トレボニア大陸横断記

月丘 庵

序章

バーム・スミノーエ

 雨がフロントガラスを叩いていた。


 ワイパーが定期的に動いて、そのぼやけた視界を拭い去る。


 運転席と助手席の間。ダッシュボードの上には立体映像りったいえいぞうが展開していた。


 雨の音に混じってその半透明のモニターから、ぽそぽそと声が聞こえてくる。


 モニター内の女性アナウンサーは、深刻そうなシワを眉間に刻んでいた。


 アナウンサーと一緒の画面に収められているニュースの関連トピック。そのうちの1つが、画面上部に拡大される。


【暴走した《アウロクス》の群れ。その先には集落も――】


「この近くじゃねぇか」


 ハンドルをたくましい腕が握る。剛毛の生えた腕の持ち主が立体モニターを見て、呟く。


 灰色の空から、雨の上がる気配はない。


 濡れたアスファルトの上を、大きく四角く、白い《魔導車まどうしゃ》が走っていく。


*****


 あいかわらず雨は降り続いていた。霧のような滴が、男の革ジャケットを濡らす。


 男の近くには大きく四角い車が停めてあった。エンジンはかかったままらしく、排気パイプからは白い湯気が立ち昇っている。


 男――バーム・スミノーエは、山道から少し外れた高台に魔動車を停めていた。


 その高台からは、遠くの山々や眼下に広がる森を見渡すことができた。


 もし晴れた日にここに訪れたのなら、さぞや一級品の風景が見られたことだろう。


 けれど、今日はあいにくの空模様だった。天気のせいで、山の木々まで気が滅入っているように見える。


 それでもバームは、肩を丸めて双眼鏡を覗きこんでいた。


 彼が覗き込む双眼鏡は、筒の中で小さな集落を拡大していた。


 森に囲まれ、社会からも切り離されたような、孤立した村。


 村の各所からは煙が立ち昇っている。火災による煙ではなく、どうやらそれは土煙のようだった。


 遠くからは時折、鳥の鳴き声のような、人の悲鳴のような…… 甲高い叫び声が聞こえてくる。


「ありゃあ…… 悲惨だな」


 双眼鏡を構えたまま、バームは独り言を漏らす。


 こんな天気だから、町のほうから報道局が《ホウキ》を飛ばすこともないらしい。


 バームは溜息を白くしながら、首からぶら下げていたカメラを構える。それからパシャリとカメラのシャッターを切った。


 雨の滴が垂れた確認画面には、点のようなアウロクスの群れが収められていた。


 それから名も知らぬ集落が、魔獣の群れに踏み潰されていく様も、ぼんやりと四角く切り取られていた。

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