第48話 甘え
「別に考え込んでないよ」
ベルの優しい言葉に対し、俺の口から思ってもいない言葉が飛び出した。
自分でもなぜだかよくわからないが、反射的に強がったり反論してしまうことが、少なくない頻度である。今もそのパターンだ。
まあ、単に俺の性格が捻じくれてるだけなのかもしれないけど……。
「…………」
「…………」
それにしても、ベルが呆気に取られた表情のまま、この場に沈黙が漂っていることが気まずい。
考え込んでしまう俺に対して、ベルはわざわざ気を遣ってくれたのだろうが、気を遣われた方の俺が無残にもその空気をぶち壊してししまったのだから……。
そんな空気に耐えきれなくなった俺は、聞かないでおいたことを思わず口にしてしまう。
「……ベルはさぁ、母上のためにも俺に次期領主になってもらいたいんでしょ?」
俺は俺自身が存命するために、次期領主の座が必要だ。
そしてベルは、マレーネという俺を生んだ存在がとても立派な人物であったと証明するために、俺が次期領主になることを望んでいる。
考え方は違えど、目指す道は同じだ。――少しばかり寂しさを感じてしまうが。
「以前に言ったと思うけれど、それは動機の一つ……いいえ、きっかけかもしれないわ。でもそれ以上に、ルドルフの今後を考えると、貴方は領主になるしか道はないのよ。もしルドルフが領主になれず、別の誰かが領主になってルドルフに戦場へ出るよう命令した場合、貴方が戦場でどんな使われ方をしても、きっとホラーツ様は何も言わないでしょうね。家宰としてのホラーツ様は、戦場のことに口出しをしない人だもの」
「…………」
「だからルドルフは、使われるのではなく使う立場にならなければいけないの」
「…………」
俺はまた考え込んでしまう。
人を使う立場とは、人を利用するということだ。
母の死を利用した叔父やヴァイータを憎らしく思ってるくせに、俺は自分が生きるために人を利用していく。それは酷く矛盾したことだ。
だが、そうしないと俺は生きていけない。ずるい生き方だとわかっているのに。
だったら、俺が生きることを諦めれば済むのか?
もしかしたら、それが一番簡単なうえに正解なのかもしれない。
しかし、今度死ぬことになったら、今以上の悪条件で再転生させられるだろう。
それ以前に、俺はどんな
凍えるよな極寒の水中、動かない体、近いのに届かない水面、そんな状況で無力感を味わいながら死ぬのはもう嫌だ。
鉄柱に体を括り付けられ、業火に炙られ、肺は煙に焼かれ、自分の体から発する肉の焦げた匂いを嗅ぎ、身動きの取れない体で絶望感を抱きながら死を待つ苦しみなど、もう二度と味わいたくない。
だが次は、そんな死に方さえも生温く感じるような、もっと酷ったらしい殺され方になるだろう。
そんなのは嫌だ。
「ルドルフ?」
「…………」
「ルドルフ、どうしたの?」
「……され…………ない……」
「え?」
「殺され、たく、ない……」
「大丈夫よルドルフ!」
気が動転してしまった俺は、そのまま意識を失っていた。
「…………んぁ、柔ら、かい……」
「ん? 起きたのね」
「……むにむに。……あれ? 俺、なんで……って、ベル!?」
側頭部に柔らかさを感じながら目覚めると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
俺は横目で声のした方へ視線を向けると、いつもは強さを感じさせるキリッとした切れ長の目が、少し弱々しくなったベルがいる。
しかし、俺の意識が戻ったからだろうか、ベルの碧眼は安堵感を
だが現状を把握していない俺は、ただただ混乱する。
「ルドルフは子どものくせに、妙に大人っぽいところがあるけれど、やっぱりまだまだ子どもなのね。甘えん坊さん。――でも、この手つきは必要以上に大人びてるわ、っね」
「いてっ! 何する……あっ、すみません」
ペシッと手を払われ、少しばかりムッとしたが、叩かれた俺の手がベルの胸部装甲を攻撃していたのだとわかり、俺は素直に謝罪した。
「ところで……」
「何かしら?」
「どうして俺は、ベルに膝枕されてるの?」
「それはルドルフが急におかしなことを言い出して、床に崩れて気絶してしまったから、私がそのまま膝枕したのよ」
