アカシックレコード
バームたちが突き当たったのは、町を東西に横切る主要道だった。先程まで彼らが歩いてきた道より倍ほど広く、魔導トラックや魔導車が流れるように走っていく。
バームが右を見ると遠くに、この町の役所と思われる建物が、尖塔のようにそびえ立っていた。
道の両側は商店が軒を連ねて建っている。町は中心に向かうにつれて賑やかになっていくようで、背の高い建物や日用品などを宣伝している看板などが増えていった。
「こんな町でも、中心のほうは栄えてるんだな」
彼がラズリーに笑いかけると、少女はいそいそと手のひらから文字を入力する。
『こんな町ぃ?』
魔法の立体画面にラズリーの言葉が浮かび上がり、その投影の横で少女が膨れ面をしている。
「ははっ、悪い悪い。こんな町でも、お前にとっちゃあ都会だったな?」
『さっき町をバカにしないって言った!』
「ん、してねぇよ? オレはこの町をバカにしてるんじゃあないさ」
バームは含みのある笑いをラズリーに向けた。けれどラズリーは、その笑みの意味が分からず、どうして笑ってるんだろう? と首を傾げるばかりだった。
「さて、と。じゃあ適当に、その辺の店に入るか。飯を食ったあとは騎竜隊舎へ向かうが…… ラズリー、騎竜隊舎の場所を《
バームに言われて、ラズリーは目を見開く。
『わたしマホウなんて使えないよ!』
ラズリーが打ち込んだ文字を、バームは立体画面で見る。
「ああ、そういえば《アカシックレコード》へのアクセス方法を、まだ教えてなかったな」
『あか?』
「アカシックレコード、だよ。 ……おいおい、いくら辺境集落で暮らしてたからって、現代社会でアカシックレコードを知らないやつがいるのか!?」
バームにまじまじと見られたラズリーは、頬を赤くしながらうつむく。
『どうせ、いなか生まれだもん!』
少女はふて腐れて前髪をいじる。
「いや、そう意味で言ったんじゃあ…… あるな。でもまあ気にするな。知らなくても生きていけることはたくさんある」
バームはそう言って、膝を曲げて腰を落とした。ラズリーと目の高さを合わせる。
「じゃ、教えてやるから手のひらを見せてみろ。 ……そう、これが最初の画面、な。んで、この端っこにいろんなマークが並んでるだろ? この1つ1つのマークが個別の魔法だと思ってくれたらいい」
少女が手のひらの上に長方形の画面が浮かぶ。
半透明の平面を透かして、バームが少女に魔法の手ほどきを教え始める。
「お前が会話に使ってるのは、このノートみたいな印だろ? アカシックレコードってのは、この糸が絡まったような丸っこい印から起動することができるのさ」
ラズリーは頷き、半透明の画面におそるおそる指を近づけた。鈴のようなチリリンという音が鳴り、ラズリーの触れた丸いマークがくるくると回る。
【ようこそ。アカシックレコードへ】
どこからか女性の声が聞こえてきた。抑揚のない作り物のような声だった。
ラズリーは驚いて辺りを見回す。しかし、近くを歩いている人などいない。誰かがバームたちに話しかけてきた様子もない。少女は泣きそうな目でバームを見た。
「ははっ、誰でも最初は驚くよな。オレも初めてコイツらに触ったときはびっくりしたもんさ…… もうずっと昔、お前くらいの歳の頃かなぁ……」
バームはどこか、しみじみと告げる。
【何か《
「いや待て、それはマズいっ! アカシックレコード! 再生はキャンセルだ。ついでに閲覧履歴も消去っ!」
【了承。閲覧履歴を全て消去します。よろしいですか?】
「ああ!」
【かしこまりました。閲覧履歴を消去します】
ラズリーは何が起きているのか分からず、ぽかんとしていた。少女は、どこからか聞こえてくる女性の声とバームが会話しているのが辛うじて分かった。
「……とまあ、今みたいにだな。声で操作することもできるんだよ。コイツは」
バームがラズリーの手のひらの上に浮かぶ、半透明の画面を指さした。
