第38話 肉を揉む

「父上の許可なく、正妻を変更することは可能なのか?」


 家宰である叔父の権限が大きいことは把握したが、領主の正妻を変更できるほどの権限があるのかまではわからなかったため、俺は執事長のローレイに質問した。


「領主の権限が優先されるはずです。そして、当主が亡くなられた奥様を愛しておられたことは、広く知れ渡っております。当主は決してヴァイータ様を正妻になさらないでしょう。それは家宰も存じているはず。それでもヴァイータ様の主張を受け入れているのですから、それができるということかと」


 それは俺的にかなり拙いことなのだが、それ以上に腹が立った。

 ヴァイータは母が亡くなったことを好機と捉え、父のいない現状を大いに利用している。それが気に食わないのだ。


 ヴァイータを正妻にすることが父の判断であれば、俺は受け入れるしかないし、納得がいかなくても嫌とは言えない。

 しかし、母の死を喜んでいるようなヴァイータの行動は、断じて許し難く受け入れ難い行動なのだ。


 それを受け入れたという叔父にも腹が立つ。

 とはいえ、現状の俺は叔父と接点がない。いや、そもそも叔父に会ったことがないのだ。


「なあローレイ、叔父はどんな人物だ?」

「ヴォルフガング家の方にしては珍しく、武力より知力に秀でた方でございます」


 まさにそれは、俺が目指す道を歩んでいる人物、ということだろう。

 俺は俄然叔父に興味が湧き、ローレイから情報を聞き出した。


 そもそも父は、ここ数代の領主と比べても突出した武力があり、その力量からカリスマ性もかなりのものなのだとか。

 そんな父と比べると、叔父はどうしても劣って見えてしまう。

 だが父が相手でなければ、十分領主が務まる武力があるらしい。


 その叔父は、先代が急逝するや否や、戦場から身を引いて父の補佐に回ったのだと言う。

 先代――すなわち俺の祖父は、父と違って戦闘一辺倒ではなく、領主として政治にも関わっていたが、父は致命的なくらい政治にうとかった。

 それをわかっていたのだろう、叔父は戦場に未練を残す素振りもなく裏方に回ったのだとか。


 叔父は家宰として仕事を始めると、今までの領政から問題点など見つけては次々に改善していき、現在の盤石な状態を作り上げた。

 しかしこの地は武力が物を言う。

 そのため、叔父の政治手腕が評価されることがなく、民は自分たちの生活が向上したのは領主のおかげだと思っているらしい。

 だがわかる者は叔父の力量を理解している。

 執事長もそのひとりで、ローレイ曰く、その政治手腕は中央ならかなりの地位に就ける才がある、とのことだ。


 総評すると、領主足り得る武力を持ち、それを上回る知略の持ち主。

 それが叔父だと言う。


「若様、家宰は手強いですぞ」


 ローレイはそんな言葉で締め括った。

 だがその言葉をいぶかしく思ってしまった俺は、無意識に片眉が上がってしまう。


「なぜ手強いなどと言う?」


 ローレイの言い草だと、まるで俺が叔父と争うのが決まっているように思える。


「ヴァイータ様が当主の正妻になられるのは、若様にとって都合が悪いのでは?」

「……たしかにそうだ。だがそうだからといって、俺が叔父に手向かうのが確定しているような言い草は、ちょっとばかり気に入らんのだが」

「それは失礼いたしました。――若様が継嗣任命を目指して努力なされているのを存じておりましたので、若様が何らかの動きをみせるものと勝手に決めつけておりました」


 極悪非道だった俺に対しても、他の従者のように怯えていなかったローレイは、信用に足る人物か不明な人物だった。

 それでも2年の付き合いの中で、それなりに信用を寄せられるようになっていたのだが、未だに全幅の信頼を置くことができていない。

 だから今回も、ローレイが俺を案じているのか、はたまた裏があるのかわからず、疑心暗鬼になってしまった。


「はっきり聞く。ローレイは俺に二心を抱いているか?」

「過去になかったと言えば嘘になりましょう。ですが若様の憑き物が落ちてから、実際に若様がお変わりになったと実感しております。そして私は執事長でありますが、若い者の教育係でもあります。その立場ゆえ、若様が従者を思っていただけるのであれば、それ以上の喜びはございません」


 ローレイの言葉に嘘はなさそうだが、初対面時に妙な警戒心を抱いてしまったため、どうにも信用しきれない。

 今の言葉も信用しようと思っているのだが、僅かに疑念が残る。

 そんな自分自身が、我ながら嫌になってしまう。


「そうか。俺もヴォルフガング家の者として、従者や民から信じるに足る人物と思ってもらえるよう努力するつもりだ。その気持ちはこれからも変わらず持ち続ける。ローレイも変わらず尽くしてくれるとありがたい」

