第42話 オッサン

「単純な戦闘力で言えば、モーリッツよりグレータの方が上だ。あれは兄上によく似ていて、頭を使うのではなく直感的に動く。そして強くなることに貪欲で、欠点を指摘されれば克服しようと努力する。そういった姿勢や、年齢の割に能力が高いことから、軍人からの評判は良い。見目も良いこともあってか、人気もある」


 俺からの『グレータとモーリッツ、どちらを当主にする?』の問いかけに対し、暫しの間を置いて出てきた叔父の返答は、『グレータの方が上』という、少しズレた言葉であった。


 ところでそのグレータだが、俺が覚醒した直後に会っただけで、それ以降は一度も会っていない。

 メガ盛りヘアーに目が行ってしまい、見目が良かったどうか記憶にないが、物言いがアホっぽかったイメージはある。

 そんなグレータが戦闘脳だったことは、普通に納得できた。が、努力家だというのは意外だと思った。


「モーリッツも弱くないが、立派な体格を活かせていない。だが逆に、伸びしろを残していると言えよう」


 俺がグレータのことを頭に思い描いていると、叔父はモーリッツについて言及してきた。


「それと、モーリッツは見た目の割に気が弱い。それを隠そうと虚勢を張り権力を振りかざす性格ゆえ、力がすべてという考えの軍人から、残念ながらあまり人気がない。だが頭の方はそれなりに切れる。まだまだ足りない部分も多いがな」


 モーリッツの気の弱さには気付かなかったが、言われてみればそんな気もする。

 人気がないというのも、すんなり納得できた。


「その言い方だと、次期当主はグレータですか?」

「いや、まだ決めん」

「え?」


 どちらが領主に向いているかといえば、考えるまでもなくグレータだろうと思い、俺は叔父に尋ねたのだが、叔父の返答は予想定外だった。

 思わず間抜けな声が漏れてしまった俺だが、すぐに気を取り戻す。


「でも親父が死んだんだから、すぐに次を決めるんじゃないんですか?」

「そもそも未成年は当主になれん。しばらくは儂が領主代理をする」


 ん? もしかすると、俺にもまだワンチャンあるんじゃ……。

 たしかグレータは13歳。アイツの誕生日を知らないからなんとも言えないけど、少なからず1年半くらいは時間があるな。


「叔父上、グレータが成人する前に俺が強くなったら、俺が次期当主になれますか?」

「魔闘気を使えぬルドルフが、グレータより強くなれると思っているのか?」

「それはわからないですけど、強くなる可能性はあります。だから、強くなったら俺を次期当主にしてください」


 グレータに媚びて生きるのではなく、自力で道を開けるなら、それに越したことはない。


「儂はな、家宰として戦闘ではなく政治で領地に貢献してきたつもりだ」

「はあ」


 急にどうしたんだろ?


 俺が必死の懇願をしていると言うのに、叔父は突然無関係な自分語りを始めた。


「それこそ今のヴォルフガング領やヴォルフスルーデル地方があるのは、表舞台に出ない儂の努力があってこそだと思っている」

「そうですね」


 叔父がなにやら熱い自画自賛をしている。

 しかしローレイは言っていた。

 叔父の政治手腕は、中央ならかなりの地位に就ける才があると。

 ならば、この地の繁栄は叔父の努力の賜物なのだろう。――自画自賛、大いに結構。


「そして儂は、兄上にこそ敵わなかったが、他の者に負けん武力があると自負しておる」

「…………」


 自画自賛再び。


「その儂が、ヴォルフガング家の頂点に収まってもおかしくない、そう思わんか?」

「領主代理ではなく、叔父上が領主になるつもりですか?」


 父と同じ叔父の鳶色の瞳を覗き見るが、発言の真意が見えてこない。

 が、ある考えが頭をよぎる。


 もしかして、母ちゃんの死を利用してるのはヴァイータだけじゃなくて、このオッサンもそれを利用して親父を……。


「儂とて強さを尊ぶことに否はない。だがの、強さだけを追い求める時代はもう終わったと考えている。これからの時代は、中央のようにとは言わんが、政治力や内政力も重要と思っているのだ」

「俺もそう思います」


 また話が飛んだか?

 ってか、中央のようにとか言われても、俺は中央の実情を知らんのだが……。


「だから儂が少しだけ現場に戻り、武の力で民からの信頼や名声を得る。その後は内政に励み、民に内政の重要性を知らしめる」


 叔父の言葉に、この人は本気でヴォルフガング家の頂点に収まろうとしているのではないか、という疑念が浮かんだ。が――


「そして弱いルドルフが人の上に立てるよう、儂が道筋を作ってやろう。あくまで領主代理としてだ。――まあ、そのまま領主になってくれとわれれば、それもやぶさかではないがな」

「俺に強さを追い求めるのを止めて、政治の道を進めと言うのですか?」


 俺のために道筋を作る? 本気で言ってるのか?

