2章

騎竜隊舎_1

「騎竜隊舎って、なんかこう苦手なんだよなぁ……」


 呟くバームをラズリーはちらりと見た。それから目の前の建物を見上げる。


 小さなお城みたい…… と、少女は感想を抱く。


 実際の騎竜隊舎は『お城』と呼べるほど立派でもなく、どちらかというと左右の建物に圧迫されて窮屈そうに建っていた。壁も薄汚れていて、城と呼べそうな要素はその形状にしかない。


「よし…… 行くか」


 溜息まじりに告げて、バームが歩き出す。数歩進んで、後ろから足音がついてこないことに気付いた彼は振り返る。


「どうした?」


 立ち止まっているラズリーにバームは声をかける。少女は魔法の立体画面に文字を映し出していた。


『わたしはこれからどうなるの?』


 ラズリーは不安そうな顔をしていた。


「さあな? お前の家族がもし生きてたなら、いつかは元の生活に戻れるだろ。もしそうじゃなかったら…… まあ親戚か施設にでも引き取られるんじゃないか? なんにせよ、詳しいことは中に入ってからだな」


 バームは顎で、少女を隊舎の中へ進むようにうながす。しかし、ラズリーは歩き出そうとしない。


『バームはこれからどうするの?』


 今度はそんな質問を立体映像へと映し出した。


「なんだよ、次から次に……」


 ラズリーが何故そんなことを聞いてくるのか分からず、バームはしばらく考える。


「……ははん、さてはお前、オレと同じで騎竜隊が苦手なクチだな?」


 彼はそのように判断を下して、ニヤリと笑う。けれど、ラズリーはバームの不気味な笑みに笑い返すこともなく、真面目な顔で手のひらを突き出すだけだった。


『バームはこれからどうするの?』


 少女は質問への答えを求めている。


「なんだよ…… そんなこと知ってどうすんだ?」


 少女の意図が掴めず、バームはぶつくさと呟く。あごに生えた髭を指でなぞる。


「お前を騎竜隊に任せた後の話だろ…… そんなの別になにも変わらねぇよ? 旅を続ける以外ないだろ。まあ、しばらくはこの町に滞在するかもしれねぇけど…… こんな感じの答えでいいか?」


 バームにはラズリーがどんな言葉を期待して、問いを向けてきたのか分からない。ただ、ラズリーはその答えを聞いてうつむいてしまった。彼女の結んでいない髪が、両肩から垂れる。


『わたしはこれからどうすればいいの?』


 少女は肩を落としたまま、そんな問いをバームに見せた。


「ははっ! そんなに心配するなって。それをこれから教えてもらいに行くんだろ?」


 ほら、とばかりにバームはラズリーを騎竜隊舎へと促した。


「大丈夫だって! お前の家族が生きてる可能性だってある。そうすりゃあ、お前も……」

『死んじゃってたら?』


 ラズリーが手のひらを出して、バームの言葉を遮るように文字を見せる。バームはその文字を目で追って、口をつぐんだ。


「なあラズリー、そんな泣きそうな顔するなって…… オレも一緒に居てやるからさ。だから行こうぜ、な?」

『いつまで?』

「……いつまで?」

『いつまで、いっしょに居てくれる?』


 バームは答えにくそうに、頬を掻く。


「あー、じゃあ、お前が家族と会えるまで…… もしくは、お前を騎竜隊に任せるまで、だ」


 ラズリーは涙をこらえながら、膨れ面になる。


『やだ! もっといっしょにいて!』


 男は頬を掻いている手を後頭部に移動させた。申し訳なさそうに地面を見て、それから灰色の後ろ髪をぐるぐると混ぜる。


「それは、なぁ……」


 ラズリーは、後頭部を掻き回す男を見た。少女には男が一回り小さく、そして老けたように見えた。本気で困っているのが分かった。


『そっか、なら、しょうがないね』


 少女があっさりと諦めたので、バームは虚を突かれたような気分になる。しかし同時に、彼はラズリーが淋しそうに笑ったことを見逃さなかった。


「すまん…… だけどお前が…… いや、」


 バームは一旦、言葉を切った。


「とにかく中に入ろうぜ。今日はなんだ、その、寒いしな……」


 バームは二の腕をさすりながらラズリーに背を向け、騎竜隊舎の入口を目指す。


 ラズリーは、からっと晴れた空を見上げた。真上に浮かぶ太陽に目を細めて、『そうかな?』とバームに伝えようとした。


 けれどすでに、バームは騎竜隊舎へと歩き出していた。


 だから少女は、その背中を追いかけるしかない。

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