ラズリーは立体映像を凝視していた。最初の素っ気ない画面から変わって、今は星空のようなアカシックレコードのメイン画面が、宙に四角く広がっている。
ラズリーは立体映像の下端にノートの印を見つけた。彼女がそれに触れると星空の上に、早くも使い慣れた真っ白なページが広がる。
『何がおきてるの?』
少女のノートの疑問を見ると、バームは険しい顔をした。
「何が起きてる、かぁ…… そいつはちょっと難しい質問だな。なんせオレも詳しい仕組みまでは分からねぇし」
男は腕を組んで、ううむ…… と唸る。
「これはオレの解釈なんだけどな、頭のいい魔術師連中が《アカシックレコード》っていう…… まあ、でっかい図書館を作ったんだよ。たぶん異空間に。 ……で、そういう魔術師たちが、お前の手に貼ってある魔法のステッカーだとか、その他いろいろな魔導製品を販売して、そのでっかい図書館と魔導製品で、情報をやり取りできるようにしてるんだ…… と思う。分かったか?」
ラズリーは眉間にシワを寄せて、『まあ、なんとなく』と画面のノートに書き込んだ。
「まあ…… お前は今、声が出せないからなぁ…… アカシックレコードの中央に、細長い四角形があるだろう? そこに触れてみろ」
ラズリーは言われたとおりに、星空の画面の中央にある細長い四角を触ってみる。すると、少女がノートに書くときのように、手のひらに文字盤が現れた。
「文字でも《検索》できるからな。 ……打ち込んで書くのには、もう慣れてきただろ?」
バームは膝を伸ばして立ち上がる。関節からパキパキと音がして「イテテ……」と彼は顔をしかめた。
『これはマホウ、なの?』
ラズリーが手のひらの文字盤を見て、それからバームに目を向ける。
「まあ、たしかに、お前の言いたいことも分かるぞ。魔法ってのは、もっとドーンとしてバーンとして、謎に満ち満ちてるもんじゃないかってことだろ?」
バームの目は何故か、
「大きな鍋で、カエルの足とかクモの目玉をグツグツ煮て『イーヒッヒ!』とか、ゴニョゴニョと訳の分からん呪文を唱えて、獣をババーン! と召喚とかな」
バームの大きな身振り手振りに、少女は
「ま、確かに整いすぎてる感があるよなぁ…… 用意された手順をただなぞっているだけみたいな感じ…… でもな、ラズリー。この世界で本物の魔法を扱える奴なんて、ごくごく
バームが親指と人差し指で作った狭い空間を、ラズリーは見つめる。
「本当の魔法の仕組みを理解できるのは、ごく一部の天才的な頭脳を持った奴らだけで、かつ人生を捧げるくらいその探究に打ち込んた奴らだけなのさ」
バームがラズリーの手のひらのステッカーを指さして、続ける。
「オレたち一般人はな、そういう天才たちがオレたちにも使えるようにしてくれた魔法を、金で買って生活の一部に取り込んでるだけにすぎないのさ」
ラズリーは再び手元のステッカーを見て、それから文字を入力する。
『それってなんだか、かなしいね』
「はは、悲しくはないさ。オレは天才じゃあないし、面倒なことは嫌いだからな!」
『ダメな大人じゃん!』
ラズリーの書いた文字にバームは何も答えなかった。ただ困ったように頭を掻いて、それから笑みをこぼす。
「じゃ、ラズリー、騎竜隊舎を《検索》してくれ。そこの細長い四角に『騎竜隊舎』とでも打ち込めば出てくるだろ」
ラズリーは頷いて、手のひらの文字を指で押していく。
しばらくして少女は、町の中心の活気があるほうを指さした。
画面には町の地図が表示され、ラズリーが指さす方向に騎竜隊舎の位置を示すピンが立っている。
「ありがとな! じゃあ騎竜隊舎のほうに向かいながら、途中で朝飯としよう!」
バームが町の中央に向かって歩き出す。少女は大通りの先にある塔のような建物を見ながら、男の背中についていく。
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