第12話 良い奴
「――どうだろうか?」
婚約者であるミルヒと初対面――ルドルフはすでに何度も対面しているが、俺としては初対面――した翌日、ミルヒの観察結果をカールに伝え、俺の観察眼が正しいかったか確認している。
「概ねお間違い無いかと。そもそも美醜の感覚は人それぞれですし、明確な正解は存在しないと存じます」
俺の専属執事見習いのカールが、達観したかのような口ぶりで答えた。三ヶ月前までただの馬丁だったくせに。
「ですが、ミルヒお嬢様はホルシュタイン領で、気さくで可愛らしいと評判のお姫様です。したがって、カワイイかキレイかと問われれば、カワイイと答えるのが正解かと」
少々鼻に付くカールの物言いだが、ここで
むしろ、執事らしくあろうと背伸びしていて微笑ましい、そう思ってやるくらいの余裕を見せなければ、良い主とは言えないだろう。
カールには『若様は良い人です』と喧伝する役目がある。ならば俺は、小さなことなど目を瞑ってやる度量を見せなければいけないのだ。
「年齢ですが、ミルヒお嬢様は若様より一つ下の8歳です。それともう一点、観察眼とおっしゃるのであれば、外面より内面を観察し、推察する必要があるかと具申いたします」
カールのくせに生意気な! と思うも、やはりここは我慢する。
しかし我慢ばかりしていると、俺のストレスがあっという間に閾値を超えてしまう。何事にも限度があるのだ。
「なあカール。お前さんも執事らしくあろうと頑張ってるのはわかるけどさー、もう少し砕けた感じで喋れないか? 俺もほら、親しみ易いお貴族様を目指して、こうやって砕けた口調にしてるわけじゃん? だからカールも――」
ソファーに腰掛けている俺は、斜め前で佇むカールにチラッチラッと視線を送り、”お願い”と訴えた。
これは、目で物を言うというより射殺しかねない俺の視線を、カールから矯正されている間に編み出した技だ。
元々俺は、言動のすべてが威圧的であったが、三白眼が原因でより一層の威圧を、その視線から与えていたらしい。
「高圧的な若様の雰囲気を緩和するため、現在はそのような口調が必要だと僕も思っています。ですが、本来であればもっと
もっともな言い分ながら、カールは砕けた口調で話してくれた。
なんだかんだカールは良い奴だ。
「ところで、なんでミルヒがお姫様なんだ? お姫様ってのは、王様の娘とかのことだろ?」
俺は先程カールが語ったことで、疑問に感じた部分を質問した。
「僕たち平民は、王様どころか領主様にもそうそう会えません。それに、我々の住む地を直接統治しているのは、王様ではなく領主様です。なので、我々にとって領主様が王様で、領主様の御子息は王子様で、御令嬢はお姫様なんですよ」
「なるほど」
「ちなみに若様は、王子様ではなく魔王と恐れられています」
「……それは言われなくても知ってる」
どうやら俺の悪評は、従者だけではなくヴォルフガングの領民や他領にも伝わっているらしい。
ルドルフは城館から出たことがないのだから、誰かが街で愚痴ったり、御用商人が吹聴し、それが拡散したものだと考えられる。しかも尾びれに背びれが付いて。
それを聞かされたとき、俺が目標を達成するためのハードルが何段も上がったのを感じ、ガックリ肩を落としたものだ。
俺のことはどうでもいいとして、カールの言い分はよくわかった。領主が王的存在であれば、その娘が姫なのはある意味当然。
とはいえ、お姫様扱いのミルヒとて、住民は会ったことがないのではないか?
