第13話 ロリコン
「僕も去年、馬のお供でヴォルフガング領に来たホルシュタイン出身者なんです。ホルシュタイン伯爵家の経営する牧場で働いていたので、遠目ながら姫様をお見かけしたこともあるんですよ」
俺が気を引き締めていると、カールは元からの糸目をへにゃりとさせ、随分とだらしない表情を見せた。――さっきからしれっとミルヒを姫様呼びしてやがるし。
初対面時のカールを思い出す。
俺が落馬した馬を処分しないでくれ、そう懇願してきた際、彼は物凄く目を見開いていた。
そのときから、カールは自分かわいさにお願いするのではなく、本心で馬を助けたいと思っている正真正銘の善人であったと思う。
だがそれはどうでもいい。カールが実は糸目だったのもどうでもいい。
そんなことより、コイツはロリコンという人種なのではないか、そんな疑念が頭を
一見15歳前後に見えるカールだが、実際には20歳だという。
そんな男が、8歳のミルヒを思い出してへらへらしている。いや、元から優し気な雰囲気を纏った彼は、いつもどおりの表情なのだろう。
だが、今の俺にはそう見えない。
元日本人の俺からすると、干支が一周する一回りの年齢差、つまり12歳差は完全にアウトだ。
そう考えると、カールの糸目が良からぬ目をしているように思えてならない。
ミルヒとの婚約はいずれ破棄する予定だが、彼女に残念な目にあってほしいとは思わない。俺に被虐趣味はないのだから。
なるべくならカールをミルヒに近づけたくないが、それを理由に俺がミルヒと顔を合わせない、と言う選択は許されないだろう。
かといって、俺の専属をカール以外の者に任せる気にはならない。
にっちもさっちもいかないのが現状だ。
ボッチ体質の俺に、なかなか難しい課題が持ち上がっってしまったが、これも糧にしろという神の思し召しなのかもしれない。――マジふざけるな!
だが本当にこれが試練なのであれば、存在の怪しい神が実在する可能性が跳ね上がる。
本当は神様とかいないのわかってるし、とか思ってたけど、もしかして神様は実在するのか? だとしたら、俺の人生は一筋縄ではいかない気が……。
何気に今世はちょろいと思っていた俺だが、実はちょろくない気がしてきた。
そして、神に勝負を挑んでおきながら神の存在を否定していた俺からすると、この展開は想定外もいいところだ。
「若様、朝食はいつものようにこのお部屋で召し上がってくださいね」
カールのせいで俺が頭を悩ませているというのに、頭痛の種は能天気にそんなことを言ってきた。
「昨晩と同じように、ミルヒと一緒に食堂で食事するんじゃないのか?」
カールをミルヒに近づける必要がなくなるのだ、いつもどおり自室で食事をする方が気楽でいい、というのが本音だが。
「本日はこれから慌ただしくなるのです。朝食から時間を取られるわけにはいきません」
「そういえば、今日の予定をまだ聞いてなかったな」
今朝はいつものルーティーンどおり「今日の予定は?」と聞く代わりに、ミルヒのことを聞いていたのだ。
「本日は外出する予定となっています」
「外出?」
ミルヒの来訪で、いつもどおりでないことはわかる。
しかし俺としては、一緒に食事をしたりお茶をして、なんとなく同じ時間を過ごすだけだと想像していた。――貴族の交流って、そんな感じだよな?
