第25話 読み違え
「ベルさん、俺に魔術を教えて下さい!」
父に打ちのめされた翌日、全身打撲で動けない俺の部屋にやってきたベルに、俺は挨拶するよりも早くそう告げた。
昨夜は初めて父と顔を合わせたわけだが、俺を訓練場に連行する際、一緒にいたベルは訓練場へ入ることを父から止められていた。
たぶん、滅多打ちにされる俺の姿を叔母であるベルに見せないよう、父なりの配慮があったのかもしれない。
そんなわけで、カールに支えられて部屋に戻った俺は、強くなる方法を模索しなが自分でも知らぬ内に意識を失っていたようだ。
気づいたのは翌朝――つまり今朝だった。
すると、昨夜はまったく思い浮かばなかった”魔術”という、俺が強くなるための鍵が不意に思い浮かんだのだ。
魔闘気を使えぬ俺が強くなれる
「ベルで結構です」
「ベル、俺に魔術を教えてくれ!」
ベルが叔母だと知った以降、頑なに呼び捨てするのを拒んでいた俺だが、今はそのような些事を気にしている場合ではないので、素直に呼び捨てにした。
「その前に、昨日のことを教えていただきたいと思います。若様が魔術を学びたいのは、お父上とのことが関係していると推測できますが、まずはその経緯をお教え願えますか?」
てっきり昨日のことはベルも知っていると思った。
だがよくよく考えれば、カールも父付きの従者も会話の聞こえない距離にいたため、俺と父が何か話していたことは伝わっていても、その内容を知る者はいない。
「俺が親父に打ちのめされたのは知ってるよね?」
「存じております」
少しだけ落ち着いた俺は、ベルを呼び捨てにしたことで敬語を使うのもおかしいと思い、普通に砕けた口調で話すことにした。
「その後のことなんだけど――」
俺は利己的な思想の部分を省き、父と語ったことをベルに伝えた。
「父上の言った、『ルドルフは自分の生きたいように生きろ』って言葉は、『弱いお前に次期当主はやらない』って解釈で合ってると思う?」
ひと通り伝えた後、俺の憶測が被害妄想になっていないかベルに確認した。
これが被害妄想であれば、不必要な茨の道を歩くことになってしまう。
元々が面倒くさがり屋な俺は、可能であれば面倒は避けたいと思っているため、余計な苦労をしないようにベルの意見を聞いておきたかったのだ。
「その解釈で間違いないでしょう」
どうやら取り越し苦労ではなかったらしい。
となると、やはり俺が目指す道は、強さを追い求める茨の道しかないようだ。いや、茨の道ではない可能性がある。
物語の主人公は、魔法やら魔術を初めて使ったとき、秘められた力が開放されたりするのは定番だ。
神に運命を弄ばれている俺なら、主人公でなくても力が開放される可能性はワンチャンある。
「しかし困りました」
俺が明るい未来に胸をときめかせていると、ベルがキリッとした表情を崩し、眉をハの字にしていた。
「何が困ったの?」
「今日はルドルフも動けないだろうし、講義は無理だから叔母と甥の時間にするわね」
座学の講義は、基本的にマンツーマンなので俺とベルの二人っきりだ。
カールはカールで、執事長のローレイに付いて執事の勉強をしている。
なので、ベルが叔母モードになっても問題はない。
「別にいいけど」
俺の了承を得たベルは「ありがと」と軽い口調で言うと、ベッドの端に腰を下ろした。
俯き加減のベルは一つため息を吐き出し、やおら顔を上げるとこちらを向く。
その表情には、どこか浮かない感じが漂っていた。
「ご領主――ルドルフのお父様は姉様をとても愛しているから、姉様の子である貴方をなんだかんだ大事にしていると思っていたの」
「はぁ」
物憂げなベルの口から出てきたのは、どう反応したら良いのかわからない言葉だった。
「だから、ルドルフが真面目で貴族らしくなれば、継嗣は貴方で決まりだと思っていたのよ」
なるほど。
俺もそうだと思ってたよ。
