翌朝

 わずかに開いた窓から涼しげな空気が入ってきた。柔らかい朝日も車内に差し込んでくる。


 ラズリーのノートが入っていた机の上には、置き時計があった。時計の針はもうすぐ朝の8時を示す頃だった。


「これだけしか残ってないが、食うか?」


 ラズリーは、ぼんやりとした頭でソファーに座っていた。バームの太い腕がアルミ箔に包まれた小さな塊を差し出してくる。


 寝起きの頭でラズリーは、それが昨日の夕飯のミートパイだと理解した。少女は頭を下げて、バームからそれを受け取る。


 包みをはがすと、こんがりとしたパイ生地とそれに挟まれたユキジカの肉が顔を出す。トマトと一緒に煮込まれているので、具は赤色をしていた。


 少女の口の中に唾液がしみ出てくる。起きてからまだ何も口にしていないため、ネバつくそれらを飲み込んで、少女はミートパイに噛り付く。小さな口で咀嚼そしゃくする。


 トマトの酸味が口の中に広がった。ユキジカの柔らかい肉があっという間にほぐれる。


 昨日の晩に買ったものなので冷めていたし、トマトの水分がしみ出して少し水っぽいような気もした。昨夜はサクサクとしていたパイ生地も、今ではしっとりしている。しかし、それはそれで美味しいらしく、ラズリーは頬を緩めた。


 満足げに鼻から息を吐く。


「そんな旨そうに食われると、オレも腹が減ってくる……」


 バームが肌着の上から、だらしなく垂れた腹をさすった。


 見ればバームは、ボトルに入った水を飲んでいるだけである。残り物のミートパイはラズリーの分しかなかった。


 それに気付いた少女は手にしていたパイを差し出して、『食べる?』と首を傾げた。


「いや、町に入ってから適当な店を探す。そこでちゃんとした朝食を食おうぜ」


 バームの返答に頷いて、ラズリーは残りのパイを口の中に放り込んだ。


 男の読み通り、昨日のわだかまりは美味しいご飯によって緩和されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る