そんなところに、いきなり”外出”という想定外の予定が告げられてしまう。
これはかなりの難題だ。
俺は日本人時代、不登校ではなかったが、外出と登校は同義であり、休日は部屋に引き篭もっていた。
侯爵家時代は、王都の侯爵邸から出たことがない。面倒くさがり屋の俺にピッタリな、正真正銘の箱入り息子生活を送っていた。
その俺が、外出という一大イベントを唐突に迎えることになったのだ、困惑するのも当然であろう。
「若様が何を考ているのか僕にはわからないですけど、その怖い表情のまま姫様の前に出ないでくださいね」
「むむ」
どうやら俺の困惑している表情は、他者からすると怖いらしい。
イメージアップを心がけている以上、怖いと思われる表情を見せないよう気を付けねば。
「若様の悪名は、ヴォルフガング辺境伯領に留まらず、ヴォルフスルーデル地方全域に轟いているんですよ」
「何度も聞かされたから知ってるよ。だからミルヒを通して、ホルシュタイン伯爵領で俺の評判を良くしようと頑張ってるわけじゃん」
俺の生存率を上げるには、良い評判を広める必要がある。
そのため、いずれ婚約を破棄する予定のミルヒであっても、最大限有効活用してやるのだ。
善人として18歳の誕生日を迎えるという崇高な目的がある以上、使えるものはなんだって使ってやる。
今の俺の評判は最悪だ。しかし、俺はそれを
ルドルフ様は良い人だ、そう思われるよう動く。たとえ悪魔に魂を売ってでも。
そして、俺の行動でミルヒが泣くような目にあっても、それは仕方のないことだ。
だがしかし、カールがミルヒを泣かせるのは許さない。
「若様、なんだか怖いというより悪魔のような顔になってますよ。その、人を殺せるような視線を姫様に向けて、姫様を悲しませるようなことはしないでくださね」
糸目の執事見習いは、俺の専属執事見習いだというのにミルヒのことばかり心配している。
そもそもこの視線は、カールだけに向けられたもので、ミルヒに向けるつもりはないというのに。
これだからロリコンという奴は……。
カールの言動にすっかりペースを乱された俺は、外出の詳細について尋ねるのを忘れてしまう。
そしてこの後、俺はすぐに後悔するのであった。
後悔。
それは、要注意人物であるカールが、要庇護者のミルヒと一緒の馬車に乗り込むという、最悪な”事案”が発生したことに起因する。
俺は失念していたのだ。外出するのであれば、乗り物に乗るということを。
あのときカールから外出の詳細を聞いていれば、事案回避に動けたかもしれない、そう悔やむも後の祭り。
だがそれでも俺は足掻く。
「なあカール、お前別の馬車に乗れよ」
「いいえ、僕は若様の専属執事見習いとして、同乗する義務があるのです」
ミルヒをロリコンから守るため、俺はカールを馬車から降ろそうとした。遠回しではなく、どストレートな言葉で。
だが奴は、常からの糸目はそのままに、妙に真面目くさった表情で、主である俺の提案を突っぱねたのだ。実にけしからん。
そもそも、何故このような事案が発生したかと言うと、今までのミルヒはガングにきても、俺と一緒に町に出たことがなかったと言う。
しかし昨日、俺が初めてミルヒの名を呼び、雰囲気が以前と変わっていたことで会話もできたのだ。
それが嬉しかったようで、一緒に街に出たいと思ったのだとカールに聞かされた。
だがそれは建前だろう。
たぶんミルヒは俺のことが嫌いだが、婚約者として少しでも俺に寄り添おうと努力しているに違いない。
俺も周囲の者の信頼を勝ち取ろうと努力を始めたことで、なんとなくミルヒも努力しているのがわかる気がしている。
貴族とはそういう人種なのだろう。
それはさておき、馬車内で俺の左隣にカールが座っていることは変わらない。
そして同じ車内に、俺の正面にミルヒが座り、彼女の隣に侍女が座っているのも同じだ。
「なあカール、俺とお前で別の馬車に乗ればいいんじゃないか?」
”カールが降りないなら、俺も一緒に降りればいいじゃない”という妙案を思いつき、早速提案してみた。
今回の外出は、俺の評判が悪いこともあってお忍びなのだが、護衛を乗せた馬車が同行しているため、乗り換えが可能な状況なのだ。
ちょっと外出するだけで、周囲の者がこんなに動くのかと驚いたが、貴族の外出では当然のことだと聞かされた。
しかも今回はお忍びなので、これでも同行者が少ない方なのだとか。
これはあれだ、前世の侯爵家嫡男時代に、護送されたときみたいな感じだな。
まああのときは、騒いでぶん殴られて気絶しちゃったからあんま覚えてないけど、なんとなく今の状況も気分よくないな。
嫌な過去を思い出し、俺は少しだけテンションが下がってしまうのであった。
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