「でも継嗣には、やはり強さを求めていたのね。――ご領主は領政に無頓着なお方で、今まで一度も継嗣について明言したことがないのよ」
父は昨日、俺に跡を継がせたいと言っていたが、ベルの言葉を聞く限り、その思いを他言したことはないようだ。
「それでも、継嗣は当主が任命することを知っているはずだから、ルドルフが真面目になるのを待っている、そう思い込んでしまっていたの」
「でも父上は戦闘狂なんでしょ? そんな人だったら、継嗣に強さを求めると考えるのが普通じゃない?」
父の思いは知っているが、ベルの考えも聞きたかったので質問してみた。
「普通に考えればそうでしょうね」
「だったらどうして?」
「さっきも言ったけれど、ご領主は姉様をとても愛しているの。それに……」
ベルは俺に向けていた視線を逸し、なにやら言い淀んでいる。
「俺のことで言いづらいことがあっても、気にしないから言って」
たぶん、俺に起因する何かがベルの口を閉じさせているのだろう。
だが俺は悪口には慣れている。
「わかったわ。――ご領主は、ルドルフをルドルフ本人として愛しているのではなく、姉様の産んだ子として愛している……私はそう思っているの」
なるほど。
親父は俺を一個の存在としてではなく、母ちゃんに紐付く存在として見てるってことか。
まあ俺だって、家族は血の繋がった他人と定義してたくらいだ、親父からの愛情がなくったって、別に気にならないさ。
「ご領主は確かに、何よりも戦いが好きと言われる戦闘狂よ。でもね、それ以上に姉様を愛しているの。だから愛する姉様の産んだ子である貴方を継嗣にする、それこそ強さを度外視してでも。……私はそう決めつけていたわ。だって、ご領主が戦闘以上に愛する姉様の子なのよ、あのご領主がそれ以外の選択肢を選ぶなんて、到底考えられないわ」
「でもしょうじゃなかった」
「そう、完全に読み違えていたわ」
俺は両親の馴れ初めをさらっと聞いたが、父や母の心情までは知らない。
ベルは俺と違ってある程度把握していたのだろうが、想定通りではなかった、ということだろう。
「念の為に、将来への下地でミルヒちゃんとルドルフの婚約も用意したのだけれど、やはりルドルフ自身が強くなければダメだったわけね」
「ん、ミルヒ?」
どうしてここでミルヒの名前が出てくるんだ?
「あぁ……ミルヒちゃんの件はちょっと複雑なの。機会があれば教えるわ」
これは失言だったのだろう。ベルがわかりやすい愛想笑いを浮かべていた。
俺としては気になるところだが、本筋から離れているようなのでスルーすることに。
ついでというわけではないが、少しだけ話の軌道を変えてみる。
「それはそれとして、どうしてベルは俺を継嗣にしたがるの?」
たしかベルは、俺が継嗣に内定していないのは由々しき問題とか言って、俺を継嗣にしたがってたんだよな。
「これもルドルフには申し訳ないのだけれど、姉様の為よ」
「母上の為?」
俺が継嗣になることが、なぜ母の為になるのか俺にはわからなかった。
「体の弱い姉様を、ご領主は周囲の反対を押し切って妻に迎えたでしょ? 姉様はその時点で、既に歓迎されていなかったの。更に子が生まれず、ご領主は前当主に側室を娶らされ、その側室が立て続けに子を生んだ。そういった諸々があって今があるのはわかるわよね?」
「うん」
「だから私は、ルドルフに継嗣になってもらって、ゆくゆくは立派な領主になってほしかったの。皆が
ベルも、父と同じように母が大事なのだ。
俺は結局、ルドルフという個人としてここに存在していない。それがよくわかった。
だからといって、寂しいとは思わない。
元々俺は、ある意味異物のような存在で、元来がボッチ体質なのだから。
寂しいなんて、思わないさ……。
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