なのに、どうして『気さくで可愛らしいと評判のお姫様』と言われているのだろうか、と疑問に思い、俺は再度カールに問うた。
「ホルシュタイン伯爵家の根幹を成す一番重要な産業が、酪農であることはご存知ですよね?」
「それは教わったから知ってるぞ」
なんでも、ホルシュタイン産の馬と牛は、どちらも王国で一番優れていると評判らしい。
「では、伯爵家が経営を行なっている牧場で、時には伯爵家の方々が直々に牧場仕事をなさっているのもご存知ですか?」
「いや」
それは教わっていないので知らなかった。
「姫様も数年前から牧場仕事のお手伝いをしています。なので、住民とお顔を合わせることも当然あるのです」
「随分と詳しいな」
そんな率直な気持ちが言葉になって漏れ出てしまうと、カールは『あれ?』という表情になる。
「もしかして、若様はご存知なかったですか?」
「何を?」
「僕もそうですけど、ヴォルフガング辺境伯家に仕えている馬丁は、ほぼ全員ホルシュタイン領の出身者ですよ」
「あ、そうなんだ」
カールは言う。
四方を山で囲まれた王国北西地域は、狼の群れを意味する”ヴォルフスルーデル”地方と呼ばれているらしい。――実際には、蛮族の地や野蛮人の住む僻地、などと見下された言い方をされているようだが、今は置いておこう。
そんなヴォルフスルーデル地方は、元来獣人が住まう蛮族の地であった。
獣人は厄介な相手で、当時他国と戦争中であった王国は軍を割けないため、傭兵団”ヴォルフガング”に獣人討伐の任を与えた。
任を受けた傭兵団は数年がかりで獣人を討伐、または追い払うと、傭兵団の団長は国王からヴォルフガング伯爵を叙され、そのままこの地を統治し続けている。
その後、ヴォルフガング家は辺境伯に昇爵し、二つの伯爵位任命権を得た。
伯爵領の一つとして割り当てられたのは、ホルシュタイン種の馬と牛の産地であった地で、それにあやかりホルシュタイン伯爵を名乗ることに。
初代ホルシュタイン伯爵はヴォルフガング縁の者、いわゆる分家筋だった。
また、ヴォルフガング家の兵は現在でも比類なき戦闘力を保ち、精強なヴォルフガング軍は連日多くの魔物を
故にヴォルフスルーデル地方は、今も昔もヴォルフガング家ありきで、ヴォルフガング家を中心に発展し続けているのだ。
そのような成り立ちから、ヴォルフスルーデル地方の者たちからすると、ヴォルフガング家は自分たちの王と言っても過言ではない存在。まさにヴォルフガング家こそがオオカミの群れのリーダー、
「で?」
ヴォルフガング家の嫡子たる俺に、カールが
なんとも面白そうな話で、読み物として目にするのであれば、俺も存分に楽しめただろう。しかし聞くだけでは満足できない。
だから俺は、早く結論を言えと催促した。――ヴォルフスルーデル史みたいな本があれば後で読もう、と心に誓いながら。
「そのようなヴォルフガング家に馬を献上するのですから、ただ馬だけを渡すなんてしません。何か問題があってからでは遅いんです。なので、馬の気性や特徴を把握した馬丁を、必ず馬と一緒に派遣するんです。――僕は若様を落馬させてしまいましたが……」
腫れ物に触るような扱いだな。
しかもカールは、俺が落馬したのをまだ気にしてるのか。
それはそうと、ヴォルフガングの兵は比類なき戦闘力を持っている、そうカールは言っていた。
そんな力を持っている者が相手であれば、最大限の気を遣うのは当然かもしれない。
だが待て、カールはヴォルフガング家がヴォルフスルーデルの象徴などと言っていたが、民たちが本当にそう思っているのか?
もしかして、恐怖心から従っている可能性も……。
仮に、ヴォルフガング家がそんな力を持っているなら、王家や中央貴族が危険視し、力を削ごうと何らかのアクションを起こすのではないか?
逆にそんなこともなく栄えているのは、なんら問題がないと思われているのか?
いや、楽観視するのはよくない。
前世の俺は、両親が王位簒奪を目論んでいることなど知らず、訳もわからぬまま処刑されたんだ、用心に越したことはないな。
俺の中で勝手に話が飛躍してしまったが、今の俺には慎重過ぎるくらいが良いと思い、俺は気持ちを引き締めた。
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