 ダメだ、このオッサンの本心がどこにあるのかマジでわからん。


「それを決めるのは儂ではない、決めるのはルドルフ、お前自身だ。――ただ儂は、他の道もあるとお前に示しただけにすぎん。その第一歩として、儂はルドルフにミュンドゥングの代官を命じる」

「ミュンドゥングの代官?」


 ミュンドゥングといえば、母が長らく療養し、最期を迎えた地だ。

 そして領都ガングから一番離れた、ヴォルフガング辺境伯領の僻地でもある。

 この話がうまいともまずいとも判断がつかないが、何かしらの意図があるはず。

 だからこそ、素直に受けて良いのかわからない。――こんなときこそ、ベルの判断を仰ぎたいのに……。


「あの地は宝の山だ、代官として様々なことを学べる」

「…………」

「ルドルフが強さを追い求めるというのであれば、あの地は魔物の生息地も近くにあるゆえ、戦闘力を実践で鍛え上げることも可能だ。そして何より、お前の父と母が愛した地でもある」


 いかつい顔にあって、僅かな優しさを感じさせる下がった目尻から、同情なのだろうか、少しだけ俺をあわれむような何かを感じた。


「そんな地で感傷にひたってこいと?」


 同情は結構だとばかりに、脊髄反射的にそんな言葉が出てしまう。


「それはルドルフの心持ち一つ。そしてこれは、お願いではなく命令だ。――任期は年明けより2年間とする。それと、次期当主の選定については、ルドルフの任期開けに審議する」


 厳つい顔を僅かに崩し、胡散臭さを感じる笑みを浮かべた叔父は、やはり本心が見えない。

 しかし、年明けから2年ということは、当初想定ていた1年半より更に時間的余裕がある。

 しかも叔父は、審議するとは言っても決定するとは言っていない。

 場合によっては、審議が難航してその次の審議まで更に時間的猶予が与えられる可能性も……というのは、少しばかり楽天過ぎる考えだろう。

 だが時間を稼げるのは悪くない。

 ここは前向きに考えよう。


 ああ、念の為あれも聞いておこうか。


「俺がミュンドゥングにいる間に、勝手に誰かを領主に任命する、なんてことはないですよね?」


 何だかんだうまいことを言って俺を僻地に飛ばし、その間にグレータかモーリッツを継嗣に任命する。もしくは、叔父自身が次期当主になる可能性もなくはない。

 なにせこの叔父は、何を考えているかわからないのだから。


「この件に関しては公文書を作成、提示する。安心するが良い」


 公文書がどれだけの効力を持っているのか知らないが、俺を安心させる材料として言葉にしたのだ、それなりの効力があるのだろう。


 うん、時間的余裕が少しできたことだし、ここは俺が即答するんじゃなくて、ベルが帰ってきたらしっかり相談して、少しでも俺の未来が開けるような条件を教えてもらおう。


「わかりました。他にもきちんとした内容の文章でやり取りしたいことがあります。ですので、ベルに相談したいです」

「近い内に戻ってくるはずだ。何の相談をしたいのか察しはつくが、まあ纏まったら儂に知らせろ」

「わかりました」


 一時はどうなることかと思ったが、とりあえず首の皮一枚で繋がった。

 ベルが近い内に戻って来ることがわかったのも、今の俺にはかなりの朗報だ。

 そして、ヴォルフガング家の掟が、『継嗣になれるのは嫡子・・のみ』というのも、今となってはありがたいと思う。


 この世界の常識で、嫡子は正妻との間に生まれた子のすべてを指す。

 そして嫡子の中で最年長の男子が嫡男だ。

 しかし、嫡男とは跡継ぎを内包した言葉のようで、継嗣に任命されていない俺は嫡男と呼ばれていなかった。

 だがモーリッツが嫡子になると、実情はどうあれ嫡子の長男になり、嫡男の立場となる。

 もし掟の文言が『嫡子のみ』ではなく『嫡男のみ』になっていたら、次男の俺は継嗣になる権利がなかったのだ。



「めちゃくちゃ疲れたけど、これはこれで良かった気がする」


 ここ数日は何をするでもなく引き篭もっていたが、気持ちを切り替えることができた。

 まだ父の葬儀すら終わってないが、母のときのように長く引きずらずに済んだのだ、父の子としてしっかり葬儀を執り行い、それ以降もヴォルフガング家の者として相応しくあるよう頑張ろう。


 そういえば、今回のことでまたミルヒに悪いことをしてしまった。


 ミルヒは10歳とは思えないほどしっかりしているけど、それでもまだ子どもなんだよな。

 なりたくもないのに俺の婚約者にされて、わざわざ俺のところまで足を運んでくれているのに、その俺が引き篭もってミルヒをないがしろにしてたんだもんな。

 よし、少しばかりご機嫌取りをしておこう。


 あー、でもあれだな、腹の肉でもあればすぐに機嫌を直してもらえただろうけど、今は揉ませる肉が無いんだよな―。

 今回は仕方ないとしても、俺も少しは女性が喜ぶような物を知っておく必要があるな。

 やっぱスイーツか? 確か日本人時代に読んでた本では……って、あれ?

 そういえば最近読書してないせいで、日本人時代に読んでた本の内容とかも忘れてきちゃったな。

 まあ何だかんだこの世界にも馴染んできたし、必要な知識はベルとかヘクセに教わればいいだけの話だ。別に問題はないな。


 叔父の執務室を後にした俺は、そんなことを考えながらミルヒの部屋に向かうのであった。

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