「若様がその御心をお持ちである限り、私は誠心誠意お仕えする所存でございます」


 裏を返せば、俺が従者虐待などしたら離反する、と言っているのだろう。

 ならば俺が心変わりしない限り、ローレイは信用してよいのかもしれない。

 ということは、結局俺の心持ち一つなのだ。

 それより――


「叔父上に会いたいのだが、それは可能か?」

「家宰はなかなか多忙なお方。先方の都合に合わせる形になるかと思いますが、それでもよろしければ可能でございましょう」


 ここは俺自身が動かなければいけないだろう。

 ローレイの掌で踊らされている気もしないでもないが、何もしないで窮地に追い込まれるよりマシだ。


 その後もう少しだけ情報収集をすると、叔父との面談(?)を取り付けるようローレイに指示を出してから下がらせた。



 翌日カールから伝えられたローレイの報告は、まだしばらく時間がかかるので時間が確保できたら叔父の方から連絡がある、との内容だった。

 しかしそれは織り込み済み。元より、叔父は多忙だと聞かされていたのだから、すぐにすぐ会えるとは思っていない。


 そんな訳で、ヴォルフスシャンツェに滞在中のミルヒと、中庭にある西洋風四阿あずまやとでも言うべきガゼボでお茶をすることにした。

 俺の生活は、午前中にベルの座学が行れるのだが、講師であるベルがいないため、何もすることがなくなっている。

 さらにミルヒが滞在しているのだ、婚約者の相手をするのに丁度良い。


「ヴォルフガング家は何かと大変そうですし、お兄さまも大変なのではありませんか? 無理に私の相手をしてくださらなくても大丈夫ですよ」

「俺は単にヴォルフガングの子というだけで、お披露目も済んでないし何の役割もない。それにベルとヘクセもいないから、本当に何もやることがないんだ」


 ミルヒは初めて会った8歳の時点で気遣いのできる子だったが、10歳になってもそれは変わっていない。

 むしろ、心身ともに成長しているようで、体の方は成長著しい。


 2年前、ティナが将来のミルヒは爆乳になると言っていたが、10歳の現状でその兆候が現れている。

 ミルヒは貴族令嬢らしく腰の締まったドレスを着ているのだが、以前は確認できなかった胸の膨らみが、今では視認できるようになっているのだ。

 といっても、あくまでドレスの前面を少しばかり押し追い出している、といったレベルでしかない。

 それでも、20歳前後の見た目のくせに絶望的に平らなヘクセとは比べようがないほどにはある。


「ところでミルヒはさ、肉を揉むのが好きだよな?」

「肉を揉むと言うより、柔らかいお肉をむにむにするのが好きなのです。なので、お兄さまのお肉がなくなってしまったのは、この世の大いなる損失だと思っています」


 何を言ってるのかわからない。


「その代わりってわけじゃないけど、ミルヒの胸が大きくなってきてるじゃん?  自分でむにむにできるくらいには。ってことは、自分で揉んだりしてるのか?」


 俺は肉を揉むことに興味はない。しかし、ベルの柔らかい肉に包まれていると落ち着くことから、少々女性の胸に興味を持ち始めていた。

 しかし、いくら他人に興味のなかった俺と言えども、女性の胸を簡単に揉んではいけないことくらい知っている。

 だからこそ、ミルヒが自分の胸を揉んでいるのであれば、それがどんな感じなのか聞いてみたかったのだ。


「そ、そんなことしてる訳ないじゃないですか! 私にはルーくんがいるんです。足りないお兄さま分は、ルーくんで補っています!」


 白い肌を薄っすら紅色に染めたミルヒが、珍しく声を荒げて反論してきたではないか。

 それも、”お兄さま分”とかいう、訳のわからない言い草と共に。


「お兄さま、そういったデリカシーのない言葉を女性にかけてはいけませんよ」

「お、おう。それは悪かった」


 どうやら俺にはデリカシーがないようだ。


「まあそれはいいとして、ミルヒは10歳になって、ホルスでお披露目をしたのか?」


 俺は話題を転換するとともに、気になっていたことを聞くことにした。


「10歳でお披露目をするのは、ヴォルフガング家だけの習慣と言うか仕来りらしいですよ。ホルシュタイン家を含めた他の貴族家では、15歳になった新成人が一同に会して”成人の儀”を行うようで、それがお披露目に当たると思います」

「そうなんだ」


 俺のお披露目はまだだというのに、婚約者のミルヒがすでに済んでいるのであれば、ちょっと恥ずかしいかも、などと思っていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


 それからしばらく、俺はミルヒとの他愛のない会話を楽しんだ。

 この後に面倒事が起こるとも知らずに……。

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