魔導計算回路

「壁の近くに駐車場があって良かったぜ」


 バームが独り言のように言った。男と少女は車を降りて、街中を歩いていた。


「町が広すぎないのもいい。一日二日ありゃあ、散策し尽くせそうな町だな」


 バームは遠くの壁を見る。彼がぐるりと見回すと、壁が円形の町を囲んでいた。


 バームとラズリーは町の中心部まで来ていた。


『これで広くないって言うの?』


 ラズリーは呆れたような顔をしてバームに文字を見せつける。それは少女が書いた字にしては、整いすぎていた。


 彼女は、長方形の立体映像を手のひらの上に掲げていた。


 ラズリーの手のひらには、細かい迷路のような模様が貼られており、よくよく見れば、その迷路は一つ一つの小さな文字によって描かれていた。


 少女の手のひらに貼られていたのは《魔導計算回路》がプリントされたステッカーだった。



――魔導計算回路は最新の魔法技術によって作られた代物で、たとえばラズリーがしたように文章を立体映像に出力することができる。


 しかし、この魔法のステッカーで出来ることはそれだけではない。


 ステッカーというのは、置いたり貼ったりするための形状の1つにすぎず、他にも机の上に置くような箱型タイプや、持ち運べるノート型タイプもあった。


 それらの魔導計算回路が組み込まれた魔導製品は、ができた。


 例えば、ある者が記録した映像や音楽を、遠く離れた場所にいる者が再生することが出来たし、また会話や文章のやり取りを離れた場所にいても出来るのだ。


 けれど、少女が魔法のステッカーに触るのは、これが初めてのことであり、彼女はバームから教えられた「文字が立体映像に表示される機能」しか使えないのだと思い込んでいた――



「この町は、小さいほうだな」


 バームの淡々とした答えに、ラズリーは目を見開く。


『うそでしょ? こんなに広いんだよ!』


 まるで抗議するかのように、ラズリーは魔法の映像に書いた文字を見せつけた。


「……おいおい、オレがどれだけの旅をしたと思ってんだ? この町が百個あってもまだ足りないような大都市にだって、オレは行ったことがあるんだぞ?」


 バームはその広さを表すために両手を大きく広げてみせた。少女はバームの言葉に息をのむ。


「この町を悪く言うつもりはねぇさ…… だがまず、道の規模からして違う! 王都 《レッドダイヤ》なんて、幅も賑わいも桁違いだぜ?」


 少女に熱く語るバームの横を、一般的な魔導車がブロロロ、と通り過ぎていく。


「ここは町の中心街に近いだろ? だが見ろよ、この活気のなさを……」


 ラズリーに周囲を見るように、バームは促す。


 少女の目に映るのは、何の変哲もない町の風景だった。


『朝だからじゃない?』


「ん、まあ…… それもあるかもしれねぇが、建物は低いし、人もそれほど歩いてねぇ。 ……典型的な田舎町だな、ここは」


「えっ!?」


 田舎町、というバームからの評価にラズリーは驚きのあまり声が出た。


「……おい? お前いま、声が出なかったか?」


 そのことにラズリー自身も困惑していた。喉に手を当てて口を開く。叫ぼうとしているようにも見えた。


 しかし少女の口から声は出ず、かわりにシューシューと空気の漏れる音がするだけだった。


「……ダメ、か?」


 バームは優しく声をかけた。その言葉にラズリーがうつむく。


「まあ、さっき声が出たってことは、声を出す機能が壊れてるってわけじゃないんだろ? ……ってことは多分、お前の声が出ないのは精神的な問題なのかもしれないし…… ま、そのうち出るようになるだろうさ、気にすんな!」


 肩を落とした少女が重い空気をまとっていたので、バームは逆に気軽に告げた。気を遣われたことに気付いた少女は顔を上げて、にっこりと微笑む。


「…………」


 少女の笑顔を見たバームは、顔を逸らして耳の後ろを掻いた。ラズリーの笑顔が作られたものだということに男は気付いたからだ。


「まあ、なんだ…… その、早く旨いもんでも食おうぜ! オレはもう腹ペコだ!」


 バームが丸く膨れた腹をさする。その仕草があまりにもバームに似合っていたため、ラズリーはくすくすと笑った。少女の偽りではない笑顔を見て、バームも口の端を上げる。


 安心したバームが前を向くと、魔導車が目の前を通り過ぎた。


「おっ! この通りならいいんじゃないか? すぐに飯屋が見つかりそうだ」

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