何で俺は気絶したんだ、と記憶を遡れば、すぐにその原因に思い至った。
「ベル。……お、俺は――」
「無理にあれこれ考えなくていいの。ルドルフは考え込む悪い癖があるから、私は貴方のことが心配で仕方ないの」
「…………」
「でも安心して。ルドルフのことは私が守るから」
「でも……」
「でもじゃないの。貴方はこれから、もっと考えなければいけないことが沢山あるの。小さなことに囚われて、必要以上に悩んでる暇なんてないのよ」
一見すると、冷たく突き放すような言葉に思えるけれど、無駄に考え込んでしまう俺が何も考えなくていいように、こうして突き放すような言い方をしているのだろう。
だってベルは、いつだって俺を優しく包み込んでくれる
だから俺は、未だお説教の止まらないベルの声を聞き流しながら、クルリと体を反転させ、ベルの腹に顔を
「ちょっ! こらルドルフ! どうして急に抱きついてくるのよ!?」
「だって、ベルが俺を守ってくれるんでしょ?」
ベルの腹に埋めた俺は、質問に対し篭もった声で質問を返した。
「そうだけれど、そうじゃなくて……」
「大丈夫、今だけだから」
「え?」
「俺はバカで弱くて何もできないけど、絶対に強くなる」
そこでひと呼吸置いて、俺は決意とも言える言葉を吐く。
「”狂狼”と呼ばれた父上のような強さは、残念だけど俺にはない。でも違う強さなら、きっと身につけられると思う。そしていずれは、ベルも含めてこの地の者を俺が守る。――だから俺がベルに守られるのは、今だけだから。これからは俺がベルを守れるくらい強くなるよ。絶対に」
「ルドルフ……」
「だから今だけは、このまま甘えさせて……」
俺の言葉はただの強がりだ。
しかも、俺が生き延びるために保身に走った言葉で、上辺だけカッコつけた綺麗事でしかない。
だって俺は、領主という絶対的権力を持たなければ生きていけない。
でも俺は、親父のような圧倒的な力で民を惹きつけることはできない。
だからこそ、領主となって武力以外の力を民に見せつけ、皆から尊敬を集めなければならない。
それはかなり難しいだろう。
でも俺は、強さというのが武力だけではないということを、これから必ず証明してみせる。
叔父がその道筋を作ると言っていたが、それが信用に値するかわからない以上、自力でどうにかするしかない。
どうにもできなければ、俺を待っているのは地獄なのだから……。
いかんいかん、もっと肩の力を抜いて、気楽な感じで前向きにならないと。
まずは大前提として、次期領主に任命されなくちゃいけないんだけど……それはこれから考えよう。
ちょっとカッコつけた台詞を吐いちゃったけど、それはそれって感じで、ベルに相談しないとだな。
「ねえベル、明日からは代官に必要な知識を教えてね」
「あら、ホラーツ様に反発するのではなく、ホラーツ様の言葉に従うの?」
腰に抱きつく俺がチロッと上目で覗えば、ベルは少しだけはにかんで
だから俺は、もう一度ベルの腹に顔を埋め、少しだけ恥ずかしいことを言う。
「だって叔父上は、領主代理で今のヴォルフガングの最高権力者でしょ? その人からの命令なら、それに従うしかないじゃん。それに、ミュンドゥングは母上も父上も愛した地でしょ? だったらなおさら、俺が治めるのに相応しい……いや、俺以外には治められない地だと思う」
俺に何ができるかわからない。耳障りの良い上辺だけの言葉かもしれない。
それでも俺は、こうして誰かに言葉で伝えなければ、きっといつか心が折れてしまう。
今はまだ、真実を誰かに伝えるのは無理だけど、ベルなら俺の心が折れる前になんとかしてくれる。……と思う。
もし拒絶された場合に、今だと俺の心が
だから今は言えない。
でも、もう少し俺の心が強くなって余裕ができたら、そのときはベルに真実を伝えてみるのもいいかな。
誰かに本心を伝えるとか、誰かを頼るとか、面倒だと思ってたけど悪くはない気がする。……いや、むしろいいと思う。
以前の俺なら、誰かを頼るなんてできなかった。
そもそも他者との距離を置いていて、頼るなんて発想自体が思い浮かばなかっただろう。
でも今は違うんだよな。
頼れるベルやヘクセ、そして他の人たちがいるんだ。
だから今の俺は、もうボッチじゃない!
