服を脱いでしまうほどに。
一方で気分屋のイゴールは、感情の浮き沈みが戦場で現れてしまうが、ホラーツは常に冷静沈着で、イゴールのミスも裏で迅速に解決してしまう。
そのようなことから、ホラーツは兄イゴールに心酔している、兄のためなら身を粉にして働く、などとと言う者も多くいる。
だが、実はそうではない。
ホラーツとしては、単純にヴォルフガングが良くなるように考えて行動した結果が、イゴールを助けるような形になっているだけに過ぎないのだ。
そういった人間性から鑑みるに、俺をミュンドゥングの代官に指名したのは、ヴォルフガングの未来を見据えてのことだと思われる。
しかし、グレータやモーリッツを継嗣にすることを念頭に置いていて、俺を所払いにする、という案が本命の可能性もある。
どちらにしても、それはホラーツがヴォルフガングの未来を考えた上で、俺のミュンドゥング行きを指示したはず。
ゆえに、ホラーツはヴォルフガングにとっての最善を選択しているだけで、それが俺にとっての最善かどうかは不明、というのがベルの言い分だった。
「それなら、俺がヴォルフガング家の役に立つと証明すれば、叔父上は俺の後押しをしてくれる、ってこと?」
「頭の切れる方だから、何を考えているかわからないのよ。でもね、誰を跡目に考えて行動しているか不明であっても、単にルドルフをミュンドゥングに所払するとは思えないの。仮にルドルフ以外の者を跡目にしようと考えていても、それ以上の有用性をルドルフに見い出せば、貴方の言うとおり後押ししてくれるかもしれないわね」
となると、敵か味方かで考えるのではなく、俺が如何に使えるかを知らしめることを考える、ってのが正解か?
でもまあ、敵か味方かを気にしながら行動するより、俺が役に立つと証明するために行動するって方が、行動指針としては明確で動き易いよな。
「それともう一点」
「何について?」
「ホラーツ様が領主代理をなさる件よ」
「ああ」
それなら、父の子が未成年ばかりで正式に領主となれる年齢に誰も達していない、というのが理由だと思うも、叔父自身が跡目を狙っている線もある。
「成人がいないというのも理由だけれど、ホラーツ様が領主を狙っている可能性も否定できない……」
やはり。
「……なんて心配をしてるでしょ?」
あっ、見抜かれてる。
「その可能性は引い低いでしょうね」
「そうなの?」
「ええ。それより、周囲に対する牽制の方が理由として大きいはずよ」
「牽制?」
「そう。ヴォルフスルーデル地方は、中央から蛮族などと
ヴォルフスルーデル地方が貧しくないことは知っていたが、王国最大規模の経済力というのは知らなかった。
「だからね、口ではやれ野蛮だの蛮族だの卑下していても、内心では隙あらばこの地を……、なんて思っている者が、中央貴族には多いはずなの」
「へー」
「そして今、ヴォルフガング家だけではなく、ヴォルフスルーデル地方を含めたこの地域全体に最大の隙ができている、というのはルドルフにもわかるでしょ?」
「それは、まあ」
領主が急逝し、跡を継ぐ者が決まっていないのだ、まさに隙だらけと言えよう。
「そこで、領主の弟であるホラーツ様の出番なのよ」
「どうして?」
「この地は何より強さが持て
本来なら叔父も十分に強いのだが、父が強すぎた所為で霞んで見え、不当に低く見られているのだとベルは付け加える。
「けれど、王国への納税を安定させ、むしろ以前より多くの税を収めるまでに至ったホラーツ様の政治手腕は、中央でかなり評価されているの」
「マジで?!」
執事長ローレイはそこまで知らなかったのだろう、叔父の評価が中央でも評価されている事実を初めて知った。
「だからね、ホラーツ様が表立って指揮を執ることで、『領主亡き後もヴォルフガングは安泰だ、余所者は手を出すな!』という牽制になるの」
「そこまで考えてのことなのかな?」
「ホラーツ様って多くを語らない方なの。だからこの考えは私とヘクセの推測なのだけれど、そういった面が強くあるという結論に至ったの。だって、ヴォルフガングを守るためには、ホラーツ様が矢面に立つのが最善手ですもの」
叔父の野心どうこうを抜きにして、ヴォルフガングを余所者に好き勝手させないようにするには、たしかにそれは良案だと思う。
ならば、叔父が表立った活動をしている間に、俺は叔父から跡を任せられる人物だと思ってもらえるよう、代官として結果を出すことに専念すべきだ。
「とりあえず行動指針の目処は立ったよ。――それはそれとして、ヴァイータを正妻にしたことはどう思う? それもやっぱり、ヴォルフガング家の未来を見据えてのこと?」
この件については、是非ともベルの見解を聞いておきたかった。
「そうでしょうね。その決定が当主存命時に行われていたのだから、当主の急逝で咄嗟に行なった処理ではないもの。きっと姉様が亡くなる前から考えていたことだと思うわ」
そうだとすれば、母の死に歓喜していたヴァイータより、叔父の方が母の死を待っていたのかもしれない。
叔父がヴォルフガングを大事に思っていることは、俺もそれなりに理解したつもりでいる。
だがしかし、それはそれであって、感情的にはムカつく。……が、ヴォルフガングという絶対的な組織を維持していくためには、そういった感情を押し殺して物事を考える必要があるのだろう。
だから叔父の考えや行動に、俺も感情を押し殺して納得するしかない。本心では納得したくなくとも。
母の死を願っていたかもしれない叔父のことを、感情を押し殺して納得しようとする俺の考えは、もしかしたら逃げる行為かもしれない。
結局のところ、俺は自分に甘いのだ。甘いから、両親の死から目を逸らそうとしているに過ぎない。
俺は自分のことを、心の強い人間だと思ってたのに、存外弱かったんだな……。
「あまり深く考えなくてもいいわ」
考え込む俺を見て、ベルは明るく声をかけてきた。
その一言が、俺の心を優しく包んでくれる。
だが俺は――
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