第27話 魔女っ子?

「なあカール、ベルから魔術講師のこと聞いてないか?」

「聞いていませんね。――それより、隙だらけですよ……っと」

「いてっ! お前もっと加減しろよ!」

「これ以上ないってくらいしてますよ。それより、若様はもっと集中すべきです」


 日課である剣の稽古をしつつ、なかなかやって来ない魔術講師のことに気がいってしまっている俺は、元馬丁であるカールごとき・・・に軽くにあしらわれていた。


 父から見放されるようなことを言われ、ベルが魔術師に打診すると言ってくれてから2ヶ月少々経っている。

 その間に夏の暑い盛りは過ぎ、今は秋の真っ只中。もう間もなく冬の足音が聞こえてくるであろう気候は、稽古で火照った体にとても心地良い。



 父に打ちのめされたあの日の翌日、なんとなく”父に会いたくない”と思っていた俺の心境を把握していたわけではないだろうが、父は戦場――狩場――に向かって城館を後にしていた。

 一方のベルは、魔術講師と手紙で接触を図ったようだが、彼の者は自由気ままな人物らしく、居場所の特定にかなりの時間を費やしたらしい。

 既に居場所の特定はできたと聞いているが、その後の進展は教えられていないため、俺はまだかまだかと首を長くしながら日々を過ごしていた。


 座学と剣術や馬術の訓練に明け暮れる毎日は、単調でありながらも少しずつ自分が成長しているのを感じられる。

 しかし、俺の戦闘力の低さは相当なものらしく、魔闘気が使えず軍に入れなかったというカールにすら手も足も出ない。

 だからこそ、よりいっそう魔術に期待してしまい、俺の魔術を欲する気持ちは増加の一途を辿っている。


「でも若様が頑張った成果でしょう、無駄な肉が随分減ってかなり動きが良くなっていますよ」


 すっかりやる気を失い、へたり込んでしまった俺に向かって、カールがそんなことを言ってきた。

 たしかに体重が落ちている感じはある。が、元がかなりの肥満児であったため、まだデブなままなのだ。


「下手な慰めは要らんぞ」

「僕は真実を口にしているだけです」


 カールが下手なおべっかを遣わないことを知っている俺だが、脊髄反射的にひねくれた言葉を返してしまった。

 だがカールは、然も当然のように真実だと言ってのける。


 ベルによって密かに広められた『悪魔落としの儀式』の話は、既にヴォルフスシャンツェどころか、領都ガング全体にも噂が浸透しているらしい。

 それでも、従者は簡単に鵜呑みにはしていないようで、未だに目を合わせてもらえなかったり怖がられたりしており、ご機嫌伺いをしておべんちゃらを言うヤツもまだまだ多い。

 そんな中でカールは、当初から変わらず普通に接してくれている。


 いや、普通じゃないな。

 カールの野郎さっきも『手加減してやってんだろデブ』みたいな態度だったし。

 まああれだ、主従関係ってよりも友達っぽい感じがして、何気に悪い気はしないんだよな。


 俺は二度の人生で、唯の一人ですら友達がいたことがない。

 もちろんルドルフとしての今生も、当然友達はいない。

 俺の悪評を抜きにしても辺境伯家の嫡子という立場ゆえに、友達ができる環境ではない、という理由もある。

 だからこそ、主従関係でありつつも気安く接してくれるカールは、俺にとって初めての友達と言えるような存在になっていた。――口に出して言うことは絶対にないけどな。



 そんなこんなで変わらぬ日々を過ごし、今日も今日とてベルの講義を受ける時間になった。


「若様、本日は講義を中止してお話しをしようと思います」


 挨拶を終えて講義が始まると思えば、ベルがそんなことを言ってきた。

 感情を隠した講師モードのベルを見ても、良い話なのか悪い話なのかは判断できない。

 そのせいか、もしかして魔術講師の件が上手くいってないのではないか、そんな嫌な予感が頭をぎった。


「そのようなお顔をされる必要はございませんよ」


 どうやら俺の不安な感情が表情に表れてしまったようだ。


「本日は、若様お待ちかねの人物を交えてお話しする予定ですから」

「…………!!」


 待ち望んでいた吉報がもたらされ、沈んだ俺の気持ちが一気に上昇した。

 そんな俺を見るベルは、ドッキリ成功とでも言い出しそうなしたり顔だ。

 だがそれでも、今の俺は悔しさを感じない。

 むしろ早く呼んでくれ、そうベルに叫びたい気持ちなのだが、声も出せないほどに興奮していた。


「そこまで興奮することでしょうか?」

「…………」グワングワン


 ベルはしたり顔から、ドン引きしたような表情に様変わりしている。

 一方の俺は、赤べこよろしくグワングワン首を縦に振って答えた。


「そ、それでは、客人をお呼びします。少々お待ちくださいませ」

「…………」グワングワン


 引き攣った表情を浮かべたベルは、そう言って一旦部屋を出ていった。


「ヤバい! メッチャ興奮する! 今日から俺も魔術師だ……ど、ど、どうしよう」


 これから魔術講師と初めて顔を合わせる訳だが、それだけで既に自分が魔術師になれると思い込んでる俺は、思わぬ急展開に本気で錯乱してしまう。


