定食屋にて

 バームとラズリーが入ったのは、どこの町にもありそうな定食屋だった。バームが外の看板に『朝食メニューあります』と書かれていたのを見て、店内に足を踏み入れた。


 こじんまりとした店の中には、2人の他に客はいない。


 レジの向こうに見える厨房で、店主とその妻と思われるおばさんが何やら話をしていた。話の内容は、どこにでもあるような日常会話。


 ラズリーは耳を傾けるまでもないな、と半ば無意識に判断して、目の前の料理に視線を戻した。


 少女の前のテーブルには、丸いパン、焼き魚、野菜のスープといった基本的な料理があった。ラズリーはそれらを時間をかけて口に運ぶ。


 かたや、対面に座るバームは食器をカチャカチャと触れ合わせ、忙しそうに食べていた。彼は早くも食べ終わりそうだった。


 ガツガツと食べるバームに、ラズリーは眉をひそめる。


「ん、なんだ?」


 少女に見られていることに気付いたバームは、手を止めて尋ねる。


『もう少しゆっくり食べれば?』


 少女にたしなめられたバームは背筋を伸ばした。それから体の動きを遅くする。


「む、すまん…… きっと昔からのクセだな」


 ラズリーは手のひらの立体映像で、質問を投げかけた。


『バームはさ、昔はどんなだったの?』

「どうした急に?」


 ラズリーの問いを見たバームが、コップのふちに口を当てながら尋ね返す。


 少女は退屈だったのだ。


 黙々と食事をするのにも飽きたし、店内に置かれている《遠写鏡ヴィジョン》から流れてくるニュースにも興味が湧かなかった。


 けれどラズリーは、そうした表面的な理由ではなく、もう少し奥のほうにあった理由を口にする。


『うーん、ご飯のときはもっとにぎやか、だったから?』


 深く考えて出した答えではなかったため、その語尾には疑問符がついた。


「そっか。オレは長い間、一人で飯を食ってきたからなぁ……」


 バームは一人、納得するように呟く。


『わたしの家だと、プーラがおしゃべりでうるさかったの!』

「プーラってのは、お前の…… 妹か?」


 バームが尋ねると、ラズリーは嬉しそうに頷いた。


『あの子はねー、いっつも自分の話ばかりするのよ!』

「そうか」


 バームは考え事をするかのように、コップの水の表面を眺める。


『聞いてもいないし、わたしだってしゃべりたいのにね』

「……仲が、悪かったのか?」

『あ、そんなことないわ。ただ、そんなこともあったなぁ、って』


 立体映像の画面に表示されたラズリーの言葉を見て、バームは何も言わない。スープの中からニンジンをすくってかじっていた。


『でも家の中じゃうるさいくせに、外じゃ大人しい子、なんて言われててね!』


 妹のことを思い出したのか、ラズリーはくすくすと笑った。


「……なあラズリー、家族の話は、もういいだろ」


 バームの言葉に、ラズリーは固まる。


『なんで? 面白くなかった?』


 ラズリーの顔は、やや膨れ面だ。そんな彼女をバームは真っ直ぐに見つめた。


「いや…… だが、そんな話をオレにしても無駄だと思ってな。あと数時間後に、オレたちはまた赤の他人なんだぞ?」


 ラズリーは驚いたように目を見開き、それからうつむいてしまった。


「そういう話は騎竜隊の奴らに聞いてもらうといい。あいつ等なら、オレよりよっぽど親身に聞いてくれるはずだから」


 ラズリーが顔をあげた。目を細め、バームを睨んでいるようにも見える。


『バームって冷たい人』


 少女の文字と鋭い視線を、バームは眺めた。


「そう、か? ……そうかもしれねぇな」


 バームはスープの器を口に運んで傾けた。灰色の髭が、ごくごくと上下に動く。


「ほら、お前も早く食べちまえよ」


 空っぽになった器をテーブルに置いて、バームがラズリーを急かす。


 ラズリーはバームが急に冷たくなったように感じて、なんで? と困惑した。けれど、それ以上に少女の内側にはムカムカとした感情が湧き上がっていた。


 まともに話を聞いてもらえなかったから。

 赤の他人だと言われたから。


 ラズリーを苛立たせたのは主にそれらが原因であったが、小さな彼女には自分の感情を正確に知ることはできなかった。


 だからフォークを握って、その苛立ちを魚の切り身に突き刺すことしかできなかった。

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