こうして決意を新たにした俺は、ベルやヘクセから色々学びつつ準備を整え、冬の気配が濃くなった年末にミュンドゥングへと向かった。
この世界で覚醒して、初めて任命された”代官”という役割を全うするために。
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あとがき
ここで一度更新を停止します
と言うのも、今後の大まかな展開はできているのですが、合間合間のエピソードが上手く作れず、執筆が進んでいません
なので、場面が別の地へ移動するこのタイミングで停止することにしました
再開は今月中にしたいと思っていますが、予定は未定です
続きが気になるという方は、再開をお待ち下さい
ここからは、愚痴のような私の心情ですので、興味のない方は読み飛ばしてください
物語の展開速度が遅く、あまりウケないのは承知していたのですが、それでも思っていた以上に数字が出ないので、正直へこんでいます
ですが、自分なりに設定などかなり練り込んだ作品のため、できるだけ形にしたいと思っている次第です
序盤でウケない作品を長く続けるのは得策ではないと理解していますが、どうにも諦めきれないのです
この作品は、現時点までが起承転結の起みたいなもので、ほとんど進んでいません
構成の時点では、もっと早い展開を想定していたのですが、いざ書いたら長ったらしくなってしまい、改稿までして短くしてもご覧の有様です
ただ私自身、昨今流行りのウケる要素を序盤に詰め込み、序盤が面白だけにすぐにピークが過ぎてダラダラしていって興味を持てなくなる作品より、何気ない日常が描かれているだけなようでゆっくり物語が進んでいく作品が好きなため、どうしても展開の早い作品が書けません
(そもそも最初から面白い展開を書けるなら、こんなことにはなっていないでしょうけど……)
『読めば面白い』ではなく『最初から面白い』作品でなければ意味がないことは理解しています
ましてや、私の作品は『読めば面白い』になっているかすら怪しいですが、自分ではここから面白くなる要素があると思っています
改稿をした当初、なろうで低評価連打を喰らってモチベがダダ下がりましたが、最近になってまた低評価連打を喰らっています
ですが今は、『他人を見下すことで自分の優位性を示したい、評論家気分で書き手を見下しているネット弁慶の可愛そうな人が、「評価を下せる俺SUGEEE」気分を味わっているだけだ』と思うようにして、自分の心を慰めるようにしているため、あまりダメージを負わなくなりました
ただ評価基準にはなると思うので、なるべく客観的に見るようにはしています
(受け入れたくはありませんが)
正直言えば、無言で低い数字を入れるのではなく、感想欄などで問題点を伝えてもらいたいですし、何なら『つまんねー』と言って最高評価点をつけて去っていってほしいです
ハッキリ言って、低評価をつける人は氏ねと本気で思っていますし、そんな評論家気取りの人によって心を痛めている書き手は多くいると思っています
まあ実際、心を抉られるような感想をもらうようになれば、それはそれで傷つくのでしょうが、私はその段に達していないので、今はなんとでも言えますが……
とりあえず心情を吐露してみました
最期に、私はTwitterをほぼ利用していませんが、今作ではほぼではなく一切利用していません
第1話の投稿時にも、「よろしくお願いします」なども書きませんでしたし、「評価よろしくお願いします」などのクレクレ行為もしませんでした
でも今回、ちょっとお願いしてみます
高評価クレ!
あまり読まれていない作品の最後にこんなことを書いても、きっと効果はないでしょう
ですが、もしかしたら数字が上がって私のモチベも上がり、良いアイデアが浮かび、再開が早まるもしれません
よろしくお願いします
豆腐メンタルの雨露霜雪でした
辺境伯家の豚嫡子に転生したら周囲が敵だらけだった ~乙女ゲームのバッドエンド専用キャラ『蛮族王』に転生した事を俺は知らない~ 雨露霜雪 @ametsuyushimoyuki
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