「こういうこときは素数を数えるんだったな。1、3、5、7、9……って、これは奇数だし! えっとー、素数ってなんだ?」


 ここは、主人公あるあるの『素数を数える』という場面だと踏んだ俺だったが、素で素数がわからず、結果的に思考がそれたことで落ち着きを取り戻せた。


「やっぱり俺は、主人公ではなくモブだったんだな……」


 そんなくだらないことで落ち込んでいると、ノックの音が部屋に響く。

 どうぞ、という俺の声でドアが開かれると、まずはベルが入室し、少し遅れて背の高い女性も続いて入室してきた。

 その様子をソファーに腰掛けたまま見ていた俺は、慌てて腰を上げ直立不動でぴしっとその場に立ち、こちらへ歩いてくるふたりを待つ。


「ご紹介いたします。こちらはS級冒険者パーティ『ヘクサグラム』のリーダーであり、ご自身もS級冒険者であるヘクセ様です」

「おー、君がルドルフくんかー。あんなに小さかったのに、すっかり大きくなったねー。主に横へ」

「ヘクセ様、まずは若様へご挨拶を」

「そうだったねベル。――あたしはヘクセ。呼び方は、”魔女っ子ヘクちゃん”でいいわよ」


 よろしくね、そう言いながら彼女は、貴族淑女のするカーテシーとは違い、その場でくるりと一回転し、ピタッと止まると小首を傾げた。

 その仕草が挨拶に相応しいのか不明だが、俺の知らない挨拶方法なのだろう。

 そんな挨拶も含め、ベルの連れてきた魔術講師の女性は、ツッコミどころ満載だった。


 まずはS級冒険者と言う部分だ。

 そもそも、ヴォルフスシャンツェ地方は軍が魔物討伐するため、冒険者はいないと教わっていた。

 しかし、あくまでヴォルフスシャンツェに冒険者いないだけで、王国では普通にいるのだろう。

 それと、日本で読んだ物語を参考にすると、S級とは滅多にいない最高位の存在なはず。物語では稀にSSS級とかもいるようだが、S級以上で低位はまずない。

 実際にどうなのか不明だが、もし彼女が最高位の者であれば、とんでもない人物を迎え入れたことになる。


 次に、ヴォルフガング辺境伯家嫡子である俺を『ルドルフくん』という、今まで呼ばれたことのない呼び名で気安く呼んできたことだ。

 今のベルは、ベルティルデという貴族としてここにいるわけではない。

 だがそれでも、少なからずベルの素性は知っているだろう。

 それでもベルが謙り、ヘクセと名乗った女性が畏まっていないことから、彼女も貴族であることが想定できる。

 それであれば、ヘクセの不遜な態度も納得だ。


 最後に、幼い頃の俺を知っているようなヘクセの口ぶり。だが俺は、彼女のことを知らない。

 しかし俺は、大抵のことを覚えていないのだ、単にヘクセのことを忘れているだけだろう。


 そんな謎の人物は、見た目も特徴的だ。

 長身痩躯の彼女は、27歳には見えない若さを保つベルより若く見え、20歳前後くらいの見た目をしている。

 回転した際にふわりと舞った長く真っ直ぐな髪は、白と見紛うような淡い紫の白菫色をしていた。

 顔の中で一番印象の残る目は、目尻が少し吊り気味で二重で大きく、俗に言う猫目というヤツか。だがキツい感じではなく、愛くるしい感じが先立っている。

 瞳は髪と同じく紫系統ながら、こちらは暗めの紫紺だ。

 身に纏う黒に限りなく近い黒紫のローブは、緩やかに広がった袖や裾、不自然に開いた襟周りなどに淡藤色の装飾があり、腰紐も淡藤色で揃えられている。

 本人自身の持つ色味や装飾品なども合わせて、彼女のイメージは『紫』以外思い浮かばない。


 そんなヘクセの纏うローブは、全体的にタイトな作りのせいで薄い胸、締まった腰、安産型と思しきどっしりとした尻なのが見て取れる。

 だが気になるのは、不自然に開いた襟周りだ。

 俺は詳しいことなどわからないが、胸元が開いたデザインというのは、本来は肉感的な女性が谷間を見せつけるためにあると思っている。

 しかしヘクセは、本来なら谷間があるであろうその部分を、平たい肉の壁のまま晒しているのだ。

 胸の薄い人は胸元を隠す傾向にあると思っているため、ヘクセの思考が理解できない。いや、俺の思う前提が間違っている可能性もある。が、考えても仕方のないことだろう。


 それにしても、胸元が無意味に開いてるローブって、たぶん特注だよな?

 いや、そもそもあれはローブじゃないのか?

 あと、魔女っ子ヘクちゃんとか言ってるけど、身長なんて成人女性の平均より高そうだし、魔女っ要素なんて平らな胸しかないじゃん。

 むしろ腰から下だけ見れば妖艶なお姉さんって感じで、魔女っ子より魔女って言葉の方がしっくりくるし。


「若様?」


 ヘクセを観察したまま考え込んでしまった俺に、ベルが怪訝そうな表情で声をかけてきた。

 別段やましい気持ちなど無いのだが、ベルの咎めるような視線がなんだか痛い。

 俺は悪くないと思いつつも、たまらず俯いてしまうのであった。

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